第6話 戦闘員Aの勘違い 撮影隊?いいや、あれはインディーズ悪役戦闘員だ

 森林をジャンピングダッシュしながら移動していて思った事がある。


 この森林はまるで巨大な撮影スタジオの様だ。

 生えている木々はどれも樹齢何百年級の太くて大きな木ばかり。


 1メートルを超える角の生えたウサギがいたかと思えば、うり坊みたいに小さな体なのに矢鱈と走るのが早い成体の猪がいる。

 首が二つ生えた鹿がいるかと思えば、多少大型ではあるものの普通の狼もいる。


 カボチャ大の林檎らしき果実が木に生っていたり、日本なのに南国フルーツのランブータンみたいな果実も生っている。


 植物で言えば私に襲い掛かって来る大型の食虫(食人?)植物もいた。

 日本にこんな面白い撮影スタジオがあるのだったら是非とも撮影に使ってみたい所である。

 既に私がロケハンを済ませているのだから。

 借りられさえすれば直ぐにでも撮影に取り掛かれるだろう。


 但しその前に。

 ここが私有地なのだとしたら私はまず土地の所有者に謝罪をしなければならないだろうが。

 私有地に無断で入り込んで勝手に魚を捕って食べたのは普通に拙かった。

 前科者になる前にどうにか示談で済ませてしまいたい。


 私の貯金で足りるだろうか。


 それにしても相当な距離を移動している筈なのに一向に森林の終わりが見えてこない。

 標高が高いのかもしれないと予想したが、上ってる気配も下ってる気配も全くしない。

 全く以て不思議な場所へと飛ばされたものだ。


 ブラックロダークの必殺技は十中八九爆弾を使っていたのだろうが。

 そもそもこれ程に遠くまで飛ばされる爆発に巻き込まれて無事でいるって私の身に一体何が起こったのだろうか?

