第16話 天才子役矢崎卓
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都内某所の記者会見場には多くのマスコミが集まっていた。
無遠慮に焚かれたフラッシュの先にいるのは僅か5歳の少年である。
(株)悪☆秘密結社に所属する戦闘員Aが犠牲となったブラックロダークの自爆テロ事件から一週間。
その現場に居合わせた少年は失意のどん底から這い上がり。
こうして記者会見を行えるまでに気持ちを持ち直したのであった。
「マスコミの皆様。本日はお集まり頂き、誠にありがとうございます。凄惨なテロ事件から一週間。数多くの方々から取材の要請を頂きましたが、僕自身気持ちの整理が付かず。こうして会見の場が皆様の質問に答える機会となった事。深くお詫び申し上げます」
会見場の壇上に現れたのは、その場にはあまりにも似付かわしくない少年だったが。
凛とした佇まいとハキハキとした滑舌。
登場からマスコミに頭を下げて場の空気を引き込んだ度胸。
(株)攫われ子役劇団に所属する俳優、矢崎卓は一瞬にして会見を見守る世間を味方に付けた。
全く以て末恐ろしい少年だが。
何も彼はその身に起こった出来事の全てを受け止め。
乗り越えてこの場に立っている訳ではない。
生後1週間で赤ちゃん子役としてデビューした卓は。
3歳の頃には子役として芸能事務所に入り天才少年の名を欲しいままにしていた。
まるで人生二周目の様な落ち着きと大人びた言動。
そんな天才子役が(株)攫われ子役劇団へと移籍したのは5歳になる直前であった。
卓には幼い頃からの夢があった。
今でも充分過ぎる程に幼いのだが。
卓の夢は悪を穿ち正義を貫くメジャーヒーローになる事。
意外と言っては何だが、卓は同年代の少年達と変わらない夢を抱いていたのであった。
(株)攫われ子役劇団に入所した卓は日々充実していた。
大手ヒーロー事務所である(株)日本ヒーローズ所属のヒーロー達は卓にとって憧れの的である。
殆んど毎日の様に日ヒロのヒーロー達と現場で顔を合わせ。
最も近い距離でヒーロー達の活躍を見る事が出来るのは。
卓にとって最高の体験となっていった。
撮影現場には悪役怪人や悪役戦闘員もいたが。
そちらとはあくまでもビジネスライクな関係に終始していた卓だったが。
ただ一人。
その仕事ぶりとプロ根性に目を見張らざるを得ない戦闘員がいた。
その名は戦闘員A。
戦闘員のイメージを崩さぬ様にと現場で「イー!」しか話さず。
まるで本物のヒーローと同じ動きをして。
ヒーローが現場に遅れた時にはヒーローの代役としてリハーサルに臨む程に前準備を欠かさない。
本物のプロでありプロ中のプロの悪役戦闘員であった。
戦闘員Aは誰にでも分け隔てなく丁寧で優しく接してくれて。
いつからか現場で卓が一番懐いていたのは戦闘員Aであったのは卓自身も自覚していた。
それでも卓の憧れの対象はあくまでもヒーローであり。
戦闘員Aは優しくて格好良いお兄さんぐらいの認識でしか無かったのだが。
そんな卓にとっての節目となったのは、やはりあの撮影の日であろう。
良面戦隊サワヤカファイブと共演した日ヒロのウェブCM撮影現場は。
取り壊しの決まっているビルを爆発やクレーンなどで破壊する特効が入った大掛かりな撮影になると前日の段階から聞かされていた。
ヒーローと悪役怪人の戦闘シーンで使われる特効は非常に危険な物が多い。
特に実際に現場で見れば子供にとっては非常に刺激の強い演出でもある。
しかし卓は既に幾つもの現場を熟していたし。
前日から説明を受けているのだから油断をする心配すら無い。
そもそも普通に撮影に臨んでいれば事故など起こる筈も無いのだと。
卓はそう考えて楽観視していた。
後になって思えば、現場に慣れて驕りが出ていたのだろう。
そして撮影に臨んだ卓はクレーンによるビル破壊で崩れた瓦礫の下敷きになり掛けて。
すんでの所で戦闘員Aに救われたのであった。
「うわぁぁぁぁぁああ!ごめんなさいぃぃぃ!」
