第20話 戦闘員Aは護衛依頼を受ける
「おはようございます。お二方」
翠色の果実亭でユフィリシアさんと朝食を摂っていると、入口から恰幅の良い男性が現れて。
人好きのする朗らかな笑顔を浮かべて私達に声を掛けた。
私達にとっては良く知る人物であり、個人的にもお世話になっている商人のギルバートさんだ。
『おはようございます』
私はミニホワイトボードを使って挨拶をし。
ユフィリシアさんは会釈をして挨拶とした。
時間はまだ早朝の6時。
こんなに早くから何の用事だろうかと疑問に思っていると、ギルバートさんは。
「こちら失礼しても宜しいですか?」
と言い。
ユフィリシアさんと顔を見合わせてから頷くと私の前の席に着いた。
給仕をしている店員さんに果実水を頼んで。
「早速ですが。実はお二方に護衛をお願いしたいのですよ」
そう言ってから依頼の内容を語り出した。
依頼の内容は幾つかの村を周りながらレクスタンと言う隣領の街まで行き。
また幾つかの村を周ってミドレッドへと戻って来るまでの護衛で。
予定している日程は行き帰りに3日ずつ。
レクスタンに2日間滞在の計8日間で報酬は小金貨5枚。
私がギルバートさんに出会った時に請け負った護衛を体験版とすると、今回は正規版と言った所だろうか。
「近頃は何かと物騒ですからな。お二方に加わって頂ければ私としても安心出来て心強いのですが」
物騒と言うのは例の魔物の活性化の件だろう。
確かに冒険者ギルドに報告した調査結果では本来ならばそこにいない筈の魔物が各地に現れていると結論付けた。
ならば今までよりもより慎重に万全を期すのは当然だろう。
まだまだ初心者ヒーロー(冒険者)の私に務まるのかは正直疑問の思ってしまうが。
『他ならぬギルバートさんの頼みですから、勿論依頼をお受けします』
ユフィリシアさんも同様に承諾して。
私達は三日後からギルバートさんの護衛に出る事が決まった。
ヒーロー(冒険者)への指名依頼は冒険者ギルドを通すのが普通で手間も掛からないのだが。
ギルバートさんの場合は自分でヒーロー(冒険者)の元を訪れて直接承諾を取ってから正式に依頼を出すのだとユフィリシアさんが教えてくれた。
そんな律儀な人間性がギルバートさんが街の人々から信頼を集める理由なのだろう。
やはりギルバートさんは人間が出来ている。
私も見習って人々に愛される悪役戦闘員になろうと一層の努力を誓ったのであった。
そして護衛依頼の当日になり。
「それでこのメンバーになった訳か。エーさん。依頼完了までよろしく頼む」
「よろしくねー」
固く結んだ拳を私の胸に軽く当てたディーンさんと軽い調子で言ったモニカさん。
今回も異世界初日に一緒になった4人と依頼主のギルバートさんと言う気心の知れたメンバーなので、とても心強い。
私達は店の前に集まって軽ワゴンくらいサイズがある幌馬車に積み荷を行って。
「本日より8日間の予定となりますが、皆様よろしくお願いします」
ギルバートさんが丁寧に礼をしてレクスタンの街へ向けて出発した。
北側の街道を進み半日ほど。
道中にある村へと寄ると村人の皆さんが弾ける笑顔でギルバートさんを迎えた。
村ではギルバートさんが積み荷の中にある商品を店で買うのと同等の価格で販売し。
販売が終わると次の村へ向けて移動を再開する。
日本でも八百屋やスーパーがやっている移動販売を馬車で行っている様なものだ。
自動車を使って周れば良い日本と違って移動時間も手間も掛かる。
そのうえ護衛費用も掛かり、掛かったコスト分を商品に上乗せする訳でも無いので殆んど儲けが出ないのではないかと想像したのだが。
「村に住む方々が街まで買い物に来る手間を考えたら、私が商品を持って周った方が効率が良いでしょう。それに慈善活動の様に思われるかもしれませんが、村に住む子供や若者が将来街へ出て来た時に私の商店を利用してくれるお得意様になってくれたりしますからね。案外打算も込みでやっているのですよ」
そう言ってギルバートさんは笑った。
確かに店の名前を売る意味では効果が見込めるのは認めるとして。
それがどれだけ売り上げに繋がるかと言えば限定的なものだろう。
つまり前半に言った事が本音であり、後半は建前であるのが素人の私にでも理解出来る。
やはりギルバートさんは尊敬するべき人柄の持ち主であると再認識した。
