第14話 戦闘員Aは熊と相撲を取る

 朝の散歩とトレーニングを終えて冒険者ギルドにやって来た。


 私が冒険者ギルドに来るの時にはギルドが混雑する時間帯をとうに過ぎている。

 なので掲示板に残った依頼は常設依頼と雑用依頼か私の受けられないランクの依頼ばかりである。

 そうは言っても雑用依頼は私が一通りやってしまったので一つも残っていないのだが。


 今日も新しい依頼は出ていなかったので常設の採取依頼リベンジでもやろうかと思ったらFランクから受注出来る討伐依頼が貼り出されていた。

 依頼の内容は畑を荒らす害獣の駆除。

 これは農家の方が困っているだろうと思い依頼票を剥して受付に持って行く。


「エーさん、おはようございます。こちらスモールボアの駆除依頼になりますが宜しいですか?」


『お願いします』


 ミニホワイトボードで返事をするとイリーナさんが依頼の詳細を説明してくれた。


 依頼を出しているのはミドレッドの街から馬車で1日の距離にある農村。

 害獣駆除と依頼票に書かれている通り、農村の傍にスモールボアが住み着いたらしく日夜畑の作物が食い荒らされているのだと言う。


 日本でも害獣による作物の被害は耳にするのだから、その害獣が魔物になっただけだ。

 私はそんな見解を持ったのだが、イリーナさんは少々見解が違うらしい。


「こちらの依頼、実は少々怪しい所がありまして。スモールボアは臆病な魔物なので通常森から出て畑を荒らしたりしないんですよ。そのスモールボアが畑を荒らすと言う事はですね、周囲の森で何か異変が起きている可能性があるんです。なので何か別の要因が見付かった場合には、無理をせず必ず生きて戻って来て下さい。その場合は依頼の内容に誤りがあると言う事で依頼の失敗にはなりませんので」


 イリーナさんが心配そうに話してくれたので心に留めて出発をする。


 馬車で1日の距離ならばジャンピングダッシュで移動すれば3時間程度だろう。

 行って異変があった場合でも、今日中に帰って来られるので、そのまま冒険者ギルドに報告をすれば良い。


 街道沿いを1時間進んでから獣道に近い横道に逸れて1時間半。

 視界の先にそれらしき農村が見えて来た。

 村に直接着地してしまうと村人を驚かせてしまうので、ここから先はジョギングで進む事にする。


『害獣駆除の依頼を受けて来ました。Fランク冒険者のエーと申します』


 この村は、ミドレッドの街と比べてしまうと簡素な石積みの防壁に囲まれていて。

 その周囲に畑が広がっている。


 私は畑仕事をしていた第一村人にミニホワイトボードで自己紹介をした。

 私と同年代ぐらいの男性村人は私の姿を見ると始めは訝しんだが。

 冒険者証を見せて身元をはっきりさせると村の中へと案内してくれた。


 この世界の識字率は決して高くない。

 ある程度経験を積んだヒーロー(冒険者)や商売に携わる者なら最低限の読み書きと計算は出来るそうなのだが、農村で読み書きが出来るのは村長を始めとした役職を持っている者ぐらいしかいないらしい。


