第2話 戦闘員A(下積み10年昇格見込み無し)

 日ヒロウェブCM用の撮影は無事に(?)終了した。

 今回は危険な事も起こったが。

 我々の撮影はアクションが激しく特効も火薬や重機を使うので常に危険と隣り合わせではある。

 その中で一人の怪我人も出さずに撮影を終えたのは素晴らしい結果だろう。


 マネージャーさんから怒られた卓君に懐かれてしまい。

 卓君が将来、弊社に入って戦闘員になると目をキラキラさせながら語ったのには焦った。


 弊社に入って目指すならば悪役怪人であって。

 どう考えても戦闘員は目指すべき場所ではないのだ。


 それに卓君ぐらい出来る子であれば将来は素晴らしいヒーローになれるだろう。

 ヒーローに対する強い憧れも伝わってくるのだから一時の憧れではなくじっくりと考えて。

 その上で自ら進むべき道を選んで欲しい所である。


 その後。

 サワヤカミント君に日ヒロへ移籍しないかとスカウトされたりしたがやんわりと断って撮影場所を後にした。


 撮影が終了すれば後は撮影隊によるバラシ作業となる。

 演者は現地解散となって次の仕事に向かう者や会社へと帰社する者とそれぞれである。

 我々戦闘員はウェブCMを以て外での仕事は終了となったので、帰社をして訓練場で訓練をする予定になっている。


 悪役怪人は個別マネージャーが付いているので車での送迎になるが。

 我々戦闘員は訓練も含めてランニング移動である。

 マイクロバスで移動する場合もあるが、それは撮影場所が弊社のある区を出る時だけだ。

 今回は撮影場所がギリギリ区内だったので十数キロ走って会社に戻る事となる。


 我々戦闘員が集団で走っていても擦れ違う人々が警戒をせず。

 寧ろにこやかに手を振ってくれたりするのは(株)悪☆秘密結社が地域に根ざした活動を地道に行っているからだ。


 区内で行われる街の清掃活動や草むしり。

 イベントのボランティアなどには戦闘員が派遣され、地域の方々との触れ合いを通して我々の事を知って貰う。


 その甲斐あって区内では(株)悪☆秘密結社に所属する悪役怪人や戦闘員のイメージが非常に良い。

 実を言うと弊社のある区内でアンケートを取るとヒーローよりも我々の方が人気が高かったりする。


『ここの信号は渡るのに時間が掛かるでしょう。私が貴女をおんぶして歩道橋を渡りましょう』


「おや、戦闘員さんすまないねぇ。それじゃあお願いしようかねぇ」


 戦闘員は多くが入社3年以内の若手ばかりなので十数キロの移動でも大変である。

 私は中学卒業と同時に入社した11年目なので、十数キロ程度の移動なら体力的にも精神的にも全然余裕だ。


 なので3年目の戦闘員B君に先導を任せて多叉路で信号待ちをしているおばあさんに話掛けた。

 話掛けたとは言ってもミニホワイトボードに文字を書いて伝えたのだが。


 私はおばあさんの荷物を受け取り。

 おばあさんをおんぶして歩道橋を渡った。


 普段から体を鍛えている私からしたら大した運動ではないのだが。

 おばあさんからは大袈裟に感謝されて飴玉を貰ってしまった。

 おばあさんに感謝を伝えると私は会社に向けて走り出す。


 こうしたイメージアップ戦略は私達、悪に属する存在にとって非常に重要だ。

 それに加えて単純に。

 人の役に立つのはとても清々しく、とても嬉しい事である。


 会社へ向かう道すがら、主人の手から離れて走り去ろうとする犬を捕まえたり。

 車に轢かれそうになっている少年を助けたり。

 川で溺れている少女を助けたりしながら。

 どうにか同僚達に追い付いて無事会社へと戻った。


 ちょっと川に入ってしまったので足下が濡れているが。

 水上戦士アメンボスのアメンボブルーさんが使う水上歩行を模倣して水濡れを最低限に留めたので許して欲しい。


 会社は10階建てのビルで、形は普通のビルなのだが外壁は黒くて悪の秘密結社感を感じられる素晴らしい外観である。

 1階で入場ゲートに社員証を翳して中に入り。

 受付で帰社した旨を伝えると私だけ社長室への呼び出しがあった。


 恐らくは今日の撮影で起きた事故(未然に防いだので厳密には事故ではないが)について聞き取りが行われるのだろう。

 今日の現場は終わっているので戦闘員B君に後の指示を任せて、私は最上階にある社長室へ向かった。


 ここでも我々戦闘員は自らを鍛える為に非常階段を使う。

 入社した当初はこの階段移動が辛いと感じたりもしたが、今となっては1階を上がるのに2歩なので余裕だ。


 30秒と掛からずに10階に上って社長室の重厚なドアをノックする。

 すると中から女性の声が聞こえたので「イー!」と返すと社長室へと通された。


 ダークトーンの社長室には執務机に両肘を付けて座る社長の剛力怪人ビッグゴリラさんと傍に控える青肌怪人ビジンヒショさん。

 社長は弊社のNo.1怪人であり。

 その存在感と威圧感は何度会っても格好良いの一言である。


「Aさんお疲れ様です。本日行われた良面戦隊サワヤカファイブとのCM撮影中に事故が起きたと聞いていますが。詳細の説明をお願いします」