生まれて初めて間近に感じた死の恐怖に。
年相応の子供の様に泣きじゃくった卓を抱き締め背中を擦ってくれた戦闘員A。
『この経験はきっと君を強くする』
母親や現場監督、事務所の人間からは沢山叱られ。
あまりの出来事にヒーローや悪役怪人も、どうすれば良いのかと対応に苦慮する中。
戦闘員Aの言葉がスッと卓の心に収まって。
悔しさと恥ずかしさと申し訳無さで圧し潰されそうになった卓の心を軽くした。
撮影が終わりマネージャーでもある母親と自宅に帰った卓は。
動画サイトにアップされている自分が救われる瞬間を収めた映像を何度も見返した。
そして戦闘員Aの動きに魅せられた。
戦闘員Aがヒーローの動きを殆んど完璧に模倣出来るのは有名な話だが。
それにしたって卓を救った時の動きは常識離れしていた。
それどころか超加速ミラクルダッシュの最後の加速はヒーロー好きの目で見て本家であるゼンリョクレッドを超えているとさえ卓には感じた。
ヒーローを超えた悪役戦闘員。
なろうと思えば悪役怪人にだって、ヒーローにだってなれるのに大きなプライドを持って、敢えて黒タイツの戦闘服をを着続けて悪役戦闘員で居続ける拘り。
不断の努力に裏打ちされた強さと高潔な精神。
卓は戦闘員Aに陶酔し、憧れ、盛大に勘違いもして。
「ママ!僕は将来Aさんみたいな戦闘員になりたい!」
急すぎる方針転換で母親を心配させたのであった。
戦闘員Aに救われ。
卓はそれまで以上に、戦闘員Aに懐いているのを隠さなくなった。
(株)悪☆秘密結社のプロモーション動画撮影の日も子役の指名を勝ち取り。
憧れの戦闘員Aが自分を迎えに来てくれるので前日から興奮して眠れないくらいだった。
当日、戦闘員Aに手を引かれて事務所から駐車場へと向かう間にあんな事件が起こるだなんて想像すらもしていなかった。
そして卓と戦闘員Aは運悪くインディーズヒーロー、ブラックロダークに遭遇してしまった。
インディーズヒーローとは。
悪役怪人や悪役戦闘員と見れば清廉潔白なプロに対しても平気で襲い掛かり。
時には一般人にまで危害を加えて金品を盗む野盗の様な存在。
それが卓のインディーズヒーローに対する認識であった。
卓はヒーローに憧れていたが、それはあくまでもプロのヒーローであり。
野盗に対して憧れを抱いた事など一度もない。
幼いながらに分別のついた大人の面を持つ卓にとってインディーズヒーローは軽蔑の対象であった。
だからこそ。
プロの悪役戦闘員であり羨望の対象である戦闘員Aに対して悪意を向けるブラックロダークが許せなかった。
そして5歳の子供である卓の正論に激昂したブラックロダークは卓に襲い掛かり。
戦闘員Aとブラックロダークが開戦した。
戦闘員Aの取るであろう行動原理を考えれば。
卓の行った立ち回りによってブラックロダークとの戦闘になるのは容易に想像が付いた。
それでも正論をぶつけてしまったのは卓の幼さ故か。
どれだけ大人びていると言っても所詮は5歳の子供である。
ヒーローに憧れ、戦闘員Aに憧れ。
その憧れを穢し、憧れに殺意を向けられれば震える程の怒りが湧き上がる事だってある。
剥き出しの怒りをぶつけてしまう事だってある。
そして自分の中に残っていた幼さが。
結果として憧れの運命を大きく変えてしまった。
戦闘員Aとブラックロダークの戦闘は熾烈を極めた。
撮影の時の様な魅せる戦闘ではない。
戦闘員Aは守る為に。
ブラックロダークは壊す為に。
握った拳をぶつけ合る純然たる戦い。
その迫力は卓が見てきた仮初めとは違う。
恐怖に足が震える程の迫力を持っていた。
序盤は明らかなまでにブラックロダークの優勢。
しかし徐々に戦闘員Aが押し返して一進一退の攻防を見せる。
二人の差を分けたのは努力であろうか。
たったの数分か。
それとも数秒か。
仮初めでは無い純粋な戦いは体力を削り。
精神を削る。
予想もしていなかったであろう戦闘員Aの強さに。
心身共に削られ、スタミナの切れたブラックロダークは追い込まれ。
最後の手段に出たのであった。