 しかし何故だかわからないが私の書いた文字の意味が相手に伝わらなかった事はこちらの世界に来てから一度も無い。

 例えば食器を洗う雑用依頼で行った食堂の少女(6歳)とすら普通にコミュニケーションが取れるのだ。


 私を案内してくれた男性村人も自分が私の書いた文字を読める事を不思議がっていた。

 これに関しては戦闘服によって喋れない私に宿った特殊な能力として深く考えるのを止めている。

 便利だから良かろうの精神である。


「ようこそお越し下さいました。依頼を受けて頂けたのは有難いのですが。その、、、お一人で大丈夫でしょうか?」


 男性村人に案内されて入った家は村で唯一の二階建てで。

 ここは村長の家なのだと言う。

 見た目は30代前後の若い村長は、私を訝しむ事はしなかったが心配はされてしまった。

 要するに私一人では力不足に見えたのだろう。


『スモールボアは追い掛けて捕まえた事があるので大丈夫です』


 村長は全く信じてくれなかったが、ギルバートさんの護衛中に然程苦労せず捕獲した事があるので問題は無いと考える。

 私は村長からスモールボアの出現場所とどの方向に逃げて行くかを聞き取ってから村長宅を出た。


 スモールボアが出現するのは私がこの村へ来た方向とは反対側。

 見に行ってみると確かに幾つかの畑が荒らされてキャベツらしき作物が食い散らかされている。

 臆病な魔物とは言っても害獣となってしまっては駆除の対象になってしまうのも仕方が無いか。


 私は早速スモールボアが住処にしていると思われる森林の中に入った。

 そして虱潰しに走り回ってスモールボアを探し回る。

 派手に足音や物音を立ててしまうとスモールボアが逃げてしまうので、世忍戦隊シノニンジャーの皆さんが使うアルティメット忍者走りを模倣してほぼ無音で走っている。


 アルティメット忍者走りを始めてから10分程。

 私は三匹のスモールボアが組み体操をしているのを発見した。

 横に二匹が並んで上に一匹が乗っているあれは。

 足が短いのも相まって完全に三人ピラミッドだ。

 スモールボアがやっているのだから三匹ピラミッドか。

 スモールボアは三匹以上集まると組み体操を始める習性でもあるのだろうか。

 思わずそっと見守っていると私に気付いたスモールボアが声を上げた。


「プギィ!」


 そう言う泣き声なんだと感想を抱いた瞬間には三匹纏めて一目散に逃げるスモールボア達。

 私も後から追い掛けるとスモールボア達は森の奥へと逃げ込んで行き。


「イー!」


 危ない!そう叫んだつもりだったのだが、組み体操ボアの一匹が鮭の様に宙を舞った。

 突如現れた、と言うかスモールボア達が逃げた先にいたそれはあっという間に三匹全てを凶爪にかけ。

 殆んど丸呑みする様に捕食してしまった。


 可愛い組み体操ボアを一瞬で亡き者にしたのは、何だかでっかい熊さんである。

 体長は3メートル以上はあるだろうか。

 青黒い体毛をしていて、地球上の熊に例えるならヒグマを筋肉質にした強そうな見た目をしている。

 額の所に白の三日月模様があるのもヒーローロボットみたいで格好良い。


 口から血を滴らせた圧倒的な存在感のワイルド熊さんを目の前にして私の体は震えに震えた。

 だってこんなの、、、こんなのって、、、


 子供の頃に抱いた熊さんと相撲を取る夢を叶える大チャンスじゃないか!


