第8話 戦闘員Aは異世界の知識を教わる
会話の中で魔法や魔物などの不可解な単語が飛び出したので、私が今この場所にいる原因となった話を包み隠さずした結果。
ギルバートさんはこの世界が地球とは別の世界であると言った。
ギルバートさんの言葉をそのまま信じるならば。
私は日本でインディーズヒーローのブラックロダークと戦った結果、(恐らく)自爆技の爆発に巻き込まれて異世界へと飛ばされてしまったらしい。
私のやられ技は遂に世界すらも超えたのかと少しばかり嬉しい気持ちになってしまったりもしたのだが、今はそれ所ではない。
地球上の何処かであったならば。
例え地球の裏側でも南極大陸でも、日本に帰れる可能性はあっただろうが。
別の世界となれば先ず元の世界に帰る手段を探さなければならない。
既に土俵際どころか俵の外が底の見えない崖になっているぐらいに危機的な状況である。
しかも片足が浮いていて体勢も仰け反っている状態だ。
ここから逆転する手段は存在するのか。
乞う御期待!と言っておけば良いのだろうか。
ギルバートさんは商人だけあって世情に明るいらしく、渡り人と呼ばれる人間についても教えてくれた。
渡り人とは文字通り世界を渡ってこの世界に来た異世界人の事、だそうだ。
そう考えると私の。
この世界の基準では珍妙な戦闘員の格好も腑に落ちるらしい。
渡り人が見付かるのは数十年に一度とかなのだが、実際にはもっと多くの渡り人がいるのではないかと言われている。
渡り人は決められた世界だけでなく様々な世界から来るそうでギルバートさんは日本もアメリカも地球も聞いた事が無いと言う。
そして残念な事に。
渡り人が元の世界に戻る方法についてギルバートさんには心当たりがないのだそうだ。
ギルバートさんの渡り人に関する知識はこれで全てだが。
もっと詳しく知りたければ渡り人について書かれた本を読む事を勧められた。
ギルバートさんは渡り人以外にもこの世界の知識について教えてくれた。
地球にはユフィリシアさんの様なエルフはいないと話すと、この世界にいる人種について話してくれた。
この世界では私を含めた所謂人間の事を人族と呼ぶ。
人族の他にはユフィリシアさんの様に人間離れした美しさと尖った耳を特徴に持つエルフ族。
獣に近い見た目と性質を持っている獣人族。
より人に近い見た目をした半獣人族。
小柄でずんぐりとした見た目のドワーフ族等が存在する。
この辺りの人種が人族の街で普通に見掛ける人種だそうで。
これに加えて魔族と呼ばれる人種が存在する。
魔族はより魔物に近い見た目をしている。
例えばドラゴンの様な見た目の竜人族や、人族に角を生やしたような悪魔族などが魔族と分類される。
魔族は人種が多岐にわたっていて全てを判別するのは難しいので。
人族の街で見掛けない人種は大体魔族と考えれば良いのだとアバウトな見分け方を教えて貰った。
尚、人族と魔族の間で争いが起きる事はあるが。
人族にも悪い人はいるし魔族にも良い人はいるので個人を見て付き合い方を決めると良いとアドバイスも貰った。
魔法や魔物についても教えて貰いたかったのだが、夜が更けてしまったのでここで就寝時間となった。
私達のいるキャンプ地には、私達の他にも幾つかの団体がいてテントを張っている。
どうやらギルバートさんやディーンさんの知った顔なので問題は無いだろうが。
魔物やインディーズ悪役戦闘員が現れないとも限らないので、護衛が順番に不寝番なるものをする事になった。
実を言うと私は免除で良いと皆さんが言ってくれたのだが。
同僚が職務を全うしている横で気にせず眠っていられる質ではないので自分から不寝番の時間を割り振って貰った。
不寝番の順番はモニカさん、デュークさん、私、ユフィリシアさんの順番で。
二時間経ったら次の人を起こして交代する。
時計はあまりにも高価だそうで時間に関してはアバウトになりそうなものなのだが。
お三方はヒーロー活動の経験から体内時計である程度の時間を割り出す事が可能らしい。
私の様な現代戦闘員では難しいスキルなので素直に凄いと感心した。
