第19話 戦闘員Aは日常に戻る

『調査報告は以上です。私の見た限りでは原因はわかりませんでした』


「お疲れ様でした。領内全域で一段強い魔物が出て来ている感じですもんね。後は調査結果を基にギルドで検討をしてみます。報酬はこちらになります」


 ユフィリシアさんとイリーナさんが遣り取りをして。

 冒険者ギルドから依頼されたミドレッド周辺の調査依頼が終了した。

 毎日街まで帰って来て宿屋で寝ていた訳だが予定の7日間できっちり終わったのはユフィリシアさんの存在が大きかったのは間違いない。


 調査に関してだが、結論から言うと根本的な原因となる事象は見付からなかった。

 ユフィリシアさんが言うには魔物の生息域で全体的に強い魔物が現れているらしく。

 これが北部だけや南部だけであれば、本来餌場にしていた場所に天敵が住み着いて移動したとか。

 水場にしていた場所を強力な魔物に取られ、水場を求めて仕方なしに移動したとか、そう言った予想も立てられるそうなのだが。

 ミドレッド領全域でとなると範囲が広すぎて予想が難しいのだと言う。

 そもそもの原因がミドレッド領外の可能性も高いので、今回の調査依頼で原因を究明する事は無かった。


 兎にも角にも。

 調査結果はギルド預かりとなったので、私達は日常に戻るだけである。

 私の様な一悪役戦闘員の伸ばせる手は決して広くはない。

 未だ異世界の事を右も左も知らない私が余計な気を回すよりも。

 一つ一つ出来る事を熟して地域に貢献していこう。


 雑用依頼も随分と溜まっているのが見て取れたし。


 と考えていたら目の前でスリが発生したので逃げる犯人に後方からタックルを食らわせて捕らえておいた。

 異世界の治安は日本の数十倍、数百倍は悪いのである。


『今回は色々と助けて頂いてありがとうございました』


『私はついて行っただけですから。移動も戦闘もエーさんにお任せしていましたし。役に立てていたのかどうか』


『いえいえ、今回の調査が上手くいったのは偏にユフィリシアさんのお陰で』


『いえいえ、エーさんの活躍が全てで』


『いえいえ』


『いえいえ』


 翠色の果実亭にて、調査依頼の打ち上げをしながらユフィリシアさんと手柄の熱い譲り合いが始まった。

 打ち上げと言っても我々はお酒を飲まないので普通に夕食を共にしているだけなのだが。


 依頼を受けていた7日間はユフィリシアさんが定宿にしている翠色の果実亭に部屋を取って寝泊りしていたので、一緒に食事を摂るのも日常であった。

 一階が食堂になっているのだが、入口から一番遠い端の席が私達の指定席の様になっている。


 食事はユフィリシアさん好みの野菜が多めのメニューで美味しく。

 部屋の広さも6畳ぐらいあり、ベッドも藁のマットレスよりも柔らかいので快適である。

 宿泊客も落ち着いた方達ばかりで食事の時間にお酒が入って賑やかになる事も少ない。

 宿泊費は少しばかり高いが、寝泊りするのに非常に良い宿である事は間違いない。


 この世界にもレビューサイトがあったならば。

 私は迷わず五つ星を付けて文字数一杯まで賛美の言葉を並べていた事だろう。

 冒険者ギルドの宿もコストパフォーマンスに優れているので五つ星評価なのに違いは無いが。

 翠色の果実亭が五つ星評価の中で一歩リードと言う感じだ。


 打ち上げと言う名の普段通りの食事会を終えると客室がある二階に上ってユフィリシアさんと別れる。

 私達の部屋は二階の端と端で部屋を行き来した事は一度も無い。

 ユフィリシアさんとは部屋の前でどちらが先に部屋に入るかの応酬になるので部屋に入るまでに10分少々掛かってしまうのも日常である。


 部屋に入ったら明日の為に即就寝。

 そして起床。


 朝目覚める度に思うのだが、寝覚めがスッキリし過ぎて私は硬いベッドに戻れるのだろうか。

 あちらの宿も五つ星評価には変わりないのだが。


 翠色の果実亭は6時からやっているので既に席に着いていたユフィリシアさんと朝食を摂ってからトレーニングに向かう。


「エーさんおはよう!」


「エーさん、そろそろ店の手伝いに来てくれよ!」


「漸く依頼が終わったのかい?だったら昼はうちに食べに来なよ!」


 門へと向かう道すがら。

 ギルバートさんやディーンさんの力添えもあって少しは街に溶け込んだ私は様々な人達に挨拶をされる様になった。

 朝の時間帯のミニホワイトボードには常に『おはようございます』と書いていて挨拶をしてくれた方に向けて掲げる様にしている。