 私がまだ悪役怪人の存在を知らない幼児だった頃。

 読み聞かせの絵本に出て来た力持ちの主人公は熊さんと相撲を取って見事に熊さんを打ち負かしていた。

 それを見た当時の私は何時か圧倒的な強者である熊さんと相撲を取って自分の力を試してみたいと夢を抱いたものだった。


 悪役怪人を知ってからは完全に忘れていた夢が。

 今このタイミングで実現するかもしれないと思ったら武者震いが止まらなくなったのだ。


 熊さんもこちらを見て完全に相撲を取る気満々である。

 私は両拳を地面について横綱に立ち合いのタイミングを任せた。

 横綱はそんな私の姿に獰猛な目を向けると前足を地面について駆け出した。

 私も殆んど同時のタイミングで立ち合い。

 両前足を上げて張り手を見舞おうとする横綱の懐に入った。


 そのまま私は腰の辺りのまわし(体毛)を掴み横綱を持ち上げにかかる。

 今回ばかりはヒーローの模倣ではなく私自身での勝負だ。


 私に掴まれても余裕を見せている横綱だったが。

 後ろ足が浮いた所で明らかに慌てふためいた。

 恐らく腕の動きを見る限り、私のまわしを掴みに来たのだろうがもう遅い。


 私は腰を反らせて横綱を完全に持ち上げると、3メートル飛び上がってクルっと縦に180度回転した。

 これが私が子供の頃に思い描いた熊さんとの相撲の決まり手。


 バックドロップである。


 私の体ごと投げ出したバックドロップが見事に決まり勝敗は決した。

 私は立ち上がって横綱への敬意を表す為に手を差し出したが。

 横綱は今の負けに納得がいっていないの怒り狂った表情で私を睨みつける。


 これは頂けない。

 勝敗が決まった後に乱闘を始めようとするとは、品格を大事にする横綱の風上にもおけないだろう。


 最早この熊さんは横綱では無い。

 どうやら既に相撲は引退して何でも有りの格闘技に活躍の舞台を移していたらしい。

 ならば私も同じ土俵で戦うとしよう。


 熊さんは相撲の名残があるのか前足をついた立ち合いから距離を詰めて私に襲い掛かる。

 大口を開いている事から、どうやら噛み付き攻撃を狙っている様だが。

 それは狙いがあからさま過ぎる。


 私は後方宙返りをしながらの蹴りで熊さんの口を閉じさせた。

 熊さんは分厚い毛皮に覆われていて、打撃によるダメージはあまり入らないらしい。


 私は狙いを変える事にして突進してきた熊さんに対して右斜め前方に移動。

 突進を回避すると天高く飛び上がった。


 視界の外から飛び上がった事で私を見失った熊さんは私を探してきょろきょろと周囲を見回す。

 しかし私がいるのは熊さんの頭上なので見付かることは無い。


 私は熊さんの首目掛けて落ちると首を足で絞めながら後方に回転する。

 私のアクロバティックな攻撃に熊さんの前足が、続いて後ろ足が浮き一回転して地面に体を打ち付けた。

 それでも全く効いている様子が無いのだから大した打たれ強さである。


 私は体力には自信があるのだが、それは熊さんも同じだろう。

 あまり遅くなると街に入れなくなってしまうので、早急に片を付けるべくヒーローの必殺技を模倣する事にした。

 今回模倣するのは曲芸戦隊コマリオンのコマブルーさんが使うクアッドアクセルソバットだ。


 説明しよう!

 クアッドアクセルソバットとは4回転半の横回転により爆発的な威力を乗せた蹴り技である!


 まずは意味も無く3回、後ろ宙返りをして熊さんとの距離を取る。

 そして太腿と脹脛に力を込め、全速力で助走をしたら駒の様に横向きに回転を始める。

 体勢はフィギュアスケートのジャンプ技に近い。

 正面に顔を残しつつ首の可動域が限界を迎える直前で素早く首を回転させるので視線は殆んど熊さんを捉えている。


 熊さんは私を迎え撃とうとするが、猛烈な速度と回転を目で追えていない。

 私は4回転した時に右足を振って更に回転の勢いを付けた。

 そして私の蹴りが熊さんの脇腹を叩く。


「グハァ!」


 そんな人間みたいな声を上げた熊さんの体が横向きにくの字に曲がる。

 数百キロはある巨体が十数メートル吹き飛んでから体を地面に打ち付けた熊さん。

 そこへ偶々通り掛かった全速力のスモールボア。


 ゴリッ!


