第17話 戦闘員Aは調査依頼を受ける

 今日も元気に朝のトレーニングを終えて冒険者ギルドを訪れると。

 すぐさま受付にいたイリーナさんから声を掛けられた。


 どうやら先日事故でお亡くなりになったディープナイトベアの討伐について話が付いたらしく。

 実質的には私ではなく、角有りのスモールボアが止めを刺したのだが。

 討伐者死亡の判定により、持ち帰った私に報酬が支払われる事となった。


 因みにスモールボアに畑を荒らされていると冒険者ギルドに依頼をした村の内幕だが。

 調査の結果、大型の魔物が畑を荒らしているのは認識していて。

 その上で報酬を安く抑える目的でスモールボアの討伐と偽って依頼を出していたのだと言う。


 私からすれば怪我は無かったし、何より熊さんと相撲を取ると言う幼き日の夢が叶ったので最高のエンジョイ依頼だったのだが。

 依頼内容を偽るのはヒーロー(冒険者)の命を危険に晒す行為であり。

 ギルドとしても本来発生する利益を不当に引き下げる詐欺行為に当たるので。

 村に対しては罰金若しくは村人及び村の出身者が冒険者ギルドに依頼をする権利の剥奪という措置が取られるそうである。


 少し可哀想ではあるが、確かに詐欺行為と言われてしまえば罰則が与えられるのは当然であり仕方の無い事だろう。

 誰もが私の様に熊さんと相撲を取る事を夢見ている訳では無いだろうし。


 イリーナさんは説明を終えるとカウンターの引き出しから小袋を取り出して私の前に置いた。


「それではこちらがディープナイトベア討伐の報酬になります。こちらの討伐に関しましては推奨ランクがCランクとなっていますので。申し訳ないですがランクアップの実績としては加算されません。Cランクの魔物を単独討伐出来る方をEランクにしておくのはギルドとしても惜しいのですが。色々と面倒な規約がありまして」


 そう言って謝罪をするイリーナさんだが。

 私はあまりヒーロー(冒険者)ランクの昇格に興味を惹かれていないので問題無いと書いて謝罪を受け入れた。


 一昨日の事。

 スモールボアの討伐依頼を達成して私がひっそりとEランクに昇格していた事を聞きつけたディーンさん、モニカさん、ユフィリシアさんのお三方に昇格おめでとうパーティーを開いて頂き。

 戦闘員Aになってからは長いこと昇格なんて物からは遠ざかっていたなと気付いて嬉しい気持ちにはなったが。

 あれもどちらかと言えば昇格した事よりも皆さんに祝って頂いた事に対する喜びだったのでEランクになった実感は然程感じていないのだ。


 相変わらず受ける依頼と言えば雑用依頼が大半であるし。


 そんな風に思考を巡らせながら報酬を受け取り。

 何か新しい雑用依頼は出ていないかと掲示板へ向かおうとすると。


「実は一つ、エーさんに受けて頂きたい依頼があるのですが」


 イリーナさんからそんな言葉で呼び止められて詳しく話を聞く事にした。


「ここ最近ミドレッド周辺で魔物の活性化の兆候が表れているのはご存知でしょうか?」


 魔物の活性化とは何だろうか。

 私はまだこの世界に来て間もないので魔物に関しても殆んど無知である。


『すみませんが存じ上げません。魔物の活性化とは一体どんな事象なのでしょうか』


 無知な私の質問にもイリーナさんは詳しく説明をしてくれた。


 魔物の活性化とは一つ、または複数の要因から魔物が凶暴化したり。

 本来であれば現れる筈の無い生息域に強力な魔物が出現する現象だそうだ。


 私が遭遇したディープナイトベアなんかはその最たる例であり。

 ラナ少女に怪我を負わせたパンチャーウルフも、本来は新人や低ランクのヒーロー(冒険者)が入る森の浅い場所で遭遇する魔物ではないらしい。


 そう言えば未だ借金が返済されていないが二人は元気にしているだろうか。

 っと別の事に意識を持って行かれそうになったが、今は依頼の話である。


「エーさんがディープナイトベアを持ち帰った時には、あれが活性化の原因と考えられたのですが。どうにも収まる様子が無く。実を言うとミドレッド以外の街でも活性化の兆候が出ているそうなんです。今の所は街から一日程の距離ででディープナイトベア程の魔物が出現したのはミドレッドだけなのですが」


 日に日に怪我をするヒーロー(冒険者)の数が増えているらしく、悲痛な表情を浮かべるイリーナさん。

 確かにビル少年とラナ少女に出合ったあの日だけでも何人の若人を冒険者ギルドに運び込んだか覚えていない程だ。

 採取依頼を諦めるぐらいには何度も往復をしていたし。


「これだけ広範囲に渡って魔物の活性化が見られると、原因は一つではないだろうと考えられるのですが。ディープナイトベアが出た以上はミドレッド周辺の調査に乗り出さない訳にもいかず。広域の調査が可能なエーさんに調査依頼をお願い出来ないかと思いまして」


 イリーナさんは顔色を窺う様にして私に目を向ける。

 広域の調査が可能と言うのは確かにそうだ。

 私にはジャンピングダッシュと言う異世界に来てから急に出来る様になった爆速の移動手段がある。


 冒険者ギルドで把握しているのは朝に行っている100mダッシュ100本の方だろうが。

 あれがヒーロー(冒険者)達の間で話題になっていたお陰で、イリーナさんは馬車で片道一日掛かる村での依頼を当日中に済ませて戻って来た事を何の疑いも無く納得して貰えたのだ。

