第7話 戦闘員Aは気付く

『(株)悪☆秘密結社に所属している戦闘員Aと申します。皆さんが無事で良かったです。よろしくお願いします』


 どうやら戦闘服を脱ぐ事は不可能らしいのでミニホワイトボードを使って自己紹介をする。

 何だかミニホワイトボードが新品の様に綺麗になっているのと。

 若干文字が掠れ気味だったペンがフルパワーでインクを出している事に違和感を感じないでもないのだが。

 兎にも角にも意思疎通はこれでいくしかない。


 だって戦闘員としてのポリシーを脱ぎ去って声を出そうとしても「イー!」以外の言葉が出て来ないんだもの。


「セントウインエー?随分と変わった名前だな。その所属元は商会か何かか?まあ何はともあれ俺達はあんたに命を救われたんだから余計な詮索をする気は無いが」


 (株)悪☆秘密結社は有名企業とは言い難いが、それなりに名の通った会社ではある。

 その弊社を商会と間違えると言う事は。

 ここが日本ではない可能性が高まったと考えて良いだろう。


 それにしても日本のインディーズ悪役戦闘員は傷害事件は起こしても殺人までに発展する事は多くは無いのだが。

 先程の戦闘では命のやり取りを行っていたのだろうか。

 拳銃の携帯が許されている国もあるのだし、国が違えばそういう事も起こり得るのかもしれない。

 実際にアクションシーンの撮影よりも私がブラックロダークと戦った時の様な本気の戦いを繰り広げていたのは感じ取る事が出来ていたが。


 折角お近づきになれた事だし、その辺りについても色々と聞いておきたいものである。

 ここが日本ではない海外だとすれば。

 その国の常識を知っておかないと大変な事になる可能性が高い。


 子供の頭を撫でてはいけない国とかもあった気がするし。

 そう言った常識を知らずに相手に失礼を働いてしまう事もあるだろうから、現地の人との会話は重要になるだろう。

 但し私は日本から出た経験が無いので何から聞けばよいのか見当も付かないが。


 ここで私は気付いた。

 気付いてしまった。


 爆発吹き飛ばされ出入国だったので私は今パスポートを持っていない。

 つまりはここが日本で無かったとしたら完全に密入国者ではないか。

 何にせよまずは日本大使館の場所から聞こうと心に決めた。


『呼び方はAで結構です。つかぬ事をお伺いしますが、日本大使館はどちらにありますか?』


 兎にも角にも忘れぬ内に聞いておくのが吉である。

 ここが日本であれば問題は無いが海外であっても日本大使館に駆け込めばどうにかしてくれるだろう。

 インディーズヒーローと戦って海外まで吹き飛ばされましたと説明しても信じて貰えるかは微妙な所だが。

 私は望んで密入国をした訳ではないし身元もしっかりしている。

 弊社と連絡を取れさえすれば後は上層部がどうにかしてくれると思う。

 社長の剛力怪人ビッグゴリラさんや青肌怪人ビジンヒショさんには迷惑を掛けてしまうかもしれないが、どうにか手助けをして頂けたら幸いである。

 そんな甘い期待はすぐさま打ち砕かれる事になる。


「ニホンタイシカン?とか言うのが何処にあるかはわからないな。ギルバートさんは知ってるかい?」


「いえ、私は商人ですから様々な土地を訪れましたが。ニホンタイシカンなる場所は聞いた事も無いですね」


 何と!今私のいる国は日本との国交が無いらしい。

 日本と国交が無い国はあるにはある筈だが、大使館が無くともそれに近い機能を果たす機関は置かれていると思うのだが。


 しかしこれは拙い事になったぞ。

 そもそもここは何と言う国なのだろうか。

 拙い私の知識では、アフリカの小さな国々の国名まで把握出来ていない。

 それでも知っている国名が聞ければ大体の位置を把握出来る筈である。


『この国は何と言う名前の国なのでしょうか?』


 私の書いた文字を見てディーンさんとギルバートさんは顔を見合わせて首を捻った。

 おかしな事を聞いてしまったのだろうか。

 いや、普通に考えて自分のいる国の名前がわからないなんておかしな事を言っている自覚はあった。

 しかしながらギルバートさんは朗らかに微笑んで国の名前を教えてくれた。


「ここはルカブロマンド王国です。もしやエー様は旅人か何かでいらっしゃいますか?」


 どうしよう全然知らない国だ。

 しかもアフリカっぽく無い名前。

 流石に私でもヨーロッパの国名は全て把握しているが、ルカブロマンド王国なんて国は聞いた事が無い。

 国名を聞いたのに何だかヨーロッパっぽいなぐらいの感想しか抱けないのは予想外だった。


「ギルバートさん、日も傾いてますし盗賊を縛り終わったのでそろそろ移動しましょう」


「そうですね。エーさん、もし宜しければ街までの護衛として同行して頂けませんか?勿論護衛料は支払いますし捕まえた盗賊を売却した代金もお支払いします。何やら事情がおありの様ですから旅の道中に色々とお答えしましょう」