 熊さんの首にスモールボアの額がぶつかる。

 スモールボアには角を持つ特殊な個体がいるのだと聞いてはいたが。

 どうやらその特殊な個体だったらしい。


 隙だらけの首に全速力の勢いのまま突き刺さる角。

 当たり所ならぬ刺さり所が悪かったらしく、熊さんの血で地面に血溜まりが出来ていく。

 スモールボアの方はあの勢いでぶつかた衝撃をまともに受けたので生きてはいないだろう。


 どうやら戦いは終わったらしい。


 最終的な決まり手は事故だった。


 私は期せずして血抜きが出来た熊さんとスモールボアの死体を担いで村へと戻った。

 何と言うか、物凄く驚かれたがスモールボアの逃げた先に熊さんが居た事を説明する。


 村長は宴を開くと言って、私も参加する様にと誘われたのだが。

 異変があった場合は冒険者ギルドに戻るとイリーナさんと約束しているので、丁重にお断りしてミドレッドの街へと帰る事にした。

 何故だか物凄く引き止められたが今の私にはギルドへの報告の方が重要だ。


 帰りは熊さんを肩に担いでスモールボアを小脇に抱えてのジャンピングダッシュである。

 私の数倍はある重りを持ちながらの跳躍は膝への負担が凄そうだが。

 少しの違和感も感じる事無くミドレッドの街まで到着した。

 帰りは流石に行きよりも30分時間が掛かった。


 熊さんだけ地面に置いて入場列に並ぶと門番さん達が慌てた様子で駆け寄って来た。


「何だそのでっかいのは。エーさんが仕留めたのか?これ、死んでるんだよな?」


『最後は不幸な事故でしたが死んでます』


 顔見知りの門番さんがおっかなびっくり熊さんに触れる。

 熊さんは既に冷たくなっているので触れば死んでいる事がわかるだろう。


「重そうだな。荷車でも持って来させるか?」


『ありがとうございます。ですが担いでここまで持って来たので大丈夫です』


 門番さんが親切心から提案してくれたが、態々手を煩わせる事も無いので断った。

 列が動いたので実際に担いで見せると「わかった」と一つ頷いて職務に戻った門番さん。


 時間が早いので馬車が二つ並んでいる以外は然程長い列ではない。

 並んでから5分も掛からず列は無くなり身分証を提示して街の中に入った。


「おわぁ!熊だ!ってエーさんか。凄いの仕留めたな」


 私よりも大きな熊さんを担いでいると熊さんが私に乗り掛かっている様に見えてしまうらしく。

 冒険者ギルドまでの道すがら、何人かの通行人を驚かせてしまった。


 これなら門番さんのお言葉に甘えて荷車を借りておいた方が良かったかもしれない。

 だが冒険者ギルドまでは直ぐなので今更後悔した所で遅かった。

 私は冒険者ギルドのドアを開ける。


「キャァァア!ってエーさん!?その熊どうしたんですか!?」


 ドアを開いた瞬間を受付から見ていたイリーナさんが悲鳴を上げた。

 どうやら驚かせてしまったらしく、申し訳ない。

 熊さんは中に入れるのが大変そうなのでギルドの前に置いて。

 ギルドの外でイリーナさんに説明をする。


「つまり森の中でスモールボアを発見したので追って行ったら熊に遭遇したと。エーさんが熊を持ち帰った際の村人の様子は如何でしたか?」


『とても驚いた様子でした。その後村長がやって来て宴を開くと言って引き止められましたね。かなり食い下がられましたが冒険者ギルドへの報告が先と思って帰って来ました』


 何故だかイリーナさんは村人の様子を聞いて来たので出来るだけ正確に答える。

 私にはそれがどんな意味を持っているのか理解出来ないが。

 何かの考えがあっての事なのだろう。


「わかりました。少し調査の必要がありそうですので依頼の報酬については後日になっても宜しいでしょうか?」


『問題ありません』


 何の調査をするのかはわからないが、当面お金に困っている訳でも無いので承諾する。

 依頼に関する報告が終わると未解体の素材は倉庫に運び込んで欲しいとイリーナさんに案内されてギルドの裏手にある倉庫へと熊さんを運び込んだ。

 誰も触れないが小脇に抱えている角有り(だった)スモールボアも一緒にだ。


「うおぉぉぉおお!ディープナイトベアじゃねぇか!気合いが入るぜ!」


 倉庫に入った瞬間。

