第13話
すると、重音くんはまるで演技掛かった口調で平らに言った。
「『臓器移植しないといけないなんて、〝可哀想〟なことだな』」
「好きでしてもらったんじゃないわよ」
咄嗟に私の口唇が動いて、そんな酷い言葉が出る。自分でも驚いた。私はそんなこと、考えたこともない。ただ自殺するだけでは、生きていたくても生きられないような人からすれば、大変な贅沢だと考えていたから、意思表示カードをもらったのに。
でも、私が今口走った言葉は何?
「それか」
「えっ?」
「今のはさすがに自覚あっただろ? 自分の意志で言った言葉じゃないっていう」
ああ、そうなんだ、と思った。多分それは、私の他の人格だか何だかで、とっさにそちらの方が言ったのだろう。
私はともかく、肯定する意味を込めて頷いた。口を開くと、思ってもみない言葉が出たら困ると思ったからだ。
「そんなこと、本当にあるんだな」
何のことなのかさっぱりわからず、ただ両手で口を押さえて重音くんの話の続きを待つ。
「ごめん、間違ってる可能性もあるから、そう落ち込まないで欲しいんだけど。ちょっと考えたこと、言ってもいいか?」
私が傷付くかも知れないと考えると、重音くんはこうやって口に出す前に意志を尊重してくれる。きっと自然と他人を気遣えるような優しい人なのだ。それなら私は、何も怯えることなんてない。こんなに優しい人が、私に対して優しく接してくれる人が、この世にいるというだけで十分だった。
私は一応まだ口を両手で押さえたまま、だけれどはっきりと頷いた。きちんと目を見て意志を伝える。
「わかった。俺が今考えたのは……もしかしたらの話だけど、あんたは──佐倉美咲は、もう死んでるかも知れない」
「え」
口を押さえた指の間から、驚きが漏れた。
生霊、じゃ、なかったの?
そんな私の疑問ももっともだと言わんばかりに、重音くんは軽く頷いて続ける。
「理由はわからないけど、もしかしたらの話。で、その臓器移植の意思表示カードがあったから、あんたのどこかしらの臓器が、誰かに移植されたとする。俺は勉強熱心なわけじゃないから、持ってる知識が大抵小説とかのフィクションなのは申し訳ないけど、臓器移植をした場合、もとの持ち主の記憶が新しい持ち主に残る場合があるらしい。これは小説で得た知識ではあるけど、実際に医学的にも解明されてるそうだ」
「……なら……」
「そう。多分あんたが死んだのは四年前。記憶がないってことは、思い出したくないくらい辛い状態だったのか、不意打ちの事故だったのか、そんな感じなのかも知れない。だから、時々出てくるあんたの別人格みたいなキツそうな性格は、今の身体の持ち主の可能性がある。それなら、年齢や性格が違ってもおかしくないし、あんたにとってはここが来たこともない見知らぬ場所だとしても、その持ち主にとっては戻りたいような懐かしい場所なのかも知れない」
「……すごく、矛盾がなくなった……」
私が四年前に死んでいるなら、この姿も記憶も止まっているのもわかる。年齢の違う人に私の臓器が移植されたとすれば、その人に私の記憶があるのかどうかは確かめようもないけれど、私が持っている友達が結婚するという電話を受けた記憶や、時々本来の私が持っていないような激しい感情が芽生えるのも理解できた。それは、確かに私ではないということだ。
「あ、これはあくまで可能性の話だからな。あんたが死んだっていう確証もないし、生霊なのは多分確かだと思うから、万一あんたが死んだとしても、その身体は無駄になってないってことだ。あんたに救われた人がいるってことだ」
重音くんはそう言ってくれたけれど、私は自分の口から発せられた言葉を思い出してしまう。
「でも私、っていうかその人になるのかな? 好きでしてもらったんじゃない、って言ったよね……」
「確かにな」
「予想した?」
「答えまで完璧に予想できるほど、俺は万能じゃない。でも、もしかしたら、とは思った。あんたじゃない方が、何かしら返してくる可能性はあると思ったから、わざと挑発するような言い方をした」
だからあんなに棒読みのような口調だったのかと、私はやっと納得した。演技はうまくないようだ。その不器用な優しさに、失礼ながらも少し微笑ましく思ってしまう。
「でも、どうしたら出てくるって思ったの?」
「それはもう、勘としか言いようがない。あとはまぁ、希望かな。出たらラッキー、くらいの。時々出るあんたじゃない誰かの性格を考えると、多分『可哀想』って言われるのが一番嫌いなんじゃないかと思ったんだ。俺もその経験が、さんざんあるしな」
そうか。重音くんは一応表向きでは、精神障害者ということになっているんだ。もちろん見た目ではわからないし、事実でもないから、私のようにどこの誰もが知っているというほどではないのだろうけれど、やっぱり子供の頃にはそれなりの体験をしたのだろう。だからきっと、その人の気持ちもわかる部分があるのかも知れない。
「臓器移植って、無理にされちゃうことってあるのかな?」
「そこまで詳しくはないけど。余ってるわけじゃないし、むしろ需要の方が絶対的に多いはずだから、嫌がってる人には行かないだろ。多分家族だとかが依頼したとか、本人はそこまでして生き残りたくない気持ちがあったとか、そんなんじゃないか? あくまで想像でしかないけど」
「そう、だね。辛いよね。死んだ人からもらった臓器を自分の中に入れられるとか、よく考えたら気持ち悪いかも知れないし。誰かの助けになれば、なんて、それは私の勝手なエゴだよね」
「それも人それぞれだろ。あんたはよかれと思って意思表示しただけだ。使ったのは医者の判断だろうし、たまたま運よくあんたといろんなものの型が合ったから移植されたんだろうから、否定する方が間違ってる」
慰めてくれてるのかな、と思った。
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