二つ目に寄った村で野営をして。
二日目の移動を開始する。
「これだけ何もないと逆に不気味だな」
そんな風に呟いたのはディーンさん。
「変なフラグ立てないでよ。何も無いんだからそれで良いじゃん」
モニカさんはそう言ってディーンさんを窘める。
確かに安心して油断した所で思わぬトラブルに巻き込まれる展開は物語などであれば良くある事だ。
「だってよ。一日以上経って未だ魔物に遭遇してない。盗賊は、、、まあ滅多に襲われる事はないが。流石に気持ちが悪いぜ。エーさんもそう思わないか?」
異世界に来て日の浅い私には判断が付かないので『わかりません』と伝えると。
ディーンさんはユフィリシアに同意を求めた。
『この先で面倒事が起こったらディーンのせいですね』
ミニホワイトボードを使って中々辛辣な事を言ったユフィリシアさんと。
「そう言う事!ちゃんと責任取ってよね!」
同調するモニカさん。
「お前らなぁ。わかったわかった。ここは俺に任せてお前らは先に行け!って騎士物語のやつ。一度やってみたかったんだ。どんなに強い魔物が来ても、俺が何とかしてやるさ!」
ディーンは腰に佩いた剣を天高く掲げ。
「あ、あそこにウサギがいるからお昼ご飯用に予行演習しといたら?」
モニカさんが街道脇の森を指差し。
「いやいや、お前ね。ウサギが相手じゃ全く格好が付かないじゃないのよ」
ディーンさんは文句を言いながらウサギに近付いて。
「ここは俺に任せてお前らは先に行け!」
本粋で騎士物語に出てくるのだと言う一節を口にしてから。
驚いて逃げ出したウサギを追い掛けて全力で剣を振るい、昼食用の肉を仕留めた。
これにはギルバートさんもモニカさんも爆笑し。
ユフィリシアさんは声には出さないが肩を震わせて笑っていた。
私はディーンさんが中々の演技派ヒーロー(冒険者)である事に感心しきりで。
やはりヒーロー(冒険者)には演技力も必要だと再認識した。
そして皆さんには内緒でひっそりと演技の練習をしてみようかと考えたのだが。
言葉は「イー!」しか話せないし顔も戦闘服で覆われているので、あまりの難易度の高さに心が挫け。
ひっそりと演技派ヒーロー(冒険者)になる事を諦めたのであった。
「で?商人が近々この村を訪れるって?」
とある村の村長宅にて。
スキンヘッドで左目に傷のある、威圧的な顔をした体格の良い男が簡素な木組みの椅子にどっかりと腰掛け。
周囲に人相の悪い武装した男達が控える。
「その通りです頭。おい、そうなんだろう?」
「は、はいぃ!毎月来ていますから今日明日には恐らく!な、何でもしますから村人の命だけはお助け下さい!」
頭と呼ばれた男の正面には細身で小柄な中年の男。
男はこの家の家主であり、村の村長でもある。
武装した男達に取り囲まれて今にも倒れそうな真っ白い顔をしている。
男の命乞いに頭は口角を左右に大きく広げ。
「それはお前達の働き次第だ。商人なら食い物や金目の物を運んでるんだろう。欲しいよなぁ。商人は人質にして強請ってよぉ。護衛はぶち殺してよぉ。お前らは俺の役に立つなら生かしたまま村ごと支配してやってもいいぜぇ。何をすりゃあ良いかわかってるよなぁ」
「ひぃ!」
立ち上がり。
ゆっくりと歩いてから村長を見下ろす頭。
村長は、その鋭い眼光に。
蛇に睨まれた蛙の様に怯えて視線を逸らす。
怯え切って足が竦み。
膝から崩れ落ちた村長を囲み。
頭は人相の悪い男達に指示を与える。
魔物の活性化に伴い森の治安が悪化した影響で。
森に潜む盗賊達は。
村へと住処を移していた。
戦闘員Aさん異世界を往く~悪役なのに悪役が出来ない戦闘員は異世界に行ってヒーロー(冒険者)になりました。ヒーローの必殺技を駆使して戦って元の世界に戻る方法を探します 負け犬の心得(眠い犬) @nitonito194
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。戦闘員Aさん異世界を往く~悪役なのに悪役が出来ない戦闘員は異世界に行ってヒーロー(冒険者)になりました。ヒーローの必殺技を駆使して戦って元の世界に戻る方法を探しますの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます