第12話 戦闘員Aは採取依頼に挑戦する
ヒーロー(冒険者)となって初めての依頼を受けてから4日目。
この3日間で冒険者ギルドにあった雑用系の依頼は全て無くなってしまった。
その原因は私が進んでそう言った依頼を受注していたからである。
受付の方々曰く。
冒険者は討伐依頼を優先して受け、討伐依頼のついでに採取依頼。
報酬や条件が良ければ護衛依頼を受け、雑用依頼の優先順位が最も低いのだと言う。
そう言う事ならば(株)悪☆秘密結社で戦闘員として働いている私の出番である。
雑用依頼は他の依頼と比べて報酬は低めだが。
依頼主が困っていたり藁にも縋る思いで依頼を出していたりするケースが多かった。
日本であったならばボランティアでやってしまっても良い様な内容の依頼も多いのだが。
この世界で冒険者が無報酬で依頼を熟すのは絶対悪なのだと言う。
これは以前に依頼を受けてくれた冒険者は無償でやってくれたとか、依頼完了のサインを貰う際に色々と言われていざこざが起こる事を防ぐ為だそうだ。
なので冒険者ギルドでは依頼の内容を精査して最低限の報酬すら出さない依頼は受け付けないらしい。
会社(冒険者ギルド)としてのルールがあるのならば社員(冒険者)はそれを守る義務があるので、私もルールに抵触しない様に常に注意をして気を付けなければならない。
さて、雑用依頼が無くなったので次の雑用依頼が出るまでの間に他の依頼を受けてみようと思う。
護衛依頼はFランクの私が受けられる物が無いので除外として。
そうなると討伐依頼と採取依頼のどちらかだが。
ここは採取依頼の常設依頼を受けてみようと思う。
受けるとは言っても依頼票を使って受注する訳ではなく。
採取してきた現物を一定数以上、受付で提出する事で依頼達成となるのだが。
冒険者ギルドには受付側の一角に魔物や植物の絵と特徴、推奨されている採取方法が書かれた木札が取り付けられている。
これを見ている冒険者を今の所は見た事が無いが。
私はこんなに役立つ情報を何時でも見られる様にしてくれているのは親切で素晴らしいと思っている。
なので一日一度は目を通して覚える様にしている。
念の為の復習をしてから私は街の外へと出た。
実を言うと私は毎朝のジョギングで常設依頼にある薬草の在りかにある程度当たりを付けている。
そこは森の中なので何時もの様にジョギングをしながら森に入った。
本当はジャンピングダッシュをした方が移動距離を稼げるのだが、ジャンピングしている途中に薬草を通り越しては気付く事すら出来ないので、ここはゆっくり100メートル15秒ぐらいのペースに抑えて注意深く探していく。
ちょっとばかりペースが早過ぎたのか一株も薬草を発見する事は出来なかったが、当初の当たりを付けていた場所に到着するとそこら中に薬草が生えていた。
ざっと見ただけでも数十株は生えているライフ草と言う名前の薬草はハート形の葉が4枚重なった形をしていて傷薬(ポーションと言うらしい)の材料になる。
このライフ草が常設依頼の対象となっていて10株を銅貨5枚で買い取って貰えるのだ。
ギルドで推奨されている採取方法はライフ草が生えている所の地面を掘って根っこまで残す方法だ。
根が無くても買い取り対象にはなるのだが、根にも使い道があるので素材としての評価が上がるらしい。
雑に仕事をするよりも丁寧に仕事をした方が良いのは当然なので20株だけ採集して街に戻る事にした。
植物は残しておけばまた生えてくるが、採り尽してしまったらその場所にはもう生えて来ない。
採り過ぎるのも良くないので初採取依頼の今回はこれだけあれば充分だろう。
帰りもジョギングで帰っていると冒険者と思われる少年がパンチャーウルフと言う狼の魔物と戦っているのを見掛けた。
冒険者は他の冒険者の獲物を横取りするのは御法度だ。
戦っている冒険者側が助けを求めたとか、明らかに命の危険がありそうな場合は別だが。
後者の場合でも文句を言われたりするので問題に巻き込まれたくなければ不干渉が好ましい。
と、言われている。
ギルバートさん達がインディーズ悪役戦闘員に襲われている所に助太刀したのも、今から考えるとマナー違反だったのかもしれないが。
あの時はユフィリシアさんが危機的な状況だったし皆さん感謝を口にしてくれたので助かった。