 今回の依頼に関しては数時間で村からディープナイトベアを運んで来たのが決定打か。


 しかし、どうしようか。

 イリーナさんから頼まれた調査依頼に関しては受けてあげたいと思う。

 イリーナさんが明らかに困った様子だし、特に新人ヒーロー(冒険者)なのだろうが怪我人が増えていると言うのも気になる。

 その原因となっているものを調査して原因を究明し。

 叩けるのであれば、悪役戦闘員として素晴らしい地域貢献が出来るだろう。


 だが。

 私には魔物に対しての知識が浅い。

 知識が浅いからディープナイトベアでさえ、食料を求めて山から下りて来た野生の熊さんぐらいの認識しか出来なかった。

 どの地域にどんな魔物がいて、どんな魔物が出たら活性化の兆候が見られるのか。

 調査に出た所で何もわかりませんでした。で終わってしまう可能性が高いのだ。


 これは移動距離を稼げるだけの私よりも適当な人材に任せた方が良いだろう。


 そう結論付けてミニホワイトボードに断りの文字を書き始める。

 すると誰かが私の左腕を掴んでちょいちょいと引っ張る感触を覚えた。

 振り向くとそこにはユフィリシアさんがいて、ペンを渡して欲しそうに手を開いた。


 何か言いたい事があるのだろうと考えてペンを渡すと、ユフィリシアさんがミニホワイトボードにペンを走らせる。


『話は聞いてました。私が付いて行けば問題ありません』


 そう書いたユフィリシアさんは私の顔を見て頷いた。


 確かにユフィリシアさんならば、調査依頼を熟すのにこれ以上ない人材だろう。

 100年以上も生きていて知識の豊富な彼女であれば魔物の分布から異変を感じ取り原因を予測する事は可能なのかもしれない。

 ユフィリシアさんの知識に私の移動速度が加われば、正に鬼に金棒、弁慶に薙刀。

 二人で現地調査をするのは現状ベストな選択には思えるが。

 問題はどうやって二人で移動をするかだろう。


『それはとても有難いです。ですが移動方法はどうしましょう。私はジャンプして進むのが一番距離を稼げるのですが』


『私は風魔法で重量を軽減出来ますから、エーさんが私を抱えて移動するのは如何でしょうか』


『それならば可能かもしれませんね。危険が無いか、一度試してみなければ何とも言えませんけれど』


『でしたら今から街の外に出て試してみましょう』


『わかりました。やってみましょう』


 私達の遣り取りをイリーナさんは何故だかニヨニヨしながら見ていた。

 話が決まったので街の外で検証して来る旨を伝え、ユフィリシアさんと共に街を出た。

 入場門の傍だと驚かせてしまうかもしれないので少しばかり距離を取り。


『では、失礼します』


 私はユフィリシアさんの背中と足に腕を回して抱き上げた。

 所謂お姫様だっこの形だが、私が考えるにこの形で抱き上げるのが一番安定しそうな気がする。

 おんぶも安定感は抜群だが、おんぶの場合は密着度が高過ぎて何かへまをしそうな気がしてならない。


 何故だか耳が赤く染まり、体を固くして緊張した様子のユフィリシアさんはミニホワイトボードに。


『重くないでしょうか?』


 と書いて私の顔に目を向けた。

 私が頷いて問題が無い事を伝えると。


『文字にして言いたい事も伝えられますし、これが良いと思います』


 ユフィリシアさんもお姫様だっこの利点を理解してくれたので。

 何度かジャンピングダッシュを試して問題が無いと判断を下した。


 初めは中々の高度に驚いていたユフィリシアさんだったが。

 3度も飛ぶと慣れた様子で楽し気に笑顔を浮かべていた。

 考えが至らなかったが、ユフィリシアさんが高所恐怖症だったら色々終わっていたかもしれない。

 高所恐怖症じゃなくて本当に良かった。


 冒険者ギルドに戻り、二人でなら調査依頼を受けられると伝えて調査の進め方を相談する。


 今回の依頼はミドレッド領全域の調査で日程は7日間。

 報酬は一人当たり小金貨7枚となる。


 但し7日間で調査が終わらなかった場合は、調査の進捗を見て最大14日間まで延長する場合がある。

 延長の場合は1日につき小金貨1枚の報酬が追加される。


 調査内容としては魔物の分布図が変化している可能性が高いので、どの地域にどんな魔物が生息しているかを調査して冒険者ギルドに報告。

 冒険者ギルドは報告の内容から魔物が活性化している原因に当たりを付けて。

 必要であれば対処するという流れとなる。


 因みに今回は討伐依頼ではないので、原因を見付けたからと言って討伐を行う必要は無い。

 だからこそ移動速度が出せて多少強い魔物に出くわしても逃走が可能そうな私に白羽の矢が立った訳だ。

 調査中の魔物の討伐は自由なので、調査が滞らない範囲でなら構わないと言うが。

 今の所は戦闘は行わず調査に徹するつもりでいる。


 依頼内容の確認を済ませ、ユフィリシアさんと共に調査依頼を受注した。


 今日から早速調査を開始する事とする。

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