バレンタインデー

 俺は教室の廊下を歩いていた。


『ちょっと待って!』


 すると、誰かが教室の廊下を走る音がした。

 振り向くと、茶髪のロングヘアをカールした女の子が立っていた。


『……どうしたの?』


 俺はそう女の子––––栗谷マヤに聞く。


『じ、実は……晶くんに、伝えたいことがあって……』


 女の子は目を伏せ、モジモジと手を動かして小声でそう言った。


『え……? 俺に伝えたいことって、何……?』


 俺に伝えたいこととは、なんだろう。あんまり、ネガティブなものじゃなければいいけど。


『え……えっと……』


 ザワザワ


 他の奴らがうるさいのだろう。マヤは何か言いたそうにしたが、未だモゴモゴと口ごもっている。


『……ここじゃ言いづらそうだし、場所を移そうか?』


 自分にしては気が利きすぎているような発言だっただろうか。マヤはコクリと頷く。


『あ、あの……体育館裏に来て、くれる……?』


 申し訳なさそうにマヤは言った。

 あれ、体育館裏とはまたベタな展開だな。これは、もしや––––


『分かった。じゃあ、行こうか』


 俺はマヤに言われた通り、体育館裏に向かった。


 ––––体育館裏に着き、俺は開口一番


『で、話したいことってなに?』


 とマヤに尋ねた。


『実は……あなたのことが、ずっと前から好きだったの!』


 マヤは、そう大きな声で言った。俺の予想は的中した。やっぱり、俺のこと好きだったんだ。


『あぁ……ありがとう』


 俺はそう呟く。さて、ここからなんて返すかが重要なんだ。


『……実は、俺も……マヤ。君のことが、好きだ!』


 俺はすーはーと深呼吸をしてから、マヤに向けて精一杯の大声でそう言った。


『え……ほんとに?』


 マヤは目を大きく見開いて俺に尋ねる。


『本当だよ。そもそも、君のことが好きじゃなきゃ誘われてノコノコと体育館裏なんかに来ないよ』


 俺はそうマヤに言った。


『そ、それって……』


 マヤはわかりやすく赤面する。本当にわかりやすい子だな、この子は。


『そう。君のことが本当に好きなんだ。君も同じ気持ちみたいで、嬉しいよ』


 俺はそうマヤに言った。俺の言葉を聞いた瞬間、マヤは言った。


『じゃあ、両想いだったってことなのか……。だったら、言ってくれれば良かったのに』


 マヤは口を尖らせる。


『あはは、ごめんごめん』


 俺は口を尖らせるマヤが可愛くて、思わず笑ってしまった。


『あ、今笑った⁉︎ ひどーい!』


 マヤは、赤面しながら怒った。

 怒る姿も、愛くるしくて可愛い。


『ごめんごめん』


 俺はまた謝ったけど、マヤはまだ顔を赤くさせている。


『……でもさ、ほんとにマヤが俺のこと好きって分かって……俺、嬉しかったな』


 俺はマヤにそう言った。


『え……そうなの?』


 マヤは、赤かった顔が急速に元の色に戻っていった。


『うん。お互い両想いなんて、素敵なことじゃないか』


 俺はそうマヤに言った。

 俺の言葉を聞いたマヤは、カァァとまた赤くなった。


『赤くなったりならなかったり、忙しいな。君は』


 俺はそうマヤを揶揄う。


『う、うるさいな!』


 マヤは今度こそ、顔をさきほどの比ではないほど真っ赤にした。


『うわ、ごめんって! ちょっとからかっただけだ!』


 俺は慌ててマヤに謝る。


『もう……そういうの、やめてよね』


 マヤはしょうがないとでも言ったようにハァとため息をついた。


『ははっ、分かったよ』


 俺は笑いながらそう言った。


『でも……晶くん。これからは、彼女として、よろしくね?」


 マヤは、上目遣いでそう俺に言った。


『あぁ。俺の方こそ、これからもよろしくな!』


 俺は、そうマヤに言った。


 すると、マヤは突然俺の頭を撫でた。


『えっ、おい、おま……何して……⁉︎』


 俺は動揺してそう言うしか術がなかった。


『あぁ、ごめんね。晶くん、弟みたいだからつい可愛がりたくなっちゃうというか……』


 マヤはそう照れながら言った。ようするに、俺を弟扱いしているってことか。


『別にいいよ。どんどん俺のことを可愛がってくれても』


 俺は諦めてそう言った。マヤが動揺しているのが見なくても分かった。


『そ、そんな……! え、ほんとにいいの⁉︎』