当時の私はヒーロー(冒険者)稼業を始めてはいなかったが。
人によってはいざこざに発展していたかもしれないのだから、やはり私は出会いに恵まれたのだと思う。
パンチャーウルフは鋭い爪を持っているにも関わらず何故だか拳を握り込んで殴る習性を持つ魔物だ。
拳を握れるので前足は狼の足と言うよりも人の手に近い形をしている。
何とも珍妙な生態の魔物だが、Eランク冒険者でも1対1だと苦戦を強いられるぐらいには強いのだそうだ。
事実パンチャーウルフと戦っている剣を持った少年はどうやら苦戦気味の様である。
私は心配になったので木の陰に隠れて様子を伺うと少年の後ろに人の姿を発見した。
生い茂る草が邪魔になって全容は見えないが、どうやら人が倒れている様だ。
少年がそちらの様子を窺いながら戦っているので恐らくは彼の仲間なのだろう。
この世界に来たばかりの私であったならば撮影が行われているのだろうと勘違いして様子見を続けていた所だが、この数日で私は成長したのだ。
私は木の陰から直角に動いて3歩でトップスピードに乗る。
そして戦闘が行われている場所から20メートル手前で飛び上がり右足を伸ばし左足を畳んだ。
半月状の美しい放物線を描きながら敵に向かうこの蹴り技は。
全日本人にお馴染みの元祖ヒーローキックだ。
日ヒロの創設者でもある闘魂戦隊ファイアーライドのファイアーレッドさんが使う必殺技のヒーローキックは。
ヒーローに憧れる全子供達が憧れ真似をしたと言われる、全必殺技の中で最も有名な必殺技である。
特効を使わないシンプルなキックでありながら、蹴りの姿勢と放物線の美しさが洗練されていて未だに全てのヒーローが習得していると言われるレジェンド必殺技。
当然私もヒーローによって微妙に癖の出るヒーローキックは全てこの目で見て研究し、模倣をしている。
今回のヒーローキックは元祖と言った通りファイヤーレッドさんの全盛期(と言ったら怒られるかもしれないが)に使っていた飛距離と高さのあるヒーローキックだ。
「イー!」
蹴りが届く直前に声を出して少年に注意を促し、私のヒーローキックがパンチャーウルフの頬を捉える。
不思議なものだが。
ファイヤーレッドさんのヒーローキックは放物線を描いて落下している状態で蹴りを当てるにも関わらず当たった敵は放物線を描いて飛んで行くのだ。
これは本当に物理法則を無視していて模倣に時間が掛かった。
コツは当たった瞬間によく見ないと気付かない程度に爪先を上げて踵でグイっと踵で蹴り上げる事だ。
これが本当に難しくて、流石は特効が今ほど充実していない時代から特効が必要無いぐらいに戦闘を魅せていた伝説のヒーローである。
私の蹴りを受けたパンチャーウルフは綺麗な放物線を描いて10メートル先に落下した。
スタントの訓練を受けていないので蹴りの威力が逃がせずにグキッと言う音が鳴っていた。
呆然とする少年をよそにパンチャーウルフに掛けよると、白目を剥いて泡を吹いていたので再起不能と見て良いだろう。
私は直ぐにパンチャーウルフを抱えて少年の所に戻った。
「それは俺達の獲物だ!余計な手出ししてんじゃねぇよ!」
やはり少年は興奮した様子で私に怒りをぶつけて来たが、今はそんな事どうでも良い。
『君の言う通りだ。これは君達の獲物で良い。そんな事よりもそちらの怪我をしている少女が心配だ。私は治療をする手段は持っていないから急いで街に運ぼう』
パンチャーウルフを置いてミニホワイトボードで少年に私の主張を伝える。
少年の後ろに倒れているのは少年と同い年ぐらいの少女だ。
鼻から血を流していて腿からもかなり出血しているのが見える。
恐らくパンチャーウルフに殴られた後で噛まれたのだろう。
「あ、、、ラナ!ラナ!大丈夫か!」
パンチャーウルフと戦っていた興奮に加え、私の登場も重なって認識から外れていたのだろう。
少年は慌てた様子でラナと言う少女に声を掛ける。
しかし少女は気を失っているのか反応は無い。
少年の顔がどんどんと青くなり今にも泣きそうな表情になった。
『取り乱している暇は無いぞ少年。今は彼女を回復させる事が最優先だ。少年は傷薬を持っているかな?』
私の問い掛けに少年は首を横に振った。