 剃髪で髭もじゃで大柄な中年男性が私から熊さんを奪う様に受け取って頑丈そうな台の上にドスンと下ろした。


「ちょっとガントさん!まだエーさんは何も言ってませんよ!」


「良いじゃねぇか!どうせ解体するんだろ?だったら1秒でも早い方が良い!早く解体しなきゃ鮮度が落ちちまう!」


 ガントさんと言う方は随分と豪快で仕事熱心らしい。

 イリーナさんには「すみません」と謝られたが、私としては好感が持てるので問題無いとミニホワイトボードを使って返事をした。


 ただ一つ願うなら今や私のセカンドバッグの様になって溶け込んでいるスモールボアも一緒に解体して欲しいのだが。


 冒険者ギルドの倉庫では冒険者達が運び込んだ魔物の解体を専門の職員が請け負っているそうだ。

 スモールボアはガントさんとは正反対に、小柄で気弱そうな男性職員さんが持って行って解体に当たってくれた。

 こちらの職員さんは角が失われているにも関わらず角有りのスモールボアである事に気付いていて解体しながら希少な魔物を解体出来ると言ってガントさんを煽っていた。


 角有りは冒険者ギルドでも滅多に持ち込まれない希少個体らしい。

 彼も見た目と違って中々良い性格をしている様だ。


 イリーナさんが指示を出しつつ解体が進む。

 指示と言うのは、私が熊さんがスモールボアを食べたと言った証言の証拠として胃袋の内容物を調べると言う事だ。

 ガントさんが調べた結果、確かに三匹分以上のスモールボアが胃の中に入っており。

 私の受けた害獣駆除依頼はまず達成と見て良いだろうとの結論が出た。


 そこまで確認するとイリーナさんは業務に戻ると言って冒険者ギルドに戻り。

 私はそのまま残ってガントさんのディープナイトベアに関する蘊蓄を聞きながら解体を見学したのであった。


 ディープナイトベアは硬い皮と分厚い脂肪を持つ熊の魔物で、冒険者ギルドの定めている討伐推奨ランクはCランクである。

 深い闇の様な美しい色をした体毛を持つのが特徴で、毛皮は敷物や服の素材として人気がある。

 肉は硬めだが肉の味が強く、脂身が甘くて高級レストランなどでも使われる食材となる。

 内臓も部位によっては薬として使い道があるそうで買取査定には期待して良いと言ってくれた。


 ガントさんは魔物についての知識も教えてくれた。

 これは私がディープナイトベアを解体せずにそのまま持って来た事に関して。

 素材としての価値がどの程度下がるのか気になって質問をした事がきっかけなのだが、ガントさんは然程の影響は無いと言った。


 ガントさん曰く。

 魔物は体内を巡る魔力の影響で死体となっても普通の動物より劣化が遅いらしい。

 当然、解体するのが早いに越したことは無いのだが。

 数時間放置した程度で大幅に価値が下がる様な事は無い。


 特に魔法を使うとか。

 サイズが大きいとか。

 そう言った魔物は体内の魔力量が多いので死んだ後も魔力が留まり、その魔力が肉や内臓の腐敗を防ぐそうだ。


 ガントさんは血抜きについても教えてくれた。

 ガントさんが言うに。

 動物の血抜きをするのは体温を素早く低下させる為らしく、魔物も血抜きをした方が素材の劣化を緩やかにする効果はあるそうなのでやった方が良いのは間違いないのだが。

 魔物によっては血も素材としての価値があるので素材としての価値を知らない魔物は丸のまま冒険者ギルドに持ち込んで解体のプロであるギルド職員に解体させた方が結果的に査定額が上がるケースもあるとの事だった。

 スモールボアの解体をしてくれた職員さんにはガントさんが自分で解体したいだけでしょうと言われていたが。


 日本では猟師が仕留めた野生動物の肉を近所にお裾分けしているイメージがあったのでお世話になった方々に分けようと思って一部を残し。

 後の素材は全て売却すると解体費用を差し引いても金貨5枚以上になってしまった。

 内訳を聞いたら地味に角有りスモールボアが珍味だそうで、こちらが小金貨5枚にもなったらしい。

 解体場を後にして冒険者ギルドへと戻りイリーナさんのいる受付に足を運ぶ。


「エーさん、丁度良かったです。今回の討伐依頼は達成と見做して報酬の支払いと。依頼達成件数が規定に達しましたのでEランクへ昇格になります。手続きをしますので冒険者証の提示をお願いします」


