第5話 戦闘員A、スタント能力が向上し過ぎる

 ブラックロダークとの戦闘中に気を失ってしまった私は強烈な頭痛を覚えて目を覚ました。

 どれだけ気を失っていたのかはわからないが。

 戦闘服の手首の内側に埋め込まれた時計を見る限り10分も経っていないのではないかと思われる。


 私とブラックロダークの拳がぶつかり合った瞬間。

 恐らくは爆発したのだろうと思われる発光があったので死を覚悟したのだが。

 頭の痛みはあるものの五体満足で、戦闘スーツだけでなく腰に巻いているバッグすら無事なのは奇跡と言って良いだろう。


 それにしてもここは何処なのだろうか?


 私とブラックロダークとの戦闘は市中で行われていた筈だ。

 故にこんな高木が生えている森林にいるのはおかしいだろう。


 都内にも一応森林は存在するのだが。

 この様に御神木みたいな木ばかりが生えている森林は有名な観光スポットになっていてもおかしくない筈だ。

 となれば今の状況から導き出される結論としてはただ一つ。


 私のやられ技が完璧過ぎて都外まで吹き飛ばされてしまったのだろう。


 確かに私はこれまで戦闘員として如何に上手くやられるかの研究にも余念がなかった。

 だからこそ無意識であっても完璧とも言えるやられっぷりで、まさかの都外まで飛んでしまったのだろう。

 一体飛距離が何キロメートルで何回転して何回捻ったのか心底気になる所ではあるが。

 都外まで飛んでしまったのだとしたら、無事を伝える為に出来るだけ早く帰らなければならない。


 弊社や他の取引先はまだしも。

 私の戦闘を目の前で見ていた卓君は私がパンをモチーフにしたキャラクター系ヒーローの必殺パンチで殴り飛ばされる様なやられっぷりを見て心配しているに違いない。

 あの子はどれだけ大人びていても5歳の子供であって。

 大人びているからこそ普通の子供とは違って余計な事にも頭が回ってしまう。


 私に及んだ危険が卓君にとって余計な事とは思わないが。

 少なくとも私がブラックロダークと戦ったのは戦闘員として当然の義務であり卓君が気にする事は何一つとして無いのだ。

 寧ろ私をこれほど遠くに吹き飛ばした爆発に巻き込まれて卓君が怪我をしていないかと心配で仕方がない。


 兎にも角にもここが何処であるのかを把握するのがまず始めにしなければならない事だろう。


 そうやって思考を回していたら頭の痛みが随分落ち着いた。

 場所を把握するのであればスマートフォンのGPSが使えるだろう。


 戦闘服に着替えた私の鞄にはスマートフォンとミニホワイトボードとホワイトボード用のペンぐらいしか入っていないのだが。

 スマートフォンがあれば電子決済で交通機関を利用する事が可能なので長距離移動も問題は無い。

 明らかに電波の届かない森林の中なので会社への連絡は期待出来ないがGPSで履歴を辿れば私が何処まで吹っ飛ばされたのかある程度は把握する事が可能だろう。


 スマートフォンの電源が落ちていて故障が懸念されたが電源ボタンを長押しすると問題無く電源は入った。

 電源は入ったがスマートフォンに表示されたものを見て私は驚愕する。


 知らぬ間に変なアプリをインストールしちゃったのかもしれない。


 画面には戦闘員Aと言う私の名前とSTRとかVITとか何だか良くわからない項目が書かれている。

 戦闘服を着た私の姿も写っていて。

 スマートフォンに写った私を画面を押しながら左右に動かすとクルクルと回って全身を確認出来る。

 私の画像を長押しすると戦闘服などの詳細が出るみたいだ。


 何やら謎のアプリが入り込んだ様だがウイルスでない事に期待をして色々と操作をする。

