第15話 戦闘員Aは孤児院に行く
冒険者ギルドが経営する宿の部屋にも大分慣れ。
最早自宅と言っても良いぐらいに居心地の良い空間となった。
もう異世界に来て一ヶ月が経ち。
最近の私は街の外れにある孤児院によく出入りしている。
出入りするようになったきっかけは大鷲の翼亭と言う食事処で。
厨房の手伝いをする雑用依頼をしていた時の事だ。
大鷲の翼亭は店主のパットさんとパットさんの奥さんに給仕のスタッフさんで回している人気店なのだが。
その日は奥さんが訳あって厨房に入れないと言う事で冒険者ギルドに貼り出されていた依頼を私が受けて仕事をしていた。
以前にも同じ依頼を受けた事があったので奥さんは体が弱く無理をして仕事をしているのだろうと想像しつつ料理まで任されてランチタイムを終えた頃。
溜まったゴミを捨てる為に店の裏口に行くと、10歳前後の痩せた少年がゴミを入れておく木箱を開けて中身を物色していた。
少年は私の姿を見ると背を向けて一目散に逃げ去り。
ゴミを木箱に入れてから店に戻ってパットさんに話すと。
その時に衝撃的な事実が発覚したのだ。
パットさんの奥さんは体が弱いのではなく。
家事でも皿洗いをしているのに仕事中まで皿洗いをさせるなと、パットさんと大喧嘩になって部屋に閉じ籠ったそうだ。
大鷲の翼亭の雑用依頼は一日働いて小銀貨2枚と宿代だけでも赤字になる報酬である。
私が地域貢献と思って受けた雑用依頼は夫婦喧嘩の皺寄せであった。
その後の私が雑念を全て捨て、無心で仕事を熟したのは言うまでもない。
そんな話は置いておいて、ゴミ置き場にいた少年の話である。
パットさんは少年について、それは孤児院の子供だろうと話した。
私はミドレッドの街に孤児院があると言う事をこの時初めて知る。
大鷲の翼亭では、孤児達がゴミ箱を漁って店の裏手を散らかしていくので迷惑しているのだと言う。
私は後日孤児院を訪ねてみる事に決めて夫婦喧嘩が終わるまでの三日間、店の仕事を手伝ったのであった。
三日間の間にも確かに店の裏手にゴミが散らかっていたので、食事が足りていないのは事実なのであろう。
そう考えた私は引っ越し好きのステラさんに教えて貰った食材を安く買える市場の露店で買い物をしてから孤児院に向かった。
孤児院は子供達が走り回って遊べる庭付き一戸建てと言った感じで土地は非情に広いのだが。
建物が所々黒ずんでいたり罅が入っていたりと、あまり管理が行き届いているとは思えない感じだった。
子供達もゴミ捨ての時に遭遇した少年と同じく皆痩せていて、それでも元気に走り回って遊んでいる。
私は子供の中でも年長と思われる少年にミニホワイトボードを使って来訪の目的を説明して、管理責任者の所に案内して貰った。
管理責任者の院長先生はヘレナさんと言う30歳前後に見える女性だった。
私が差し入れの食材を差し出すと何度も何度も頭を下げてお礼をするので、何だか恐縮してしまった。
痩せていて肌艶も悪いのだから、実際の年齢はもっと若いのかもしれない。
パットさんに聞いた限りでは。
孤児院の子供がゴミ漁りを始めたのはここ最近の事だと言うので、それ以前と何か変化があったのか事情を伺ってみた。
「この孤児院は幾つかの商会から支援を頂いているのですが、良くして下さっていた商会が代替わりをして支援が打ち切りになってしまいまして」
ヘレナさんによると最も支援をしてくれていた商会が支援から撤退して孤児院の運営状況が悪化。
その件で支援の増額をした商会もあったのだと言うが、以前と比べると支給される総額は減り。
日々満足に食べていくのも厳しい状況なのだと言う。
ヘレナさんは庭で家庭菜園をする事も考えたが、直ぐに食糧事情を解決出来る訳ではなく。
子供達の遊び場が狭まってしまうのもあって尻込みしているのだと言う。
私は少し考えて一つの解決策になるかもしれない提案をした。
ヘレナさんも今のままではいけないと考えていたので私の提案に乗り気だった。