 ギルバートさんは商人だけあって機微に聡いのか何かを感じ取ってくれた様子で私を誘ってくれた。

 私にとっては渡りに船なのでギルバートさんの提案を快諾して彼らと共に移動を開始した。

 馬車を操る御者がディーンさん。

 御者台の助手席にギルバートさんが座り。

 荷物が沢山積まれている馬車の中にモニカさん。

 周囲の警戒を担当するユフィリシアさんは幌の上に登っている。

 悪役戦闘員達は馬車の後ろに繋がれて半ば引き摺られている。

 そして私は安定のジョギングだ。


「本当に乗らなくて良いのですか?」


『走って移動するのに慣れているので大丈夫です』


 ギルバートさんが走る私を見て心配そうに声を掛けて来たが心配は無いと返した。

 寧ろ私としては馬車と言う未知数な乗り物に乗り込むよりも自らの足で走った方が安心である。


 それに道を塞ぐ様に倒れている木なんかを除けるにも走っていた方がレスポンスが早い。

 何だか矢鱈と木が倒れているのだが。

 この道は普段からこんなに荒れているのだろうか。


「エーさんは物凄い怪力なのですね」


「その体の一体どこにそんな力があるんだ」


 何故だか御者台のお二人の顔が引き攣っている気がするが。

 災害ボランティアに参加した時なんかは倒木を運んだりするのも普通なので除けるだけなら然程大変な事もない。


 確かに木自体が太くて大きいので重いは重いのだが持ち上げて運ぶ訳ではないし。

 木の一部が何処かしら地面に接地したまま動かせるのも大きい。

 もしもこれらの木を運ぶとなったら戦闘員B君のサポートが欲しい所である。


 悪役戦闘員達がいたのでペースが出せなかったが、17時頃に田舎道の脇にある駐車場の様なスペースに着いて馬車を停めた。

 どうやら夜の移動は危険なのでこの場所で一泊するらしい。


 ここをキャンプ地とするってやつだろうか。


 まず馬車に繋がれている悪役戦闘員達を近くの木に縛り付けるとディーンさんとモニカさんは手慣れた様子で布素材っぽいテントを立て始めた。

 ベテランキャンパーみたいな手際の良さだ。

 その間にユフィリシアさんは森林に入って薪になる物を集めて来た。

 私も何か手伝おうと思って仕事を探すが皆が手慣れ過ぎていて私の入る隙が無い。


「野営の準備は彼らに任せておいて大丈夫ですよ」


 また私の心が読まれてしまったのかニッコリと笑ったギルバートさんに言われてしまった。

 だが。

 皆が動いているのに私だけ何もしないのも申し訳ない。

 テントの設置を終えたディーンさんが食材を探しに行くと言うので私も同行する事にした。


「お、スモールボアがいるな。あいつは美味いんだがすばしっこいから俺の足じゃ捕まえられない。ユフィリシアがいれば弓で狙えるんだが」


 ディーンさんが悔しそうに歯噛みしているので一っ走りして捕まえて来た。

 後ろから追って覆い被さる様に前足を掴んで抱え上げるだけの簡単なお仕事だ。

 うり坊サイズの小さな猪、スモールボアは命の危機を感じて懸命に足掻いているが。

 前足の下の所を抱っこしているので噛み付こうにも蹴ろうにも私に攻撃を加える事は不可能である。

 そのままディーンさんの所に戻ったら物凄く苦笑いされたとだけは加えておこう。


 スモールボアが一頭いれば夕食は充分らしい。


