あれ、もう一人いない……?

 俺は、家に帰り、カバンを放り投げてベッドに飛び込む。


 そして、ベッドに飛び込むや否や、スマホを手にし、氷尾さんにチャットをする。


『氷尾さん、さっきはありがとう。氷尾さんがきてくれるって言ってくれて

嬉しいよ』


 氷尾さんがこのメッセージをいつ見てくれるか分からないけど、俺は氷尾さんに

メッセージを送る。メッセージを送った方が、分かりやすいし、記録にも

残りやすいし……。


 ピロン


 なんて思っていると、軽快な電子音がスマホの振動と共に聞こえた。

えっまさか、もうメッセージの返事がきたのか⁉︎


 俺は慌ててスマホのチャットをチェックする。


 『あぁ。こちらこそ、偶然雪斗に会えて良かったよ。

今はバイトが始まるまで隙間時間があるから、今チャットできてるんだ。

もうすぐ時間だけどね』


 チャットには氷尾さんからのメッセージでそう書いてあった。


 氷尾さん、大学行きながらバイトもこなしていて、すごいなぁ。俺はそう感心する。学校とバイトを両立するなんて、俺にはとても無理だ。でも、世の中の大学生や

俺と同い年の高校生でも、バイトをしている人は多いと聞く。

 俺は、どちらか一方しか頑張ることができないタチなので、学校とバイトが両立できている人は尊敬する。今度、氷尾さんにバイトと学校の両立のコツでも聞いてみようかな。……別に、バイトをしたいというわけではないが、聞いておいた方が得な気がする。日曜日に会ったら、聞いてみよう。


 『バイト頑張ってね。あ、あと今度の日曜日の話なんだけど、箇条書きにして書いておくね』


 俺はその文言をそのまま送り、次に集合場所と日時を箇条書きにして送った。


 ・集合場所 開けた広場


 ・集合日時 今週の日曜日 午後三時


 ……しばらく既読はつかなかったが、まぁ氷尾さんもバイト中だろうし、一旦はこのままでいいか。


 俺は日曜日を楽しみに待つことにした。



       *



 日曜日。ついにみんなとマシュマロを焼く日がやってきた。俺は少し早めに家を出て、広場に向かった。風がびゅうびゅう俺の横を通り過ぎていく。耳たぶが痛くなってしまうほどの寒さだ。早く行こう、半ば早歩きになりながら、俺は広場に向かう。