 フラッシュバンの様な爆弾であればあの時の目を覆う程に強烈な光の原因にはなるのだろうが。

 それだと爆風で吹き飛ばされたのが不可解になる。


 何故だ何故だと疑念を抱きながら移動を続ける事暫く。

 漸く人の手が入っていそうな物を発見した。


 物と言っても人工物などでは無く、人が作ったと思われる道だ。

 それもコンクリートやアスファルトで作った上等な道では無く、土を踏み固めて作ったみたいな幅の広い道。

 田舎ならば今でも砂利道は普通にあるのだろうが。

 都の近郊でこう言った道はあまり見た事が無い。


 加えて道には車輪の跡が残されているのだが。

 自動車ではなくロードバイクの様に幅の狭い跡が二本。

 幅が常に一定で相当に息の合った二人組が自転車で通ったのか。

 将又荷車か何かが通ったのか。

 普通に考えたら荷車の可能性が高いだろう。


 兎にも角にも時計を見れば既に15時にして初めて見付けた人の痕跡なので。

 左車線で移動している事を信じて車輪の跡を追ってみる事にした。


 常識外れなダッシュや大ジャンプをしていれば警戒をされてしまうかもしれない。

 なので移動は私達戦闘員が得意とする何時ものジョギングだ。


 十分経ち。

 ニ十分経ち。

 三十分経ち。


 今の所人影らしきものは見えてこない。


 森林の広大さから予想はしていたが、日本の田舎道でこれ程長い距離を移動しても民家一つ出て来ない場所があるのだろうか。

 広大な土地を有する外国であればまだしも。

 狭い日本で、しかも平地でこの広大さは中々常識的ではない気がする。

 と言う事はだ。


 私が無意識に繰り出したやられ技は私自身を海外にまで吹き飛ばしてしまったのかもしれない。


 一体どんな角度で吹き飛んだと言うのか。

 山なりに飛んだら余裕で成層圏を突破しそうな勢いである。

 爆発のエネルギーと私の往なしによるエネルギーで地表と平行方向に飛んだ可能性は。


 あり得る。


 ヒーローの必殺技は時に物理法則すら無視した技が存在する。

 成程、そう考えれば私の体がまさかの太平洋を越えてアメリカまで飛ばされていたとしても仕方の無い話だ。

 アメリカにもこんな森林が存在するのかは疑問だが。


 四十分。

 五十分。

 一時間。


 ジョギングを続けた所で何やら人工物がぶつかり合う様な音が耳に入って来た。

 更には怒号の様な声も聞こえる。


 これは近くに人がいるのかもしれない。


 そう考えた私は森林側に入ってこそこそと音の鳴る方へ移動する事にした。

 木の陰から木の陰へと身を潜めながら移動を続けると。

 百メートルほど先に日本では一部の観光地でしか目にする事の無い幌馬車の姿を発見した。


 成程、海外の田舎では未だに荷運びをする時に幌馬車を利用している地域があるのか。


 幌馬車は以前に誤って予約してしまった西部劇用っぽいスタジオで撮影をした時に大道具の一つとして置かれていたから見間違える筈も無い。

 そしてどうやら今正に幌馬車のある場所では撮影が行われているらしい。


 馬車の周囲を薄汚れた衣装を着た男達が取り囲んでいる。

 あれは我々で言う所の悪役戦闘員だろう。


 悪役戦闘員より内側に位置取っているのは盾と剣を持った男。

 両手にナイフを持った女。

 弓を持って矢を番えた女の計三名に加えて。

 怯えた演技をする恰幅の良い男が一名いる。


 弓の女は青肌怪人ビジンヒショさんと同じで耳が尖っているので実は怪人側なのだろうか?

 いや、状況を見るに弓の女はヒーロー側だろう。


 とすればエルフ役のアクション女優さんなのかもしれない。

 私のいる位置からは撮影スタッフの姿は見えないが。

 臨場感を出す為に森林の中に上手く身を潜めながら撮影しているのだろう。

 その時点でかなり優秀なスタッフによって撮影が進められているのが想像出来る。


 三人のヒーロー達は馬車を背にして、私達で言う所の子役ポジションである怯える男を守りながら戦闘員を退けようと戦っているのだが。

 戦闘員の数が三倍以上いるのでかなり苦戦を強いられている模様だ。


 鬼気迫る白熱の戦闘シーンに見えるのだが。

 私から言わせると戦闘員が粘り過ぎで悪役怪人の出番前に盛り上げ過ぎではないだろか。

 いや、優秀なスタッフが付いているのだから、それも何かしら考えがあっての事だろう。


 演者達の熱い演技に、思わず心が燃えた私は撮影の邪魔にならない様に約五十メートルの距離まで詰めた。

 これだけ近付けば随分と見易くなって武器のぶつかり合う音にも迫力が出てくる。


 そうして移動を終えて鑑賞を始めた所で状況が動いた。


 剣の男と短剣の女が数の暴力に押されてじりじりと押し込まれると。

 弓を放つ距離の取れなくなったエルフ役のアクション女優が弓から短剣に武器を切り替えて接近戦を始めた。


 しかし他の二人と比べて明らかに拙いエルフ役の女の近接戦闘では一人を相手にするのがやっとで。

 二人の戦闘員の攻撃によって彼女の短剣は弾かれてしまった。


 ここでヒーローに変身するのか!?若しくは必殺技を放つのか!?