焚火の火を絶やさない様にして魔物か盗賊が現れるか。
若しくはキャンプ地にいる他の団体の者が近付いて来た場合は全員を起こして対処するといった流れになる。
まさか私の無意識やられ技が原因で異世界まで飛ばされてしまうとは思ってもみなかったが。
何はともあれ生きていかなくてはならないので今はギルバートさんの護衛としての職務を全うしよう。
そう心に決めて私はディーンさんの張ったテントの中で眠りに就いたのであった。
「エー、交代の時間だ」
5分前行動を基本とする私は既に目は覚めていたのでディーンさんに声を掛けられて直ぐにディーンさんと入れ替わった。
モニカさんが不寝番を始めてからきっかり四時間だ。
私は戦闘服に時計が埋め込まれているが、ディーンさん達は自らの感覚で時間を把握しているのだからやはり感心してしまう。
不寝番は何の問題も無く時間が過ぎていった。
交代時間の5分前に次の担当であるユフィリシアさんが、モニカさんと二人で使っているテントから出て来て私の隣に座った。
私は喋れないので筆談だが。
ユフィリシアさんも喋らないので無言である。
『おはようございます』
ミニホワイトボードを使って筆談で挨拶をするとユフィリシアさんは頷いた。
こうして二人きりになってじっくり見ると本当に美しい見た目をしている。
殆んど銀に近い金髪にエメラルドの大きな瞳。
輪郭はシンメトリーで驚く程の美形で。
例え尖った耳でなかったとしても人種の違いをありありと感じさせる圧倒的なまでの美だ。
そんなユフィリシアさんが私の持っているペンをじっと見ていて手を伸ばしたのでペンを渡した。
すると彼女はペンを使ってミニホワイトボードに文字を書いた。
『ユフィリシアです。エーさんとお呼びして良いですか。昨日は本当に助かりました。ありがとう』
彼女の書いたのは見た事も無い謎の文字なのだが、何故だかその意味を私は理解出来る。
私の書いた日本語がユフィリシアさん達に通じているのだから、何かの要因で通訳の様な事が行われているのだろうか。
考えても答えは出ない気がするので渡り人特有の要素か何かなのかな、便利だな、ぐらいに留めておくのが吉か。
ユフィリシアさんは喋らないだけで意思疎通を取る気が無い訳ではなさそうだ。
であればミニホワイトボードを使って筆談をすれば普通にコミュニケーションを取れるのかもしれない。
『いえいえ。皆さん無事で良かったです。呼び方はお好きにどうぞ』
『私達は臨時パーティだけれど。ディーンもモニカも時々仕事をする仲間なんです。だから二人に大きな怪我が無くて感謝しています。勿論依頼人のギルバートも。私が一番危機的な状況だったんですけれど』
ユフィリシアさんはそう書くと顔を綻ばせた。
彼女なりの自虐ネタなのだろうか。
確かにナイフを弾かれた状態で剣を向けられていたユフィリシアさんが一番ピンチではあったのだが。
あれは半分以上私の責任でもあるのだ。
だから私は彼女に懺悔をしなければならない。
『実を言うと私は。私の世界の常識で見てユフィリシアさんが危機に陥るまで木の陰から戦闘を見守っていたんです。私は悪役戦闘員と言ってヒーローと言う強い冒険者の様な方と戦ってやられる演技をする職業なんです。だからユフィリシアさん達が戦っているのも、途中まで熱の籠った演技だと思っていました』
ユフィリシアさんは私の書いた文字を目で追って。
時々頷きながらしっかりと読んでくれている。
書く場所が無くなったので彼女が読み終わった所でミニホワイトボードの文字を消して続きを書く。
『だから本当はもっと早く助けに入る事が出来たんです。そうすればユフィリシアさんが怖い思いをする事も無かったでしょう。ですから私はユフィリシアさんから感謝される様な人間ではありません。一歩間違えれば取り返しの付かない怪我をさせていたかもしれないのですから』
私の書いた文字を全て読んで、ユフィリシアさんは右手でペンを取った。
既にイレイザーの使い方も理解したのか。
ペンを持たない左手で綺麗に私の文字を消す。