 広場にはもうすでに銀河と銀治がいた。


「よぉ、早いな二人とも。集合時間の十五分前なのに」


 俺は広場に着くなり二人にそう声を掛ける。


「えへへ、待ちきれなくてさ」


 銀河がまるで小学生のように満面の笑みを浮かべながらそう言った。

銀河らしいな、マシュマロを焼くのが楽しみで十五分前に来るなんて。


「銀河は、駆け足で広場まで来たんだよ。そんなに走らなくても間に合うっていうのにさ、まったく」


 銀治がぐったりしたような表情でそう言っている。おそらく、銀治は走る銀河を

追いかけてきたのだろう。


「それはお疲れ様だな、銀治」

「でも、走ったおかげで身体が温まってきたかも」


 銀治は腕をさすりながらそう言った。


「それなら良かったよ、俺も走れば良かったかな? なんて」

「ははっ、今からでもそこらへん走ってくれば? 体温まるし」


 俺が冗談を言うと、意外と銀治は俺の冗談に乗ってくれた。


「おーい、雪斗! 来たよー」


 ふと聞き慣れた声がした。あっ、この声は……。


「氷尾さん!」


 振り向くと、氷尾さんがこっちに向かって歩いてくるのが見えた。


 相変わらず、柔らかい笑みを湛えている。


「なるほど、あの人が雪斗の言ってた、氷尾さんって人?」


 銀治が歩いてくる氷尾さんを見ながら言った。


「そうだよ。大学生なんだ」


 俺は銀治にそう説明する。


「へぇ、なんか優しそうだし、面倒見良さそうだね」


 銀治がそう氷尾さんを評してくれた。


「ごめんごめん、遅くなったかな?」

「あれ、みんなこんなところでどうしたの? あれ、もしかしてこの人が、雪斗の言ってた、僕たちの監督してくれる人?」


 いつの間にか銀河がひょっこりと、俺と氷尾さんの間に割って入っている。


「そうだ。この人が、氷尾さん」


 俺が氷尾さんを紹介すると、氷尾さんは穏やかな笑みを浮かべて


「初めまして、氷尾です。雪斗くんの知り合いで、大学生です。今日は、

よろしくね」


 と自己紹介をした。


「初めまして、氷尾さん。僕は、雪斗の友達で銀治といいます。今日は

よろしくお願いします」


 すかさず、銀治が氷尾さんに挨拶をした。しっかりしているなぁ。


「ほら、銀河も。挨拶」

「初めまして、氷尾さん。僕は、銀治の弟の、銀河です。よろしくお願いします」


 兄の銀治に促され、銀河も氷尾さんに挨拶をした。


「よろしくね。二人とも『銀』という字が名前に入っているなんて、雪景色を

思わせるようで素敵だね」


 氷尾さんは、二人の名前を素敵だと言ってくれた。すごい、こんなに礼儀正しくて

優しい氷尾さんって、やっぱり流石だなぁ。前から思っていたけど、この人は

褒め上手だ。


「ありがとうございます。そんなふうに言ってもらえたこと、あまりなかったので……今すごい、嬉しいです」


 銀治が氷尾さんに感謝の言葉を述べた。銀治は、どうやら感動しているようだ。


「氷尾さん、優しいね」


 銀河も、氷尾さんの対応に満足しているようだ。

そういえば、と俺はあたりを見回す。


 あれ、肝心の真白がまだ来ていないじゃないか。どこにいるんだ、あいつは。


「なぁ、ところで真白は?」


 俺は銀治に尋ねた。すると銀治は


「あぁ、真白はまだ来てないよ。遅れるって、連絡きてた」


 銀治がそう呆れたように言った。

 ……まったく、あいつは。自分で計画しておいて、こんな体たらくとは。


「どうやら遅れてくる子が一人いるみたいだね。じゃあ、僕達はその子を

待とうか」


 氷尾さんは優しい。真白みたいに遅れてくる奴がいても、こうして許してくれるなんて……。

 俺は感動していた。


「ごめんな、遅れた!」


 俺が感動していると、真白が現れた。どうやら全力でこっちに向かっているようだ。


「はぁ……はぁ……遅れて申し訳ない! どうか許してくれ!」


 真白は俺たちの前まで来て、土下座をして謝った。ダイナミック(?)だなぁ……。

 どうか許してくれっていったって、自分から提案した分際で、遅刻するとは

どういうつもりなんだ。俺は怒りを通り越して、もはや呆れていた。


「いやお前なぁ……自分からマシュマロを焼きたいって言っておいて、

遅刻するなよ……」

「ごめんって……ちょっと出がけに親父に呼び止められてさ……。

車の修理を手伝えって言われて、それでちょっと親父の手伝いをしてたんだ……」


 真白は、まだ息が整わないのだろう。途切れ途切れに、そう遅刻の理由を伝えた。


「そんなの、断ってすぐこっちに来ればいいのに。お父さんには、事情話して

なかったの?」


 銀治がそう真白に尋ねる。


「あぁ、親には出かける、とだけ伝えておいたからさ。それで、ちょっとくらいなら

手伝って欲しいって思ったんじゃねぇかな」


 真白がそう銀治に言う。

だとしても、銀治の言う通り、断ってこっちに来いよ。……って思ってしまうな。


「いや、ほんとにごめんって!」

「もう充分反省してるみたいだし、許してあげてもいいんじゃない?」


 氷尾さんがそう俺たちに向かって言う。……まぁそう言われてみれば、真白がちょっと遅刻しただけでこんなに目くじらを立ててたら、いつまで経ってもマシュマロを焼くことができない。


「確かに、氷尾さんの言った通りかも。こんなことでいちいち怒ってても、

マシュマロ作りができないし……」


 銀治が申し訳なさそうにそう呟く。


「そうだよ。せっかく氷尾さんにも来てもらったのに、いつまでも真白を責めてても、埒があかないよ」


 銀河も氷尾さんに同意した。

 氷尾さんと銀河の言う通り、ここは気を取り直してマシュマロを焼こう。


「……まぁ真白が反省してるんなら、これ以上責める必要もないか」

「そうだね。むしろ真白の遅刻癖はいつものことだし、あんなに責めなくても良かったかもね。笑って受け流すほどの心の余裕も持った方がいいかもしれないね」


 俺はこれ以上真白を責める必要もないかと反省し、銀治もどうやら反省しているみたいだ。


「それなら良かったよ……あれ? ところで、この人誰?」


 真白は俺たちが怒りを鎮めてくれたことにホッとしたのも束の間、すぐに氷尾さんを見ながら首をかしげて俺たちに尋ねる。


「あぁ、この人は氷尾さん。俺の知り合いの大学生だよ」


 俺は真白にそう紹介した。


「おぉ、この人が雪斗の知り合いの人か! 背も高いし、メガネかけてて賢そうだなぁ。俺は真白といいます! 今日はよろしくお願いします!」


 と元気よく言った。元気なのは真白の取り柄だよなぁ。あと、ちゃんと敬語を

使えて偉いな。


 真白が自己紹介を終えると、氷尾さんは


「うん。よろしくね、真白くん」


 と言い、俺たちの前に来た。


「全員揃ったみたいだし、改めて自己紹介をしていくね。

初めまして。氷尾です。雪斗君の知り合いで、大学生です。今日は皆の監督を

する予定だから、よろしくね。何か困ったことがあったら、僕に言うように」


 氷尾さんは改めて自己紹介をした。


「はい!」


 俺たちは口々にそう返事をかえした。


「うん、良い返事だね」


 氷尾さんは、そう微笑んで言った。



















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