 そして私は愕然とする。


 私のスマートフォンは完全にウイルスに乗っ取られてしまった。


 電波は圏外なので通話は不可能と。

 ここまでは確定しているのだが。

 私のスマートフォンは今、訳の分からないアプリに連なる操作しか出来なくなっている。

 当然ながらGPSの履歴を確認する事も出来なければ、電波が繋がったとて電子決済も不可能だろう。

 だって電子決済のアプリが開けないのだから。


 何度か電源を入れ直してみても結果は全く変わらない。

 これでまず私は都外からの。

 文字通り足での移動が確定したのであった。


 少しぐらいは現金も持ち歩いておくべきだった。

 そう考えたってもう遅い。

 トレーニングと思って走って帰るしか方法が無いのだから諦めて走るしか手段は無いだろう。


 私がスマートフォンを触りながら頭を抱えたり。

 頭を抱えたり。

 頭を抱えたりしていると。


 前方の茂みがガサガサと音を立てて見た事の無い動物が姿を現した。

 体長が1メートルぐらいある卵色の巨大なウサギらしい生き物。

 フレミッシュジャイアントと言う世界最大級のウサギだと大きいものでこのサイズまで成長するのかもしれないが。

 目の前のウサギは更に鹿の様な二本の角が生えている。


 私の知る限り鹿の角が生えたウサギはいないので作り物でなければ日本で初めて発見された新種のウサギかもしれない。

 毛並みはもふもふしていてとても触り心地が良さそうなのだが、、、


「シャー!シャー!」


 明らかに私を威嚇して獰猛な目を向けているので現状可愛げはあまり無い。

 今にも襲い掛からんとして後ろ足に力を入れているのがわかる。

 そして謎のウサギが私目掛けてダッシュして私の腹にぶちかましを見舞った瞬間。


 私は得意の二回転二回捻りで応える為に後ろ方向に飛び上がった。

 と思ったのだが。


 うぉぉぉおお!?物凄い高さが出ている!?


 後ろ方向に飛び上がった筈の私は縦に10メートル以上も飛んで周囲に生える木々の高さすらも超えてしまった。

 人の身体能力を超えた異常なまでの跳躍にブラックロダークとの戦闘での今まで隠されていた能力の覚醒を実感した私は。

 縦横に何度も3D回転をしながら地面に着地した。

 もう回り過ぎて何回転したかも何回捻ったかもわからないが確実に私の今までの記録は更新したと言い切れる。


 それだけの凄まじいやられ技を披露した私だったが一つだけ大きく後悔した事がある。

 とんでもない跳躍から調子に乗ってグルグル回転したせいで先程発見した新種のウサギを見失ってしまった。

 今の私には早く帰ると言う目的があるのでウサギを探して捕らえている時間は流石に割けない。

 私は一つ溜息を吐いて森林の中を闇雲に走り出した。


 闇雲とは言ったが10メートル越えの大ジャンプが出来るようになった私は上空から手掛かりを探す。

 気分は有名ゲームの主人公である髭の兄弟である。


 上空から線路かせめて何かの人工物でも見えないかと思って探すものの。

 全くと言って良い程に手掛かりは見付からない。


 日が昇り切ってややお腹が空いて来た頃に湖を見付けたので一度休憩をしようとそちらに向かった。

 湖は大きくはないがかなり深そうで私が湖面を覗くと。

 明らかに外来種としか思えない凶暴そうな魚がバッシャバッシャと寄って来た。


 その内の数匹が湖面から飛び出して鋭い歯を向けて来たので歯と明らかに鋭そうな鰭に気を付けて上手い事キャッチ。

 それを陸に放り投げる。


 魚は50センチ以上ある大物なので二、三匹も食べれば充分お腹が膨れるだろうか?