ブラックロダークが何をしようとしていたのか。
卓には想像すらも付かなかった。
しかし戦闘員Aにはそれが何か分かったのか。
明らかに狼狽えて焦りを見せた。
これは何か拙い事が起こる。
そう容易に想像出来てしまった卓。
ブラックロダークが何かのピンを歯で引き抜き。
常に卓を守る立ち回りをしていた戦闘員Aが卓を抱えて離脱を選ぶ。
天才子役の頭脳をもってしても。
目まぐるしく変わる状況に、その後の展開を想像するのは不可能だった。
戦闘員Aは離脱に見せ掛けて卓をブラックロダークから遠ざけ。
抱えた卓を置くと一気に間合いを詰めてブラックロダークを殴り。
上空へ向けて大きく蹴り上げた。
そして戦闘員Aも上空へと飛び上がり。
二人の拳がぶつかり合った瞬間に耳を劈く炸裂音が鳴り。
二人を中心にして強烈な熱を孕んだ大爆発が起こった。
何が起こったと言うのか。
状況を飲み込む事が出来ない卓は呆気に取られ。
爆炎の消えた虚空をしばし見つめていた。
そして卓は戦闘員Aの姿が何処にも無い事に気付き。
5歳の身には抱えきれない程の大きな悲しみと悔しさが湧き上がった。
「Aさーん!Aさーん!うわぁぁぁぁぁああ!」
虚空を見つめながら泣きじゃくる卓。
荷物を取りに事務所へと戻っていた母親が卓の元に駆け付け。
爆発音を聞いた者達が住宅から出て人だかりを作った。
その中心には母親に抱き締められ。
年相応に泣き叫ぶ卓の姿があった。
「暫くは仕事を休みましょう。あまり自分を責めないで。母さんは何時だって卓の味方だからね」
戦闘員Aが犠牲となった凄惨なテロ事件。
卓は現場検証に来た警察の取り調べを受け。
事務所と(株)悪☆秘密結社への説明を終えると自室に引き籠った。
5歳の子供では受け止めきれない衝撃。
止めどなく押し寄せる喪失感。
何もしたくないし誰の声も聞きたくない。
抜け殻の様になった卓は3日間自室のベッドで眠り続け。
4日目になって電源を落としていたスマートフォンを点けた。
事務所や連絡先を交換しているヒーロー、同僚の子役やその親達から大量に届いた激励のメッセージには目を通さず。
動画サイトにアクセスして戦闘員Aの動画を再生する。
止めどなく溢れる涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになり。
それでも幾つも何度も戦闘員Aの動画を繰り返す。
動画の戦闘員Aは何時も誰かを助けていて。
格好は黒タイツの戦闘員なのに、どんなヒーローよりも格好良い本物のヒーローに思えた。
自らを犠牲にして自分を庇い。
周囲への影響を最小限に止めて散った本物のヒーロー。
卓は深い悲しみを噛み砕き。
飲み込み。
時間を掛けて衰弱した心をどうにかして癒していった。
そして3日の時が過ぎ。
「母さん。心配を掛けてごめん。もう大丈夫。記者会見を開くって事務所に言ってくれるかな」
6日ぶりにリビングまで出て来た卓はそれまでよりも更に大人びた様子で。
何かを決意した様なスッキリとした表情をしていた。
母親は無理をすることは無いと言って記者会見を開きたいと言う卓の提案を退けようとしたが卓の決意は固く。
事務所もやるならば早い方が良いと言って会場を押さえ、翌日には卓の記者会見が開かれるとマスコミにリリースされた。
実際、あの事件の日から事務所にはマスコミからの取材依頼が殺到していて、対応に忙殺されている状況だった。
だから卓の提案は事務所にとっても有難く。
正に渡りに船であった。
そして始まった記者会見で。
卓は先ず真っ先に頭を下げたのであった。
卓が頭を下げる理由など何もない。
事件の犯人はインディーズヒーローのブラックロダークであり。
卓は幼い身で事件に巻き込まれた被害者なのだから。
それでも卓は頭を下げた。
事件の原因の一端となって世間を騒がせた事への謝罪。
塞ぎ込んでマスコミへの対応が遅れた事への謝罪。
そして自分を最後まで守ってくれた戦闘員Aへの謝罪。