そうと決まれば早急に動き出すのが吉である。
私は大鷲の翼亭に向かって話を纏めて孤児院へと戻った。
私が大鷲の翼亭で提案した内容はこうだ。
大鷲の翼亭では店主であるパットさんの奥さんが家事以外で洗い物をさせられる事に難色を示している。
それが原因で夫婦喧嘩が起きて、怒った奥さんが部屋に引き籠って人手が足りなくなり。
冒険者ギルドに依頼して店の手伝いをする人材を派遣して貰う程だ。
そこで洗い物ぐらいの労働であれば孤児を雇えば事足りるのではないかと言う提案をしたのだ。
子供の手伝いなので報酬の金額は負担にならない程度に抑えて。
その代わりに料理に使えない肉の筋、野菜の皮や切れ端などを渡す。
昼だけでも賄いを出せば孤児達は真面目に働くだろうし、自分達の食糧事情を良くしてくれる店に迷惑を掛けて仕事が無くなれば、また飢えるのが目に見えているのでゴミ箱を漁る事も無くなるだろう。
ヘレナさんとも内容の摺り合わせをして、先ずは試用期間として翌日から孤児達の大鷲の翼亭での仕事が開始された。
それから数日後。
大鷲の翼亭へ足を運ぶと孤児達はしっかりと仕事をしているらしく、パットさんと奥さんからの評判は良かった。
仕事は孤児の中でもしっかりしている年長の者が順番で行い。
報酬は一日働いて銅貨5枚と格安だが、昼と夜に賄いが出てお腹一杯食べられる。
銅貨5枚あれば黒麦と言うライ麦っぽい穀物を買って食料の足しに出来るし。
肉の筋は煮込めばおかずになり。
野菜の皮はよく洗えばスープの具材になる。
これによって多少なりとも食糧事情を改善する事が出来たのであった。
だがまだまだ充分とは言えない状況であり。
何か私に出来る事は無いかと考えつつ、差し入れを持って行って孤児達とヒーローごっこなんかをして遊んだり。
本気のやられ技を披露したりしていたのだが。
なんとそれを解決したのは孤児の一人であった。
マリスと言う名の8歳の少年は、初めて孤児院を訪れた時に庭に生えた雑草を食べていた逞しい少年だった。
マリス少年は私が介入した大鷲の翼亭と孤児院の契約に興味を持って色々と質問をして来たので、ミニホワイトボードで答えてあげると労働に対して対価を得る事をすぐさま理解した。
そして次に孤児院へ訪れた時には水瓶一杯の水を井戸から組み上げる仕事を孤児が鉄貨1枚で請け負うのはどうだろうかと私に相談した。
この世界には水道なんていう便利な物は存在しておらず、ギルバートさんの様に水魔法の使える者でもなければ井戸から水を汲み上げなければならない。
それも縄の先に付けた桶を落として水を汲み上げる少々原始的な方法で、ヒーロー(冒険者)の様に鍛えている者でもないと中々の重労働である。
この面倒臭がられがちな仕事を鉄貨1枚(日本円で10円相当)で孤児達が請け負う。
そしてその鉄貨1枚を駄賃ではなく寄付とする事も提案した。
駄賃は労働の対価として支払う金銭だ。
変わって寄付となれば労働の対価として支払うと言う行為は同じだが、僅かばかりでも社会貢献をしている気持ちになれるだろう。
そうなれば実際に足腰が弱っていたりして水汲みが大変な人達だけでなく。
社会に貢献していると言う充足感を満たす為に水汲みを頼む人も出てくる筈だとマリス少年は言った。
何と言うか、もう8歳の発想じゃない。
将来が末恐ろしいマリス少年は末恐ろしい天才子役の卓君と面影が被る。
どこの世界にでも天才少年はいるものだ。
因みにマリス少年はヘレナさんを通して街で働く孤児院出身の者達とコンタクトを取り。
水汲みの話を広めて貰う事で日に鉄貨30枚を安定して稼ぎ出せる、、、寄付して貰える様になったらしい。
更に次の一手も考えているみたいで恐ろしい限りだ。
「イー!」
そして私は数日に一度差し入れを持って来てヒーローごっこに興じるおじさんと言うポジションに収まったのであった。
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