第18話 戦闘員Aの空中戦
調査依頼開始から三日目。
現状の依頼の進捗は順調そのものと言って良い。
冒険者ギルドで依頼を受注して。
私達は相談して、先ず調査の方針を決めた。
闇雲に飛び回って調査をすれば漏れが出て来るだろうし、調査の正確性が疑わしくなる。
なのでミドレッドの街を中心として調査する方角を決め。
北から北東までのエリア、北東から東までのエリア、東から南東までのエリアといった具合に調査を進めていく事にした。
調査を依頼されたミドレッド領は規格外品のジャガイモみたいに不格好な円形をしていて。
ミドレッドの街がほぼ中心にあるのもこの方法を推した理由だ。
早朝に街を出て1つから2つのエリアを調査し、街へと戻り宿で一泊。
翌日は前日の続きから始めて、調査を終えると街へ戻って一泊。
ミドレッド領自体が決して広い領地では無く。
私のジャンピングダッシュであれば毎日街まで戻って来ても調査の日程的には余裕がある。
二人での野営は不寝番の事を考えるとあまり得策ではなく。
そもそも二人とも声を出さないので絶対的に野営向きでは無いのだ。
私の場合は「イー!」だけは出せるのだが、どちらも野営適性は極端に低い。
無理して野営を選ぶよりも、日程に余裕があるのだから、帰って来てベッドでゆっくり寝た方が心身共に良い状態を維持出来て好都合だ。
『今日は南東から南の地域ですね。ミドレッド領の南部は森林地帯が広がっているので魔物の数が多いです。元々中心部や北側と比べると強い魔物が出現するので注意して行きましょう』
『わかりました。では少し時間を掛けて、一日掛かりで一つのエリアを調査する方向にしましょうか』
こうして早めの朝食を摂りながら筆談でミーティングをして調査に出発する。
時間が早いので一旦冒険者ギルドの宿は引き払い、ユフィリシアさんの泊っている翠色の果実亭に部屋を取って移った。
一泊銀貨5枚と少し高いが、前の宿よりも部屋が広くベッドが柔らかくて快適である。
ミドレッドの街は門があるのが北側なので先ずは防壁沿いに街の裏手まで周り。
ユフィリシアさんをお姫様だっこすると南東方向へとジャンピングダッシュを開始する。
因みに風魔法で重量を軽減すると言っていた通り、腕に抱いていてもユフィリシアさんは羽根の様に軽い。
上空から目視で魔物を探し。
気になる所があれば着地して詳しく調べる。
通常ならば歩いて虱潰しに調査をしていく必要があるのだろうが。
私達はかなりの速度で移動しながら調査を進められている。
問題なのは木々に阻まれて上からの目視が不可能な森林地帯だ。
人の営みを感じさせる田園風景や見晴らしの良い草原を抜けた先に。
ユフィリシアさんに教えられた森林地帯が広がっていた。
木々が鬱蒼と生い茂っていて動物なのか魔物なのか、幾つかの鳴き声も聞こえている。
森を目前にしてユフィリシアさんを降ろし、筆談で軽くミーティングをしておく。
『移動は上からの方が安心ですかね。二回飛んで観察、二回飛んで観察でどうでしょうか』
『それで良いと思います。エルフは耳が利きますから目と耳で調べましょう』
調査の方針だけ決めてユフィリシアさんを抱き上げると森に入って調査を開始する。
南の森は確かに北東側と比べると魔物の数が多かった。
そうは言っても私が空から降って来ると、流石に魔物であっても驚くのか数秒は硬直してくれるのであまり気にする必要は無いのだが。
調査をしていてユフィリシアさんが気になると話したのは頭が二つある鹿の魔物。
バイヘッドディアと言う名で、私の異世界初日に新種の動物と勘違いした魔物の内の一つなのだが。
バイヘッドディアが生息しているのはミドレッドよりも南の地域で、この辺りに現れるのは相当に珍しいそうだ。
力が強くて危険な魔物ではあるのだが。
殆んどの個体で二つの頭の意思統一が出来ておらず、左右の動きがバラバラで走るのが異常に遅い。
実際に走るのを見てみると左右の足の動きが雑で、全く息の合わない二人の人間が中に入って走っているみたいな動きだった。
肉が美味しくて素材としてもそれなりの値で売れるそうだが調査を優先してスルーをし。
その後の調査でも通常ならば見掛けない魔物が幾らか発見された。
どうやら魔物の活性化については間違いなく起こっているというのがユフィリシアさんの見解である。
とは言えそこまで影響の無い範囲だろうと結論付けて移動を再開した一飛び目。
『右から鋭い風切り音が聞こえます』
ミニホワイトボードはユフィリシアさんの手の中にあるが。
空中で文字を書く事は滅多に無い。
今までに空中で書かれた文字と言えば『夕日が綺麗ですね』とか『空から見る田園風景は美しいですね』とかそう言った内容だった。
つまり今の状況は右手方向を強く警戒しろとの意味になる。
体の方向を右に向けて目を凝らすと。
横長の小さな点がグングンと大きくなっていく。