 マヤは繰り返しそう言った。


『あはは、だからいいって言ってるだろ?』

『じゃあ、遠慮なく撫でるね!』


 俺が許可すると、マヤはそう言うが否や俺の髪をワシャワシャと撫でた。


『(……たまに撫でられると、悪い気はしないな)』


 俺はそう思うのだった。


 と、突然目の前が暗くなったかと思うと、俺の髪を撫でる彼女がドアップで俺の

 瞳に映った。


『(て、天使だ……!)』


 俺はそう悶えるしかなす術がなかった。



     *


あきら。もうすぐ晩ごはんよ。……って、何してるの?」


 一切ノックもされずに開けられたドアからは、母さんが顔を出した。


「か、母さん……! ノックくらいしてくれよ!」


 俺は慌てて、髪を撫でる仕草をした女の子がドアップで画面に映っているゲーム機を隠しながら、母さんに不満を言った。


「あらごめんなさいね。でも、一体何をしてたの?」

「げ、ゲームだよ……」


 俺はそう母さんに言った。まさか、母さんに、ギャルゲーをプレイしてニヤついてた俺の姿がバレてたりしないよな……⁉︎


 俺のくだらない不安も知らずに、母さんは俺が隠そうとしていたゲーム機を見つけ、呑気な声で言った。


「あら、ゲーム? いいわね〜。母さんもゲームしたいわ。ほら、あなたが持ってるあのカーレースのゲームなんだっけ? 母さんアレやりたいわ」


 なんか母さんの周りにホワホワした温かいオーラが流れている気がする。

 って、それはともかく……。


「母さん。カーレースのゲームは今度一緒にやろう。でも、せめて息子の部屋を覗くときはノックくらいしてよ! こっちだって、プライベートは完全に守りたいんだからさ!」


 俺は母さんに対してそう言った。


「あらごめんなさいね。今度からは気をつけるわ」


 母さんは申し訳なさそうな顔をしてそう言った。まぁ、分かってくれればいいんだけど。


「それで……なんのゲームをしてたの?」


 母さんはそう俺に尋ねてきた。母さんは、俺がなんのゲームをしているのかに興味があるのだろう。正直に言うのは恥ずかしい。でも、母さんがせっかく聞きたがっているんだし、ここはひとつ、腹をくくって打ち明けてもいいか。


「実は……えぇと、女の子と恋愛するゲームをやってたんだ」


 母さんは俺の答えを聞くと目をパチクリと二回ほど瞬きさせた。


「あら。それはいいわね〜。そういうゲームって、”ギャルゲーム”っていうんでしょ? 私が若い頃はそういうゲームなかったから、今度遊ばせてもらってもいいかしら?」


 ……予想より二倍くらいゆるふわとした答えが返ってきて、拍子抜けした。

 普通こういうのは「ゲームよりも勉強をしなさい!」と叱られて終わるのがテンプレじゃないのか?


「まぁ、別にいいけどさ……」

「あ、そういえばあきら! 今日バレンタインデーでしょ?

 女の子から、お菓子はもらえた⁉︎」


 母さんが、突然目をキラキラ輝かせながら俺に尋ねてきた。少し興奮しているのか、ちょっとドアから身を乗り出している。

 ……なぜこういうときだけ、母さんは勘が鋭いのか。ていうか、そもそも俺の学校

 男子校だし。


「いや、貰ってないよ。俺の学校、男子校だしさ」


 俺はそう母さんに言った。


「あら、確かにそうだったわね。ふふふ、ごめんなさいね。勘違いしちゃった」


 母さんはそうのんびりとした口調で言った。


「もう、母さんってば……。このゲーム片付けたら行くからさ。ちょっと待っててよ」


 俺はそう母さんに告げた。


「はいはい。じゃあお母さん、居間で待ってるわね」


 母さんはそう言って、俺の部屋のドアを閉め、居間に向かった。


 母さんが居間に向かったことを確認しつつ、俺はゲーム機を片付け始めた。


 今日がバレンタインデーで、チョコを貰えなかったから、ギャルゲーをプレイして

 欲求を満たしてただけなんだけど。母さんがギャルゲーをプレイしたいって言い出したのは意外だったな。母さんの言う通り、母さんの若い頃は、ギャルゲーなんてなかったよね、きっと。


 まぁでも、母さんと一緒にいろんなゲームをプレイしてみたいな。母さんとの絆もさらに深まるだろうし。


 俺は、月明かりが照らす自室の中で、そう思い始めていた。













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