 そんな風に期待した私だったが。

 エルフ役のアクション女優は絶望的な表情を浮かべて怯えるばかり。

 戦闘員の方は所謂舐めプをしている様子で武器での攻撃はしていないが。

 エルフ役のアクション女優の腕に掴みかかって乱暴に転ばせた。


 ああ成程。ここで別のヒーローが登場して彼女を救い大立ち回りを披露するのか。


 そう次の展開を予測して見ていたのだが。

 一向にヒーローが登場する様子は無い。


 剣の男と短剣の女は陣形が崩れた事で明らかに押し込まれているし。

 エルフ役のアクション女優は戦闘員に剣を向けられて体を震わせている。

 ここで私は一つの結論に思い至った。


 あれはインディーズ悪役戦闘員だ。


 日本にはインディーズヒーローがいるように、インディーズ悪の秘密結社も存在する。

 奴らの活動は窃盗に傷害に詐欺。

 (株)悪☆秘密結社に所属している私達の様に取引先の子役を攫うのではなく。

 素人の子供を誘拐して身代金を要求するなどの行為も平気で行う犯罪集団だ。


 日ヒロのヒーローを筆頭として。

 会社に所属するメジャーヒーロー達がカメラを回さずに戦う真の敵でもある。


 冷静になって考えてみれば臨場感が大事なアクションシーンをカメラ据え置きで撮影する意味は無い。

 撮影隊の姿が見えない中で俯瞰で見ている私に気付かれる事無く動き回りながら撮影しているのだとしたら。

 そんなのは最早人間技ではない。

 もうカメラマンがヒーローをやった方が良いぐらいのとんでも身体能力だろう。

 動きが早過ぎて撮影した映像もブレブレだろうし。


 そもそも撮影隊の姿が見えない時点でノンフィクションである事を疑わなければならなかったのだ。


 これはもう完全に私の失態である。


 私が目の前で起きている戦闘を撮影と思い込んだ事で。

 武器を持ってはいるものの、ヒーローではない一般市民に怖い思いをさせてしまったのだとしたら。

 これは完全に私の落ち度である。


 何に変えても尖り耳の特殊メイクをしたエルフ役の女性を救う責任が私にはあるだろう。


 私の位置からインディーズ悪役戦闘員までの距離は目測で50メートル。

 普通にダッシュをしてはインディーズ悪役戦闘員の剣が振り下ろされ、女性が怪我を負う事は回避出来ないだろう。

 ではどうするか。


 ここは脳筋戦隊アマレスラーンのアマレッドさんの必殺技ジャイロドロップを模倣させて貰う。


 説明しよう!

 ジャイロドロップとは超加速する助走から地面と平行となる低空ドロップキックの体勢に入り。

 浮いた体を高速で錐もみ回転させる事によって速度を上げながら浮き上がる超回転ドロップキックである!


 私は木の陰から飛び出すと一気に加速する。

 助走は完璧。

 それ所か、いつも以上の体のキレで再現率100%すら目指せそうな勢いだ。


 狙いを付けるインディーズ悪役戦闘員の30メートル手前で。

 その瞬間に当たれば膝を粉砕する高さの低空ドロップキックの体勢に入り。

 体に捻りを加えて錐もみ状に回転を始める。


 この回転はフィギュアスケートのトップスケーターが見せるジャンプ技以上の回転速度になる。

 回転の勢いが付くと重力に反して私の体は全く高度を下げる事無く弾丸の様に風を切り裂き。

 インディーズ悪役戦闘員の5メートル手前から急激にホップするとエルフ役の女性に剣が届く直前。

 私の両足がインディーズ悪役戦闘員の肋骨を捉えた。


 インディーズだけあって悪役戦闘員としては非常にお粗末な。

 所か全く受け身を取らなかったので肋骨を圧し折る感覚を覚えたが気にしている暇は無い。


 私だって若い頃は怪我をして覚えた事も沢山あったのだから。

 寧ろ良い経験と思って罪を償った後は立派な悪役怪人を目指して欲しいものである。


 ジャイロドロップには錐もみ回転するドロップキックの威力に加えて、とある副次効果が存在する。

 それは蹴りを当てる位置をミリ単位で調整する事によってピンボール方式に周囲の戦闘員を巻き込む事が出来るのだ。


 私も今回のジャイロドロップはかなり角度に気を使ったのでエルフ役の女性を見下ろしていたインディーズ悪役戦闘員も巻き込み、そのインディーズ悪役戦闘員が更に奥にいるインディーズ悪役戦闘員を巻き込んでドミノ倒しになっていく。