 今話したのはビジンヒショさんだ。

 社長は口数が多い方ではないので私もあまり声を来た事が無い。

 強者は余計な口を利かないと言う強い意志を感じて渋い。

 ビッグゴリラさんは全戦闘員の憧れのスーパー怪人である。


 っとそんな事を考えるよりも今は説明が先だ。

 私はミニホワイトボードを使って撮影現場で起きた事を順を追って説明した。

 卓君が瓦礫の下敷きになる寸前でどうにか助け出せた所までは詳しく話し。

 その後の事は卓君と所属先の(株)攫われ子役劇団の事を考えてぼかしての説明だ。

 当然だがサワヤカミント君に日ヒロへスカウトされた話などは言うつもりもない。


「デビサタンさんのマネージャーからの聞き取りと一致しますね。聞き取りについてはこれで結構ですので通常業務にお戻り下さい」


「ご苦労だった」


 ビジンヒショさんから指示が出たので社長室を後にしようとした所で、ビッグゴリラさんから一言有難い言葉を頂いた。

 憧れのスーパー悪役怪人からの言葉に。

 思わず「イー!」と叫びたくなったが、どうにか抑えて深々と礼をするに留め社長室を後にした。


 今日はこの後の訓練にもいつも以上に気合いが入りそうである。

 私は15秒あまりで1階まで階段を駆け下りて。

 前方宙返りと側方宙返りと後方宙返りを組み合わせて陽気に回転しながら。

 ビルに併設されている訓練場へと移動したのであった。


―――――――


 所変わって戦闘員Aが出て行った後の社長室。


「はぁぁぁああ。緊張した。大丈夫?俺のイメージ崩れてなかった?」


「社長は殆んど喋らなかったですから大丈夫では?そこまで気にしなくても良いと思いますが。Aさんは社長の人柄がどうであれ気にされる様な方ではないでしょう」


 気が抜けた様子で机に突っ伏したビッグゴリラにやれやれと目を向けるビジンヒショ。

 二人でいる時や悪役怪人が訪れた時には良く見られる。

 普段の有りがちな光景である。


「Aは俺に対してキラキラした憧れの眼差しを向けてくれるからイメージを保つのに必死なんだよ。あれ少年がヒーローを見る時の目だぜ?失望させたくないじゃん」


「それについては今に始まった事では無いですからね。それにしてもAさんはまたとんでもない事をやってくれましたね」


 ビジンヒショの言葉に身を起こして真面目な顔をするビッグゴリラ。


「ヒーローの技を真似て子役の少年を助けるって最早ヒーローだよな」


「はい。素行面が明らかにヒーローですね。能力面でも通常数ヶ月はかかる戦闘員の実践投入が直ぐに行えるのは。偏にAさんがヒーローの技を殆んど完璧に模倣しているからですし」


「そうなんだよ。Aは誰よりも率先して人助けするだろ?あいつって下手したらヒーローよりヒーローやってるからな。悪役怪人と戦わないだけで」


「撮影現場からの帰りだけで車に轢かれそうな少年と川で溺れていた少女を助けたみたいです。既に動画が上がっています」


「嘘だろ?息を吐く様に人の命救うじゃん。ヒーロー属性の権化じゃん。日ヒロ筆頭に戦闘員なんかやらせてるんだったらうちにくれって申し入れが凄まじい量届いてるんだよな?」


「そうですね。少なくとも週1ペースでオファーが来ます。もう聖人系悪役怪人として昇格させてしまっては如何ですか?」


「それは出来ないだろう。悪役怪人適正が最低ランクのAを昇格させたら、今まで適性の低さで諦めて事務職や営業職に移った者達に示しが付かない」


「だとしたら一生戦闘員Aですか。あれだけの人材を戦闘員で腐らせるのは惜しいと思いますが」


「自分からヒーローに転職してくれたらなぁ。でもAがなりたいのはあくまでも悪役怪人なんだよ。戦闘服に着替えたら絶対にイー!しか言わないのあいつだけだぜ?戦闘員でいる事に対するプロ根性が凄まじいのよ。そんな奴にお前は悪役向いてないからヒーローになれ!なんて言える奴いる?そんなの極悪怪人だぜ?」


「確かに。普段イー!しか言わないから新歓パーティーでAさんが普通に喋っていても全く気付かない人が多いんですよね。あのイケメン誰ですか?Aさんです。えー!?って流れを今までに何度やった事か」


「やっぱあいつヒーローだよ。誰よりもヒーローだよ。そう言えば撮影の救出動画も上がってるんだっけ?」


「そうですね。あ、、、日ヒロの出したヒーロー動画の10倍はバズってますね」


「また大量のオファーが舞い込むのか、、、」


「部下を守るのも上に立つ者の仕事ですよ。頑張って下さい」


「ビジンヒショも少し手伝ってくれませんかね、、、」


 ビッグゴリラの予想通り。

 当日から(株)日本ヒーローズだけでなくヒーロー系、芸能系、マスコミ系、スポーツ系、ボランティア団体など数多くの団体から戦闘員A移籍オファーが大量に舞い込み。

 (株)悪☆秘密結社の社員は何時もの様に移籍オファーの拒否に忙殺される事になったと言う。


 これも何時もの光景である。

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