一言

「なぁ、ちょっといい?」


 俺は銀治の机まで行き、銀治にそう言い放った。


「え、何」

「お前、今日雪斗に挨拶しなかったって本当か?」


 銀治が俺の方を見るなり、俺はそう銀治に言った。


「それは、本当だけど」


 そっけない態度の銀治に、俺は少しイラついてきた。思い返せば、こいつは割と

誰にでも冷たい。プリントを渡す時だって無言で渡すし、グループワークのときも

そんなに積極的に交流しないし……。一体どういうつもりなんだ。


「……なんで、挨拶しないんだ? まぁ、いつものお前らしいけどさ」

「それは、ごめん。今朝はちょっと気分が良くなくて」


 銀治が気まずいのか、俺から目を逸らしながらそう言った。


「気分が良くないって……お前、そんな理由で––––」

「兄さんを責めないであげて。兄さんは、確かに今朝頭痛がするって

言ってたし、気分が良くなかったのは事実だよ」


 俺が声を荒げたとき、咄嗟に銀河が庇う。


「ちょっと、銀河。僕のことはいいから……」


 銀治が慌てて止めようとするが、銀河は必死に弁明する。


「兄さんが今朝頭痛がするって言ってて、気分が良くなさそうだったから

家で休めばいいよ、って兄さんに声をかけたんだ。だけど、兄さんは無理矢理

学校に行くって言って聞かなくて……」

「だからって、そんな態度はないだろ。俺は今まで散々我慢して––––」

「おいもういいだろ真白。その辺にしとけ」


 銀河の説明にも納得がいかず、ついに不満が爆発しそうになったとき、俺の肩を

雪斗が掴んだ。思わず振り返ると、雪斗は切羽詰まった様な表情をしている。

いつもはあまりそんな表情をしない雪斗なだけに、俺はハッとしてしまった。


「……教室の奴らも、皆驚いてるからさ。な?」


 諭すような雪斗の声音に、俺は周りを見回す。皆、驚いた顔をしている。

普段怒らないヤツなのに……とか小さく呟いている声も聞こえる。

 確かに、ちょっと俺らしくなかったかもな。俺は思わず俯く。

急に今までの行動が、恥ずかしく思えてきてしょうがなかった。今まで溜まっていた

鬱憤を全部、銀治を攻撃する材料に使ってしまったようだ。


「悪かった、銀治。ついカッとなって……」

「僕もごめん。さっきは挨拶しなくて。雪斗も、ごめんね」


 俺が頭を下げて銀治に謝ると、銀治も俺の目をまっすぐ見て謝り、雪斗にも

謝ってくれた。


「いや、俺のことはもういいよ。ほら、仲直りできて良かったな」


 雪斗は、そう言って微笑んだ。雪斗は、さりげなく気遣いができるし、こういうときに橋渡しをしてくれるので、すごく助かっている。


「あぁ。雪斗、止めてくれてありがとな」

「いやいや、俺の方こそ。お前らがヒートアップしなくて助かったよ」


 俺が雪斗に感謝を伝えると、雪斗はやれやれといったような困った顔でそう言った。


「僕からもお礼を言わせて。ありがとう、雪斗」

「……ありがとう。雪斗のおかげで、冷静になれたよ」

「だから、いいってば。ほら、早く席につけ。先生くるだろ」


 銀河と銀治も、雪斗にお礼を言っている。雪斗は、ちょっと照れ臭そうに

そう言って自分の席に戻った。


 雪斗は、ああやってツンツンするところもあるけど、いい奴なんだ。

俺は自分の席に戻っていく雪斗を見ながら、そう思った。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る