第7話

 何が「また」なのだろう? 私は、また無意識に何かしてしまったのだろうか? 昔から言われていた「見ているだけでイライラする」という、自分でもどうすればいいのかわからない雰囲気が、周囲の人を不快にさせていることはよくあった。あの親にしてこの子あり、ともよく言われたので、仕方のないことなのだと諦めてもいた。

 けれど、やっぱり自分が意図しないのに他人を傷付けたり不快にさせるのは、まったく気分のいいものではない。それが今この瞬間に表れてしまったのだとしたら、私は本当に穴を掘って入ってそのまま埋まってしまいたい気分だった。

 けれど、彼はすぐにもとの表情に戻る。そしてむしろ私を心配するような言葉を掛けてくれた。

「あのさ、もしかして自覚ないの? あんた、基本的に人付き合い苦手っていうか、男慣れどころか、対人関係さえうまくない方じゃない? けど、その割には急に大人っぽくなるっていうか、ちょっと投げやりな感じになる時がある。普段は結構、おどおどしてるし、ビクビクして他人の顔色窺ってるみたいなのに。さっき、高校時代の友達の話をしてた時も、そんな別人みたいになってたけど」

「私のこと、すごくよくわかるん……だね」

 敬語を改めたので、少し変な口調になった。けれど、彼はそんなことは気にも留めない。

「いや、俺じゃなくてもわかると思うけど。俺って普段から目付き悪いしさ、自覚はあんまりないけど、態度もよくないらしいから、知らない奴にはしょっちゅう警戒されたり怯えられたりするんだよね。そもそもあんたは見知らぬ女の子だし、どうも男嫌いか恐怖心でもありそうだから、気にしてなかったんだけど。スイッチが何なのかはわからないけど、突然それが切り替わったみたいに人が変わる時がある。性格とか態度が悪くなるって意味じゃなくて、もっとこう、どうでもいいや、とかそういう、殺気立った雰囲気になる。あらゆる修羅場をくぐり抜けてきた、妙齢のキャリアウーマン、みたいな?」

 自分でもその例えが正しいのか迷っているように言った。

 確かに、さっきの言葉は私にしてはきつ過ぎる。仮に心の中で思ったとしても、見知らぬ相手の前で考えもせずに言葉を出したりしないし、どちらかと言えば、自分がこう言ったら相手はどう思うだろう、なんて考えているうちに周囲の話題は進んでしまっていて、ついていけずに結局取り残されるのが、本来の私だ。

「あの、万一二重人格の生霊がいたとして、年齢まで変わることってあるのかな?」

「詳しくはないけど、昔読んだ本にそういうのあったよ。年齢どころか、性別も違うことあるらしい。幼女から高齢の紳士まで、本当にいろいろ。二重どころか二桁はいたんじゃなかったかな? 多重人格ってやつ」

「その人は最後、どうなったの?」

「まぁ小説だからな。徐々に人格が統合されていって、ハッピーエンドって感じにはなってた気がするけど。ほとんど忘れかけてるから、確信は持てない」

「そっか、小説だもんね」

 さすがに現実味がないし、役には立たないかな……と少し落ち込んでしまう。それが顔に出てしまったのか、彼はフォローするように付け足した。

「小説ではあるけど、一応実話がモチーフらしいから、統合させることは可能なんだと」

「そうなの? でもそれってやっぱり、専門的な病院でないとだよね……」

「まぁ、海外小説の翻訳版だったからな。今の日本でどこまでその分野の解明が進んでるのかまでは知らないけど、探せばあると思う。小説そのものはもう結構古くて有名だから、それでそういう専門家が増えてもおかしくないだろ?」

 慰めてくれてるのかな、と思って、私は拝みたいほどに嬉しかった。私に優しくしてくれる人が、まだこの世にはいるんだと実感した。私自身がいるのが〈この世〉なのかどうかはさておき。

「どっちにしても、やっぱり私の身体を探すのが第一っていうことには変わりないかぁ」

「確かに、戻らないことにはどうにもならないからな。俺があんたの通訳をしても、逆に俺が病院送りにされるだけだろうし」

 さらりと恐ろしいことを言いながら、結局話は振り出しに戻ってしまう。

 まさか自分の身体を自分が探すなんていう、冗談にもならない経験をするとは思わなかった。万一にも心配するようなことではないし、それよりもずっと優先順位の高い、警戒すべき事柄は山積している。当然だけれど、自分の身体を探すハメになるかも知れないなんていう夢にもなさそうな心配より、明日の天気やいつ訪れるとも知れない災害への備えの方がよっぽど重要だ。

 ただ今の私にとっての唯一の救いは、真実がどうあれ、経験者である彼が私が生霊であると保証してくれていることだ。それはつまり、私の身体はどこかで生きているということで、探せば見つかるということになる。見知らぬ山の中で白骨化した状態で見つかる、という心配もないわけで。

 ただ、四年も自分の身体を離れてしまっているとすれば、それはそれで問題だ。実際に自分の身体を見つけられたという幸運な仮説を立てたとして、しかしそこで本当に私の意識というか魂というか、それは戻れるのだろうか? それとも記憶にないだけで、私の意識だか魂だかが肉体を離れたのはつい最近で、それまでは元気に過ごしていたのだろうか? 四年という長い間の記憶はない上に、そこに見知らぬ記憶が混じっていたりもして、自分ですら自分に自信が持てないくらいなのに。

 それに、生霊としての私の見た目が十九歳のままというのも不思議だ。十九歳の時に何かがあって、それで生霊になってしまった、と考えるのが、やっぱり一番しっくりくる。ただそうなるとそれは、さっき聞いた西暦が正しいのは困るわけで、どうしても矛盾が起こってしまう。

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