『ミーバーンです。空から地上の獲物を狙って滑空する危険で厄介な魔物なのですけれど。どうしてこんな所にいるのでしょうか』
ミーバーンの全容が目視出来る距離まで迫る。
私の知識にある生物で例えるならば、ミーバーンの見た目は嘴を短くしたプテラノドンに近い。
3m弱の体躯は細身だが、広げた翼は体長の3倍は有りそうで非常に雄々しい印象を抱かせる。
体色は灰青で翼の内側は砂色。
噛まれたらひとたまりもなさそうな鋭い歯。
後ろ足は鉤爪になっていて、この足で獲物を捕らえ空へと連れ去るのだろうと容易に想像出来る。
私がユフィリシアさんを抱く力を強めると、彼女は私の首に腕を回した。
ミニホワイトボードとペンは呪われているので私から一定距離以上離れる事は無い。
なので何かあれば手放して落としてしまっても問題無いと説明してある。
ミーバーンは完全に私達を獲物としてロックオンしているらしく。
そのまま捕食をしようとして大口を開いた。
このまま大人しく食べられてやる気など毛頭ないが。
大口を開いて迫るミーバーンに対し。
私はタイミングを合わせてミーバーンの下顎を蹴り上げ。
体勢を崩したミーバーンを両足で上空へと蹴り出した。
ミーバーンは細身の見た目通り軽いらしく。
あまり勢いは付かなかったが多少なりとも落下までの時間を短縮する事が出来た。
地上に落ちる寸前で体勢を整え。
両足で確りと着地するとユフィリシアさんを降ろして空を見上げる。
するとミーバーンは上空に留まって怒りに満ちた表情で私達を見下ろしていた。
「キエェェェェェェエエエ!」
耳を劈く様な奇声を上げそうだなと予測した私が。
念の為ユフィリシアさんの耳を塞いでおいたのだが。
どうやら正解だったらしい。
先程エルフは耳が利くと言っていたので、声による威圧には私の様な人族よりもダメージが入ってしまうと考えたのだ。
ユフィリシアさんの耳が赤くなっている事が超音波による威力の大きさを物語っている。
私は超至近距離からの爆発音など、特効で大きな音には慣れているので何の問題も無い。
絶叫が終わったので手を放し。
私はミーバーン目掛けて飛び上がった。
ユフィリシアさんの言っていた通りに滑空からの攻撃が厄介に思ったのに加え。
地上で戦ってはユフィリシアさんに危害が及ぶ可能性がある。
地上も魔物の多い森の中なので危険はあるかもしれないが。
目に見える範囲にいた角の生えたウサギは幸いにもミーバーンの絶叫で泡を吹いて倒れていた。
態々強力な魔物を見物しに来る野次馬根性丸出しの生物など野生には存在しないだろうから、少し目を離すぐらいなら心配はないだろう。
そもそもユフィリシアさんは私よりも先輩でランクも上のヒーロー(冒険者)である。
それに一瞬で片を付けるつもりなのでさっさと倒して地上に戻る事にする。
数秒前まで地上に目を向けていたミーバーンだったが。
私が飛び上がった事で目線が私に釘付けになる。
これで地上のユフィリシアさんが狙われる心配は無いだろう。
魔物には魔法が使えるものもいるそうなのだが。
ユフィリシアさんから特に説明が無かった事からミーバーンには魔法による攻撃が無いものと考える。
となれば予想出来るミーバーンの攻撃は噛むか引っ掻くか掴むか叩くかだろう。
そして目の前のミーバーンは、どうやら噛み付きリベンジを選んだらしい。
これは私にとっては有難い選択だ。
鋭いミーバーンの歯が目の前に迫る中。
私は絡繰戦士ママジャンさんが使っている二段ジャンプを使ってミーバーンの僅か上に移動した。
この二段ジャンプ。
見栄えとしては非常に地味なのだが、模倣するのに1年以上掛かった凄技だ。
二段ジャンプとはジャンプして飛び上がった状態から虚空を蹴ってもう一度飛び上がる技である。
何を言っているのか。
どうやっているのか。
理解の及ばない人は多いのではないかと思う。
だが大丈夫だ。
私にだってわからない。
ヒーローの中には業界で言う所の超常系と呼ばれる方々が存在する。
そう言ったヒーローの方々は、タネも仕掛けも無い謎の技を持っていたりする。
絡繰を操って戦うママジャンさんも超常系の一人で。
他の技にはタネも仕掛けもあるのに二段ジャンプだけは謎の力が働いて常識外の動きが出来てしまうのだ。
二段ジャンプの模倣に苦戦して挫け掛けた時。
一度だけ恥を忍んでママジャンさんに二段ジャンプの仕組みを質問した事がある。
その時に帰って来た答えは。
「何か頑張ったら出来る!」
だったのだから本人でも仕組みを理解出来ていないのだろう。
私の場合は二段ジャンプの使い方を聞かれたら自分の経験からこう答えるだろう。
『信じていれば出来る!』
実際に戦闘員B君にはそう言って説明して。
彼は二段ジャンプを習得するのに相当苦労していたし。
おっと戦闘中にも関わらず昔の苦労に思い耽ってしまっていた。
さて、ミーバーンの上に移動した私だが。
体勢をミーバーンと平行にして両翼を掴み、両翼を無理矢理に腕の中で纏めた。