加えてたった5歳の幼くちっぽけな存在である自分が頭を下げれば気配りを欠いた馬鹿馬鹿しい質問を回避出来て、世論の陽動も容易に行えるだろうという腹積もりもある。
卓は深い深い悲しみを乗り越えて。
以前よりも更に大人びた強かな考えをする様になっていた。
最早数日前に残っていた子供らしさなど見る影も無い。
記者会見で卓は先ず当日の状況を事細かに説明した。
都内の街中には幾つもの監視カメラが設置されていて。
今回の事件においては通常公開される事の無い監視カメラの映像がマスコミに提供された。
事件が起きたのが早朝で目撃者が少なかった事がその要因であり。
爆発の瞬間までは映っていないものの凄まじい戦闘の様子はニュースでも流され。
SNSや動画サイトによって拡散されている。
それについては卓自身も認識しており。
卓の説明によって一部で噂されるブラックロダークでは無く戦闘員Aが真犯人とする陰謀論の封殺に入る。
ヒーロー=正義、悪役=悪の単純明快な図式を信じる者は未だに多く。
正義の味方であるヒーローが悪役戦闘員に嵌められたのではないかと主張するコメンテーターは少なくない数存在していて、世間でもそんな戯言を信じている者達がいる。
これは自らが立ち上がって事件の真実が明るみになる目的もあるが。
その本質は命の恩人である戦闘員Aの名誉を守る為の弔い合戦である。
卓の迫真の訴えは百戦錬磨の記者達であっても圧倒される程。
凄み、涙も交えマスコミの向こうにいる視聴者へと訴える。
例えそれが演技であったとしても。
卓の訴えは確実に影響を与え。
一部の過激派を除いて陰謀論を信じた者達も戦闘員Aの正当性を支持する方向へと向かわせた。
卓が説明を終えると記者からの質問が始まる。
最早記者会見場は完全に卓の独壇場である。
記者達の質問は想定内の無難なものに終始し。
卓や戦闘員Aを茶化す様な質問をする者は一人もいなかった。
卓は真摯に。
丁寧に質問に答え。
会見終了のアナウンスがされる直前。
突然に立ち上がった卓が机に両手を置いて前のめりになる
大きな決意を感じさせる卓の表情に。
カメラマンがシャッターを切る幾つもの音が鳴り響いた。
卓は眩しそうに目を細める事も無く。
大きく目を見開いて演説を始める。
「僕は二度も株式会社悪☆秘密結社に所属しているメジャー悪役戦闘員、戦闘員Aさんに命を救われました!一度目は瓦礫の下敷きになり掛けた時に二度目は会見で説明させて頂きましたインディーズヒーローであるブラックロダークの爆弾テロ事件の時です!」
ウェブCM撮影時に卓が戦闘員Aに救われた映像は事件後ニュースで取り上げられて世間にも知られている。
しかし本人の口から。
強い口調で主張された発言では視聴者の受け取り方も変わるだろう。
更にブラックロダークの所業を爆弾テロ事件と強い言葉で断定して。
「僕にとって戦闘員Aさんは何にも変えられない命の恩人です!そのAさんの人生を滅茶苦茶にしたインディーズヒーローを、僕は許せない!許さない!」
熱く熱く。
5歳の子供とは思えない感情的で情念の籠った主張を続け。
「プロの悪役怪人や悪役戦闘員に対する不当な世間の認識を変える為に!インディーズヒーローやインディーズ悪の秘密結社の横暴を止める為に!僕、矢崎卓は反インディーズ団体の立ち上げをここに宣言します!」
固く拳を握って強い決意でインディーズに対抗する団体を立ち上げると言い。
「僕の考えに賛同してくれる方!インディーズヒーローやインディーズ悪の秘密結社に苦しめられた経験のある方!僕と共に立ち上がりましょう!共に戦いましょう!そして」
卓は大粒の涙を溢し。
「Aさんを。Aさんの様な犠牲者を二度と出さない様に。僕達で世間を。日本を。より良い世界へと変えて行きましょう」
何処までもピュアな言葉に。
混じり気の無い美しい涙に。
矢崎卓は多くの日本国民からの支持を集め。
僅か5歳にして反インディーズ団体の長として立ち上がったのであった。
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