 これによってヒーロー側が優勢となり、私も戦闘員Aとして戦って。

 3分も掛からずにインディーズ悪役戦闘員の制圧が完了した。


 因みにジャイロドロップを使ったアマレッドさんは蹴りの反動を利用して体操選手の様な華麗なバク宙で着地をするので私もそれに倣って着地をした。

 自画自賛で申し訳ないが100%の再現度であったと自負している。


「人間、、、なんだよな?助太刀感謝する。助かった」


 アクションシーンが終わって剣を持った男が私を一瞥して感謝の言葉を掛けると。

 剣を持った男は縄を使ってインディーズ悪役戦闘員達を拘束し始めた。


 どうやら私が土壇場になってから気付いた通り。

 これは撮影などではなくヒーロー(武装した一般市民かもしれないが)とインディーズ悪役戦闘員の戦闘だったらしい。


 拘束には短剣の女も加わったので縄を持っていない私はまだ立ち上がれていないエルフ役の女性に手を差し伸べた。

 弊社の戦闘員が着る昔ながらの戦闘服では表情がわかり辛いので、せめて目元だけでも優しい表情を作る様に努める。


 女性は私の手を取って立ち上がり、口をパクパクさせている。

 何かを喋りたいのに声が出て来ない感じだ。


 それにしても先程まではアクションに集中していて良く見ていなかったが。

 この女性は作り物の様に整った美しい顔をしている。

 まるで話に聞く本物のエルフの様な、、、ん?


 尖った耳がピコピコ動いているんだけれど物凄い技術の特殊メイクだな。


 (株)悪☆秘密結社に所属している青肌怪人ビジンヒショさんもエルフっぽい尖った耳をしているのだが。

 彼女の場合は耳に装着するタイプの尖り耳を着けているのでこんなに大きな動きをする事は無い。


 この技術にどんな仕掛けが施されているのかはわからないが。

 やはりここは映画の本場ハリウッドなのだろうか。


 最近のハリウッドは随分と特殊メイクも進んでいるのだな。


「ああ、すまん。そのエルフ、ユフィリシアは喋らないんだ。一応反応を見る限りあんたに感謝してるんだと思う」


 剣の男がエルフ設定の女性をユフィリシアさんと紹介してくれた。

 どうやら無口キャラらしいので今の私と同じである。

 私も戦闘服を着ている間はイメージを崩さない為に「イー!」しか言わない。

 会話は全て筆談で行う様にしている。


「紹介が遅れた。俺はDランク冒険者のディーン。そっちの女がモニカ。で、あの人が商人のギルバートさんだ」


「Dランク冒険者のモニカだよ。助けてくれてありがとう。よろしくね」


「ギルバートと申します。この度は命を救われました。深く感謝申し上げます」


 筋肉質で男らしい感じのディーンさん。

 短髪で飄々とした中性的な感じのモニカさん。

 未だ青い顔をしていて気弱そうなギルバートさん。


 冒険者とは平たく言うならヒーローみたいな職業だろう。

 やはりヒーロー対インディーズ悪役戦闘員の図式は間違っていなかった様だ。


 皆さんの紹介をして貰ったのだから、私も自己紹介をするのが社会人としての礼儀だろう。

 そう思って一旦戦闘服の顔の部分を外そうとしたのだが。

 何故だか着脱式のマスクの切れ目が見当たらない。

 そもそも戦闘スーツを着脱する時のファスナーが見当たらない。

 これはブラックロダークと戦った時の爆発で部分的に溶けてしまったのだろうか。


 そんな都合悪く溶けるなんて事が起こり得るのか!?


 今まで全く気にして来なかったが。

 もしかするとこの戦闘服は脱げなくなっているのか。

 そもそも日本語しか喋れない私が、どう見ても西洋人に見える人達の言葉を普通に聞き取れているのはどうしてだろうか。

 確実に何語かわからない言葉を話しているのにも関わらず。


 何だろうかこの不可思議な現象は。

 もしやこれは、、、


 ドッキリか?


 いや、私みたいな戦闘員Aにドッキリを仕掛けて動画にしたとしても。

 多くて3再生ぐらいしか稼げないだろう。

 となれば今のこの状況は夢か何かだろうか。

 それにしては覚める様子が無いし感覚が色々とリアル過ぎる。


 よし、一旦考えるのを止めよう。


 私は取り敢えず現実逃避をはかる事にしてミニホワイトボードを使い、自己紹介する事にしたのであった。

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