 帰り掛けにディーンさんが野草を採取してキャンプ地に戻ると、待っていたギルバートさんとモニカさんにも苦笑いをされてしまった。

 どうやらスモールボアを抱っこして捕獲するのは相当に非常識な行為だったらしい。

 ユフィリシアさんは特に驚いた様子を見せなかったので、彼女の中では私の抱っこは常識の範囲内なのかもしれない。


 スモールボアはユフィリシアさんによって解体された。

 十数分だっこしていたので私には少しばかりの愛着が芽生えていたが。

 普段食べている鶏肉や昼に食べた魚だって生物の命を頂く行為に変わりは無いので可哀想と思うよりは感謝をして無駄無く頂く事が大事だろう。


 元より夕食のおかずにする為に捕獲したのだし。


 それにしてもユフィリシアさんの解体作業は手早くて美しい。

 スモールボアの胸にナイフ刺して止めを刺したらそのまま心臓から血抜き。

 腹を開いて内臓を外す。

 この時に膀胱と腸は中身が出ない様に気を付けて外していた。


 内臓を外したら手早く毛皮を剥ぐ。

 これを数分で終わらせたのだが、剥した毛皮を見せて貰ったら殆んど脂肪の付いていない綺麗な状態だった。

 肉を枝肉に切り分けて解体作業は終了。


 私があまりにも興味津々で見ていたせいで若干恥ずかしそうと言うか遣り辛そうな表情になっていたのは大変申し訳なかった。


「ギルバートさん、鍋に水を頂けますか」


「勿論です。ウォーター」


 ギルバートさんの手から水が出ている。

 これは何と言う手品なのだろうか。


 青肌怪人ビジンヒショさんは水を使った技が多い。

 なので水を使った特効は見慣れてはいるのだが、ここまで自然な感じで水が出る演出は今までに見た事が無い。


 しかも大鍋に並々と水を注いでいるのだから驚きだ。

 一体何処にタネを隠し持っているのだろう。

 是非とも後で方法を聞いて、日本に帰った暁にはビジンヒショさんやヒーローの皆さんにも広めたい所だ。


 スモールボアは膀胱と腸を除いて内臓までスープに入れて美味しく頂きました。

 ディーンさんとユフィリシアさんの採取していた野草がハーブのタイムっぽい香りで肉の臭みは殆んど感じず。

 新鮮な内臓もコリコリとした食感で美味しかった。

 全て一口大になって入っていたのでどれがどの部位かは分からなかったが。


 味付けは塩のみの薄味だったが。

 普段から薄味の料理を口にしている私にしたら充分な濃さだった。


 それほど煮込む時間を掛けていなかったのにトロッとした口当たりの白濁したスープも大変美味しい仕上がりだった。

 食事にはギルバートさんの御厚意でお酒も振舞われたが、私はお酒を飲まないのでリンゴジュースっぽい風味の飲み物を食後に頂いた。


 食事が終わると食休みがてら焚火を囲んで会話が始まった。

 私に質問が来たり私から質問をしたりが多かったが、やはりどうにも噛み合わない所が多い。


 まず私が衝撃を受けたのはギルバートさん達は日本どころかアメリカすら知らなかった。

 どんなに閉鎖的な国であってもアメリカの名前すら聞いた事が無いと言うのは有り得るのだろうか。

 逆にギルバートさん達の言う国名や地名を私が何一つ知らないので立場としては同じ様なものだが。


 次にヒーローや悪の秘密結社についてもやはりと言うか伝わらなかった。

 役割などを伝えた所、ヒーローは騎士や冒険者。

 悪の秘密結社は闇ギルドや盗賊団に置き換えられる事がわかった。