 内臓が食べられるかわからないので多めに五匹確保しておいた。


「アァー!アァー!」


 魚の発声器官は浮袋と聞いた事がある気がするのだが。

 陸上でビチビチと藻掻きながら喉から出す様な声を出している魚達。


 捕まえた魚はどれも同じ種類なのだが、顔はピラニアで体はアロワナみたいな見た事も無い姿をしている。

 ピラニアもアロワナも食べられる魚だった筈なので多分いけるだろう。


 歯が鋭いので噛まれない様に気を付けながら頭とエラの所を掴んでポキッと折って絞める。

 折った頭を外したらズルっと内臓まで外に出て来た。

 これは下処理が楽で良い。


 身は見た目通りに白身魚っぽく。

 骨は太そうなので五匹確保しておいて正解だったかもしれない。


 この魚は明らかに外来種なので食べてしまうのは悪い事ではないだろう。

 寧ろ在来種を保護する為には積極的に数を減らしていく事が重要だろう。

 私はアマゾン川周辺の魚について詳しくは無いが、身に猛毒を持つ観賞魚が輸入されて売られる事は今の時代有り得ないので。

 あるとしても弱毒だろうからきっと食べられる!と自分に言い聞かせてみる。


 魚を食べるとして。

 湖の魚を生で食べるのは危険なので先ずは火熾しをしなければならない。


 森に入れば薪になりそうな物は幾らでもあるので、五匹全部を絞めてから森に入った。

 入って五分も掛からず良さそうな薪が集まったので湖畔に戻って火熾しに挑戦する。


 私は今の状況にあっては、残念な事に煙草を吸わないのでライターを持っていない。

 当然火付け用のキャンプ用品なんて物も無いし虫眼鏡も持ってはいない。

 なので木を擦るか石を使って火熾しするしかない。


 きっと火打石に向いている石とかがあるのだろうが。

 私にそんな知識は無いので試しに転がっていた二つの石を全力で打ち付けたら驚くべき事に火花が散った。

 但し使った石は砕けてしまったが。

 どうやら湖畔に転がっている石はどれも火付けに適した石らしい。


 キャンプ好きの同僚から聞きかじった情報を思い出すに。

 松ぼっくりの様な燃えやすい物から順番に燃やしていくと良いとの知識は備えている。

 そんな俄か所ではない似非キャンパーの私でも松ぼっくり(らしき果実)、樹皮、細い枝と火を点けて。

 最終的にはしっかり薪と呼べる様な太い枝に火を点ける事に成功した。

 全く以て同僚様様である。


 焚火が作れたので魚を焼いていこうと思うのだが、焼く前に少しばかり身を洗いたい。

 しかし湖には獰猛な魚達が餌待ちをしている。

 今の状況で身を洗ったとしたら。

 即食い付かれて一瞬で食べる身がなくなってしまう未来が目に浮かぶ。


 ならば囮として餌を与えてやれば良いか。

 そう思い立って私は身から外した頭と内臓を少しばかり遠い位置に投げ込み。

 湖面から見える魚達の注意を逸らしてササッと湖の水で身を洗った。


 投げ込んだ頭と内臓は空中にある時点で複数の魚が飛び付いていて湖面に落ちると一瞬で食いつくされていた。

 こんな獰猛過ぎる魚が繁殖して大人しい在来種は生きていられるのだろうか?

 水を抜いて数を減らすとかそんな状況は既に余裕で通り過ぎている気がする。

 私みたいな戦闘員が環境についてあれこれと考えても仕方が無いので私は考えるのを止めた。


 ナイフなんかを持っていれば枝を削って串を作れたのだが。

 そんな便利な物は今の私の手元に無いので丁度良い枝に魚の身を刺して遠火で焼く。

 普通はこんなに大きな魚を串焼きにはしないのだろうが、道具が無いのだから仕方が無い。

 魚の重量に耐えられる様にかなり長めの枝を使い、地面に深く刺して固定しているので枝が折れなければ後は向きを変えるだけで大丈夫だ。


 多分大丈夫だ。

 きっと大丈夫だ。


 片面を十五分焼いて裏返し。

 もう片面も十五分ほど焼くと魚の焼ける良い匂いがしてきた。

 魚自体が大きいので中までしっかり火が通るにはもう少し時間が掛かるかもしれないが、非常に食欲をそそる香りである。


 追加で十分焼いて地面から串を一つ抜く。

 この魚は鱗が大きくて硬そうなのでこんがりと焼けてきつね色になった鱗を皮ごと剥すと綺麗でプリンとした白身肉が出て来た。


 美味しそうな見た目で思わず唾を飲み込んでガブリと一口齧り付いた。

 特徴的な外見をしていたこの魚だったが、味はクセが無くてとてもあっさりとした淡白な白身魚の味わい。

 噛むと太い繊維がホロホロと解けて食感としては鰆に近い。

 湖の水が澄んでいるからか臭みも一切感じない。

 この魚の味を私なりに総評するならばこの言葉が適当だろう。


 普通!


 これと言って特徴が無く、可もなく不可もない味。

 適当に焼いたにも関わらずパサパサしてはいないが、フワフワしてもいない。

 そもそもだがこれだけ淡白な味わいだと調味料が必須になるだろうが、私の手元に調味料などと言う素敵アイテムは存在しない。


 結果普通!

 調理次第で化けるかもしれないので今後に期待としておこう。


 しかしながらどれだけあっさりとした味わいであっても、普段から筋を取って茹でただけの鶏ささみを食べている私からすれば薄味に敵無しだ。

 これはこれで寧ろ体に良さそうなので望む所だ。


 捕った五匹分をしっかりと完食して。

 残った皮と骨は湖にいる魚達が一瞬で処理してくれた。


 本当にこの湖の魚達はお腹を空かせ過ぎではないだろうか。


 焚火をしていて思ったが、今の季節は初夏であるにも関わらず焚火をしていて暑いとはあまり感じなかった。

 もしかしたらここは随分と標高が高いのかもしれない。


 少しばかり時間を食ってしまったがエネルギーチャージはバッチリ出来たので帰還へ向けてジャンピングダッシュを再開する事にしよう。

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