 イリーナさんに言われて冒険者証を預ける。

 依頼についてはスモールボアの討伐依頼であり。

 村長の署名を貰っていないのに達成として良いのか疑問に思ったが、依頼自体に疑わしい点があるので今後調査に入るとの事だ。

 調査の内容によっては私に追加で報酬が支払われる事もあるのだと言う。

 その辺りは大人の事情だろうから素人が首を突っ込まない方が良いだろう。

 表記がFランクからEランクになった冒険者証を受け取る。


『こちらお裾分けです。ディープナイトベアの肉ですので良かったら職員の皆さんでどうぞ』


 私は3キロぐらいある、大きな葉で包まれた肉塊をイリーナさんに渡してから冒険者ギルドを出た。

 後はディーンさんモニカさんとギルバートさんに持って行こう。


 ユフィリシアさんは何処か食材の持ち込みが可能なレストランを探して食事に誘ってみようか。

 ユフィリシアさんは熊肉を食べるだろうか。


「これはこれはエー様。本日は如何なさいましたか?」


 冒険者ギルドを出た私はギルバートさんの商店にやって来た。

 ギルバートさんはピアース商店の会頭らしいのだが、店に出ていたり行商を行ったりと精力的に動き回っている。

 今も私が店に入ると一番に私を見付けて声を掛けてくれた。


『思い掛けない獲物が捕れたのでお裾分けです。良かったらご家族でどうぞ』


 私が大きな葉で包まれた肉を渡すと目をきらりと光らせたギルバートさんは葉を剥がし。

 中の肉を確認した。


「おお。これはディープナイトベアですな?妻の好物ですから有難い。今晩の食卓に並べさせて頂きます」


 どうやら喜んで貰えたみたいだ。

 ディープナイトベアの素材はあまり出回る事がないらしく、商人のギルバートさんでも簡単には手に入らないのだと言う。


「肉があると言う事は毛皮を冒険者ギルドに売却されましたか?」


 ギルバートさんの問い掛けを私が肯定するとギルバートさんの目が鋭くなり、一瞬キラリと光った。

 目付きは直ぐに戻ったのだが、あれがギルバートさんの商人の目なのだろう。

 普段の穏やかな印象とはまるで違う。


「それは良い事を聞きました。必ず手に入れなければ妻に怒られてしまいます」


 断固たる決意を感じる。

 どうやらギルバートさんの奥様がディープナイトベアの毛皮を使ったコートを欲しがっているらしい。

 何と言うかド派手なファッションセンスを持った奥様の様だ。

 ギルバートさんと近況報告なんかをしつつ。

 私は聞こうと思っていた事を切り出した。


『ギルバートさんにお聞きしたいのですが、何処か食材を持ち込みで調理して貰えるレストランを知りませんか?』


 ディーンさんとモニカさんは肉好きなのである程度大きな肉塊をお裾分けしても簡単に消費してくれそうだが。

 ユフィリシアさんは野菜好きなのであまり多く渡しても迷惑になるかもしれない。

 それなら私も熊さんの肉がどんな味なのか気になるし。食事に付き合って貰って味見がてらのお裾分けをしたいと考えた。


 有難い事にディープナイトベアの素材を売却して懐も温かい。

 角有りスモールボアに轢かれたディープナイトベアの最後を思うと、私は街まで運んだだけであるし何とも言い難い気分なのだが。


「ほう、ほうほうほう。成程ですな」


 ギルバートさんは何やら一人納得している様子で頷く。

 そして何だかとても楽しそうだ。


「でしたら私の経営するレストランに話を通しておきましょう。全て私にお任せ下さい」


 ギルバートさんは上機嫌で私にレストランの場所を教えてくれたのであった。


 ギルバートさんの店を出て冒険者ギルドに戻ると丁度ディーンさんとモニカさんが仕事を終えて帰って来た所だったので、ディープナイトベアの肉をお裾分けした。

 お二人はディープナイトベアの肉を食べた事は無いそうだが、滅多に食べられないCランクの肉だと言って大変に喜んでくれた。


 その後ユフィリシアさんを見ていないか尋ねると今日は見ていないから宿に籠っているんじゃないか、と聞いて迷惑になるかもしれないとは思いつつ翠色の果実亭を訪れてみた。

 宿に入ると1階の食堂スペースで果実ジュースを飲んでいるユフィリシアさんを発見し。

 筆談で食事にお誘いしたら快諾してくれた。


 ギルバートさんが話を通しておいてくれると言っていたものの。

 あまり早く行っては店の迷惑になるかもしれないと思い、私も果実ジュースを注文して少しばかり筆談をしてからレストランに向かった。


 結論から言うとギルバートさんはとんでもなく出来る商人さんだった。

 まず白壁で清潔な印象のレストランに入ると私達は個室に案内された。


 店員さんにディープナイトベアの肉を渡すとコース料理になる旨を聞かされ。

 承諾すると数分後には前菜が運ばれて来た。


 料理はメインのローストした熊肉以外全て野菜中心の料理で、まるで私が誰を誘ってレストランに訪れるかを読んでいた様だった。

 若しくはユフィリシアさんのパターンと他の方のパターンで二種類用意していたか、だろう。


 一体どこまで先読みしているのか。


 お陰様でユフィリシアさんは野菜中心の料理に舌鼓を打っていたし、熊肉も意外にあっさりしていて美味しいと好評だった。

 若干の怖さを覚えつつも、楽しい時間を演出してくれたギルバートさんには感謝するばかりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る