 ステラさんの強烈な張手を食らった背中が痛い。


 街の外に出ると100mダッシュ100本の日課を熟して。

 空中戦の大切さを知ったので空中殺法の練習も取り入れる。


 ヒーローと悪役怪人の戦闘は基本的に地上戦なので空中戦を得意とするヒーローは案外少ないのだが。

 跳戦士トラントリオさん達の戦いは空を戦域とする魔物との戦いにおいて確実に参考になるだろう。


 跳戦士トラントリオは自らが得意とするトランポリンに敵を誘導して戦う三人組のヒーローだ。

 当然その戦いは空中での戦いがメインとなり、トラントリオと戦う悪役怪人は全て飛行タイプの悪役怪人である。

 ワイヤーアクションを得意とする悪役怪人に対し、一見物理法則を無視している技を駆使して戦い。

 派手な必殺技で悪役怪人を倒す。

 子供達から絶大な人気を誇るヒーローである。


 トラントリオの動きは、その特殊性も相まって再現率は95%に止まっていたのだが。

 今の跳躍力と体のキレがあれば完全再現すらも目指せる自信がある。


 こうして始めた空中戦のトレーニングは。

 物凄く目立ってしまって依頼に出掛けるヒーロー(冒険者)達の注目を集めてしまった。

 ちょっとしたヒーローショーをやっている気分だな。

 私の見た目は完全に悪役戦闘員なのだが。


 トレーニングを終えると街に戻り冒険者ギルドで雑用依頼の依頼票を物色する。

 先ずは期限が近いものから優先だ。


「エーさんおはようございます。昨日は美味しかったです。ごちそうさまでした」


 昨晩とは打って変わって淑やかにお礼を言ったイリーナさん。

 私は彼女が食事とお酒で人格が変わるタイプなのを認識したが。

 いつ休んでいるのだろうと思うぐらいに毎日冒険者ギルドへ出勤している事を思うと少しでもストレスを発散する手助けになったのだとしたら嬉しい限りだ。


 飲まない私やユフィリシアさんにまで強引にお酒を勧めて来るのはどうにか止めて頂きたいが。


「今日も雑用依頼ですね。エーさんがいらしてから期限切れでお断りする依頼が減って助かります。期限が間近のものが幾つかあるので、今日中に如何ですか?」


 ニッコリと笑顔で受注する依頼の追加を要請されてしまったが。

 私は一件一件を全力で取り組むのが依頼主に対しての誠意だと考えているので。


『時間があればまた受けます』


 やんわりとお断りして依頼主の元へと向かった。


 異世界の天才少年マリス君の指示の下、孤児院の子供達が簡単な雑用の仕事を請け負っているので冒険者ギルドに来る依頼は短時間で熟せる力仕事が多い。

 倉庫に積んである荷物を運ぶだとか。

 重い家具を運ぶだとか。

 私好みのトレーニングも兼ねた雑用依頼ばかりで嬉しくなってしまう。


 勿論どんな依頼も誠心誠意取り組むのは当然なのだが。


 昼食はステラさんの家でご馳走になり。


 昼下がり。

 本日5つ目の雑用依頼を終わらせたら食材を幾らか仕入れて孤児院へと向かう。

 調査依頼中は訪れていなかったので8日ぶりか9日ぶりか。


 孤児院に着くと元気に庭で遊んでいた子供達が寄って来て私にパンチを見舞った。

 誰とは言わないが本域の張り手とは違って当てたふりである。

 それに対して私は本粋でやられ技を披露して縦に5回転、横に8回転して地面に転がった。


 キャッキャキャッキャと楽し気に笑う子供達。

 院長先生のヘレナさんが「子供達がすみません」と申し訳なさそうに謝り。

 私は何事も無かったように立ち上がってヘレナさんに差し入れを渡した。


 因みに差し入れは、やられ技を披露する寸前に空中に手放して転がったタイミングでキャッチしているので無事である。


 夕方になるまで子供達とヒーローごっこをして遊んで。

 天才少年マリス君の相談に乗り。


 日が暮れたら孤児院を後にして翠色の果実亭へと帰って来た。

 結局延泊してしまったのだ。

 食堂にいたユフィリシアさんが戻って来た私を見て嬉し気だったのできっと良いのだ。


 ユフィリシアさんと筆談で雑談をしながら食事を摂って。

 どちらが先に部屋に入るかの熱闘を繰り広げ。

 全戦全敗の私が今宵も敗戦を喫して部屋に入ったらベッドへ潜った。


 日本へと帰る方法は見付けられていないが。

 異世界の日常も幸せに感じる今日この頃である。

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