 この辺りから私は少しずつ疑惑を持ち始めた。

 銃と言う強力な飛び道具が存在する今日日、地球上に騎士と言う職業は存在しているのだろうか。

 しかもギルバートさん達は銃の存在を知らず、騎士達は帯剣しているのだと言う。

 ユフィリシアさんが弓を使っているのは銃の携帯が禁止されているのかと思っていたのだがどうやらそうではないらしい。


 そして決定打となる単語が出る。


『気になっていたのですが先程ギルバートさんが手から水を出していたのはどういう仕掛けなのですか?』


 ギルバートさんが手品師であれば手品のタネを教えてくれることは無いかもしれないが。

 ダメ元で聞いてみた。

 するとギルバートさんは不思議そうな顔をしてあの現象が何なのかを親切に教えてくれた。


「あれは魔法ですよ。私は水魔法に適正があったので以前魔法の勉強をしていた時期があるのです。お恥ずかしい話、攻撃魔法などは使えず、私の魔法はただ水を出すだけなのですがね」


 魔法。

 今ギルバートさんは魔法と言った。

 ギルバートさんの言葉をそのまま信じるならば。

 日本どころか地球上には存在しなかった概念だ。

 勿論空想上の物語の中には頻繁に登場する概念ではあるのだが。


「魔法の適正があるだけでも素晴らしい事ですよ。俺もモニカも魔法の適正はありませんし。ユフィリシアは確か風属性を持っているんだったか」


 ディーンさんの言葉にコクリと頷いたユフィリシアさん。

 全員で話を合わせている可能性も僅かには存在するだろうが。

 短い付き合いではあるものの彼らがそんな意地の悪い事をする様には思えない。


 地球上に魔法が使える国があったのだろうか?


「エーさんも魔法を使っているんだろ?スモールボアを後ろから追って捕獲する人間なんて見た事ないぜ」


 私も魔法を使っていた?


 いや、私は日々の訓練とヒーローの動きを模倣する事で少しばかり常人離れした動きが出来るだけだ。

 ブラックロダークと戦った後から身体能力が上がっている実感はあるのだが、魔法と言うものを使った覚えはない。

 そもそも使い方がわからない。


「あたしも足は早い方だけどスモールボアより早く走るってとんでもないよね。スモールボアって魔物の中でも素早い方だもん」


 新たな単語が登場した。

 魔物?

 魔物とは所謂モンスターの事だろうか。


 私は珍しい動物の一種と思っていたがモニカさんに言わせるとスモールボアはモンスターの一種なのだろうか。

 魔物と言う言葉に誰も反応していないので、どうやらスモールボアがモンスターと言うのは彼女らにとっての常識らしい。


 これはあれか、、、ドッキリか?


 いや、流石にそれは無理筋な気がしてきた。

 思い返せば1メートルもあるウサギに鹿っぽい角が生えていたり。

 顔がピラニア体はアロワナの魚がいたり。

 不可思議生物はここに来るまでに幾つも見てきた。

 首が二つある鹿なんて決定打でしかない。


 これが夢ではなく現実なのだとしたら。

 今置かれているこの状況はもしや。


「エー様は別の世界から来た渡り人なのかもしれませんね」


 ギルバートさん曰くそういう事だった。

 そんな訳で私は日本へと帰る手段を完全に見失ったのであった。

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