『それは文化の違いですから仕方が無いでしょう。結果として私は怪我を負っていませんし、二人も大きな怪我無くあれだけの数の盗賊を退けました。それはエーさんのお陰です。きっとエーさんの助けが入らずあのまま戦っていたとしたら。私達は全滅したか、積み荷と一緒に売られていた事でしょう』
私が読み終えるのを待ってユフィリシアさんは文字を消し。
続きの文字を書いていく。
『エーさんは私達を救いました。大切なのはその事実です。加えて言うなら』
そこまで書いてユフィリシアさんは私の顔を見て一拍置いてから目線を戻してペンを走らせる。
『貴女は正直者ですね。知らなければ沢山の感謝をされるのに。自分の不利になる事を私に伝えました。私は百年以上生きていますが、こんなに甘い人はあまりいません』
そう書いて目元と口元で笑った。
美しさの中に可愛らしさが混ざる。
ユフィリシアさんは二十歳前後に見えるので百年以上生きていると言うのは驚きだが。
エルフと言うのは物語で見られる様に長命な種族なのだろう。
『私は嘘が付けないですし。嘘を吐いても直ぐに見破られるんです。それに人には誠実でいたいと思っています。ですから助けに入るのが遅れてごめんなさい。出来ればこの謝罪を受け入れて欲しいです』
私の書いた文字を読んでユフィリシアさんは頷いた。
『謝罪を受け入れます。これでエーさんが申し訳なく思う事は無くなりましたね』
こちらを見てユフィリシアさんがニッコリと微笑む。
『私は声を聞かれるのが恥ずかしくて喋らないんです。だからこんな風に人と話しをするのは百年以上ぶりです』
成程、ユフィリシアさんが声を出さないのは恥ずかしいからだったのか。
百年以上生きている完璧な見た目のエルフにしては意外な事実だった。
『私も筆談だけで話をするのは初めてかもしれません。私は一応声を出せるのですよ』
そうやって書いてユフィリシアさんと目を合わせる。
「イー!」
『これ以外の言葉は出せないのですが』
これを読んだユフィリシアさんは破顔して肩を震わせた。
どうやら日本では然程ウケない私の持ちネタが、異世界では通用した様だ。
『それでは言葉では無くて鳴き声ではないですか』
『確かにそうかもしれません。私のいた国の戦闘員は大体これ以外喋りませんでしたから』
『何者なんですか戦闘員とは。エーさんの居た世界は、この世界とはまるで異なる世界なのでしょうね』
『そうですね。でも本当は戦闘員も普通に喋れるんですけどね。私は戦闘員のイメージを守る為にイー!しか言わない事をポリシーにしていましたが。ですが。この世界に来て戦闘服が脱げなくなってしまってついでに声もイー!以外出せなくなりました』
『それはもしかしたらその服に特殊な効果が付与されているのかもしれません。渡り人が異世界から持ち込んだ物には特別な効果が宿った前例があった筈です』
渡り人が持ち込んだ物の知識を持っているなんてユフィリシアさんは博識だ。
彼女の言う事が確かなら私の戦闘服にも何か変化があったのかもしれない。
そう言えば私のスマートフォンに変なアプリが入り込んだのは、異世界に来た事が原因なのかもしれない。
あのアプリでは映っている私の姿を長押しする事で持ち物の詳細らしきものが見られた気がする。
ウイルスだとしたら恐いので直ぐに閉じてしまったが、あれを確認してみよう。
スマートフォンを取り出して電源を入れる。
戦闘員Aと言う私の名前とSTRとかVITなどの謎の単語と数字が表示されている。
その横に三頭身にした様な私が映っていて。
そこを長押ししてみると戦闘服の詳細が表示された。
映し出された文字をじっくりと確認して。
書かれていた文字に私は衝撃を受ける。
『私の戦闘服なのですが、、、呪い(解呪不可)って書いてありました』
『それは、、、お気の毒に』
戦闘服以外の物も確認してみると私の身に着けている物、持っている物は全てが呪い(解呪不可)となっていた。
全ての確認を終えた私は。
そっとスマートフォンの電源を落とした。
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