翼を動かせなくなったミーバーンは飛行能力が失われて。
滑空ではないが猛烈な速度で頭から地上へと落下していく。
地上に落ちる寸前。
私はミーバーンを放って安全に地面へと着地し。
ミーバーンはゴキュリと首から盛大な音を鳴らして首があらぬ方向へと曲がってしまった。
『取り敢えず。一旦帰りましょうか』
『そうしましょう』
ミーバーンは冒険者ギルドに調査の証拠として提出する必要があるとして。
その場に捨て置いてはおけずに帰り道には持ち運ぶ事になった。
片手が塞がってしまったのでユフィリシアさんは片手抱っこで抱える事になり。
何だか気恥ずかしい気持ちになりながらミドレッドの街へと帰還した。
「調査依頼って言ってるのに何を討伐して来てるんですか!」
冒険者ギルドへと戻り。
片手にミーバーンを持つ私を見てイリーナさんが良い反応を見せてくれた。
ディープナイトベアの時には悲鳴を上げていた訳だが。
今回はサプライズ成功の感じがして楽しい気分だ。
早速調査の中間報告をするつもりだったのだが、先にミーバーンを解体場に運んで欲しいと言うので解体場まで持って行く。
「おお!今度はミーバーンじゃねぇか!エーさんは珍しい魔物を持って来てくれるから腕が鳴るぜ!」
そう言ってガントさんは。
指ではなく本当に腕をゴキゴキ鳴らしてミーバーンを回収していった。
今回は解体場のスタッフで誰が解体するかと取り合いになっているのに背を向けてギルドに戻り。
イリーナさんに事の顛末を説明した。
「そうですか。ミドレッド領内にミーバーンが現れるのは異常としか言いようがないですね」
イリーナさんがそう言って溜息を吐くが。
私にはその異常性がイマイチ理解出来ていない。
するとユフィリシアさんがミーバーンの生態について補足をしてくれた。
『ミーバーンは普通、切り立った崖に巣穴を掘って住処にする魔物なんです。だから周辺にミーバーンが住処にする様な山が存在しないミドレッドに現れると言う事は、住処の近くで餌が獲れなくなったか。何か別の要因があるのか。とにかく普通ではない状況なのは間違いないです』
とてもわかりやすい説明だ。
私の素人考えだったら迷いミーバーンかなとでも思って片付けてしまう所だった。
そもそも住める場所が存在していない場所に現れたのだから異常としか言いようがない。
『もしもあのままミーバーンが森を越えていたなら。人や家畜に被害が出ていたかもしれません。あの魔物は魔物よりも人や動物の肉を好みますから』
「ユフィリシアさんの仰る通りです。ミーバーンは強さとしてはDランク相当ですが、獲物を捕らえる瞬間しか地上近くに下りて来ない厄介さから討伐ランクはCランクになっています。遠距離攻撃の手段を持たなければ中堅の冒険者でも苦労をする魔物です。農民が抗える魔物ではありませんから、少なくない犠牲が出ていた可能性は高いでしょう」
私としてはユフィリシアさんを危険に晒したから倒しただけなのだが。
誰かが犠牲になる前に討伐が出来て心から嬉しく思う。
「まあ討伐ランクがCなのでエーさんの実績には入らないんですけどね。ユフィリシアさんの実績にはなりますけど」
イリーナさんはまたも溜息を吐き。
『私は守られていただけなので辞退します』
ユフィリシアさんは自らの実績にする事を拒否した。
『ヒーローランクは気にしませんから大丈夫ですよ。所でミーバーンは食材としてはどうなのですか?』
「淡白な味ですけどジューシーで美味しいって話ですよ!あまり多くは肉が取れないので貴重なんですけれど!食べてみたいですねぇミーバーン!この間のディープナイトベアも美味しかったですし!職員皆喜んでましたよ!ごちそうさまでした!」
私が話題を変えるとイリーナさんが急激にテンションを上げた。
これは明らかに食べる事が好きな人の反応だ。
「そう言えばミーバーンの翼膜は矢の高級素材として使われてますよね。エーさんが討伐したのでしたらユフィリシアさんに譲ってあげたら如何でしょうか?」
それは大変に良い事を聞いた。
ユフィリシアさんは首を横に振っているが。
討伐に立ち会った時点で一緒に戦った様なものだろう。
その後バイヘッドディアや他の魔物についての報告を済ませ。
今から戻るのも手間なので少し早いが本日の調査は終了とした。
解体場に持ち込んだミーバーンは肉と翼膜だけ戻して貰い残りの素材は全て売却。
矢の素材としてユフィリシアさんに翼膜をどうにか受け取って貰って。
肉はレストランに持ち込み、夕食に招待したイリーナさんが大層美味しそうに平らげた。
私とユフィリシアさんも一人前ずつ食べて、ギルバートさんにもお裾分けしたとは言え一体何人前食べたのだろうか。
異世界に美人腹ペコ受付嬢が誕生した瞬間であった。
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