『だったらこのライフ草を揉んで傷口に当ててやってくれ。固定出来る布か何かは持っているかな?』
今度は縦に頷いた。
少年は私から受け取ったライフ草を揉んで傷口に当て、鞄から取り出した布を使って固定した。
ライフ草は傷薬程の効果は無いが、傷の手当に使えるのだと冒険者ギルドの木札に書かれていた。
あれらの木札は有益な情報の宝庫である。
『それでは街まで運ぼう。この少女は私が運ぶ。少年も疲れているだろうが走れるか?』
少年が首を縦に振ったので私は少女を抱き上げた。
息はしているから気絶をしているだけだろうが、目を覚ましたら噛まれた足の痛みに苦しむだろう。
ならば腰から上を全く動かさない水平移動を実現した隠密戦士サイレトンさんのサイレトン走法を模倣する。
パンチャーウルフは手足を掴む雑な持ち方になってしまうが大目に見て欲しい。
サイレトン走法をしていても私の方が足が早かったが少年も必死になって後を追い掛けて来た。
少しばかり時間は掛かってしまったが、街の外に到着したので少年に獲物であるパンチャーウルフを渡して止めを刺させる。
辛うじて息がある状態で運んでいたので素材としては抜群の鮮度であり、高値で買取がされるのではなかろうか。
少年に少女を何処に運ぶか確認すると冒険者ギルドへ運んで欲しいと言ったので街に入ったら真っ直ぐに冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドに入ると怪我をした少女を見てギルドの職員が出て来た。
私の冒険者登録をしてくれたイリーナさんだ。
「ラナちゃん、大丈夫?これはパンチャーウルフにやられたのですか?取り敢えず床に降ろして傷口を見せて頂いても宜しいですか?」
冒険者ギルドの職員であるイリーナさんは怪我人を見るのに慣れているのか落ち着いた様子で質問をする。
取り乱していた時と比べたら多少は落ち着いた少年が状況を説明してイリーナさんに傷口を見せる。
するとイリーナさんはうんうんと頷いて少年に目を向ける。
「傷を治すだけなら銀貨5枚の低級ポーションで良さそうね。ただ死ぬほどでは無いけれどパンチャーウルフの牙には麻痺毒があるから銀貨5枚の麻痺消しポーションも使っておいた方が確実かしら。どうする?」
この状況でお金の話をするのは非情とも思えるが、冒険者ギルドは慈善団体では無いのだし冒険者の怪我は自己責任だ。
依頼を失敗して怪我をすれば借金を背負ったまま引退する冒険者もいるらしいので私が口を挟める問題では無いのだろう。
乗り掛かった船ではあるが、先ずは少年がどうするか。
どうしたいか。
少年は意志を示す必要がある。
「銀貨5枚も持って無い。だから小金貨1枚なんて払えないよ」
少年はそう言うと悔しそうな顔をして項垂れた。
仲間を助けられない無念を感じているのだろう。
だが諦めるにはまだ早過ぎる。
『この魔物は幾らで買取になりますか?』
私はイリーナさんにミニホワイトボードを向けて問い掛ける。
パンチャーウルフは彼らの獲物である。
これを買取に出せば傷薬の代金まで届くかもしれない。
「こちらですか。まるでついさっきまで生きていたみたいに状態が良いですね。これなら小銀貨5枚にはなるかもしれません。ですが魔物の買取は解体済みの部位に限りますので先に解体して頂くか、ギルドの解体場で解体をして手数料を差し引いた額の支払いになるので少々時間が掛かってしまいますが」
イリーナさんは淡々と答えた。
少々薄情に思われるかもしれないが仕事に対して誠実な証拠なので私としては悪印象を受けない。
『では小銀貨5枚は私が立て替えます。まずは傷を治してから彼には解体をして貰って支払われるお金で返金をすると言うのはどうでしょうか?』
私の提案をイリーナさんが俯く少年に説明をして。
少年も承諾したので小銀貨5枚を渡して低級ポーションと言う傷薬が少年の手に渡った。
小さめの三角フラスコっぽい瓶の蓋を開けて中の液体を傷口に振り掛けるとパンチャーウルフに噛まれた痕が30秒程掛けて完全に塞がった。
これは地球ではまず有り得ない効果の傷薬だろう。
「ラナ!ラナ!」
少年が少女の名前を呼ぶ。
すると傷口が治ったお陰なのかはわからないが、少女の目が僅かに開いた。
「ビル?あれ、私、魔物に襲われて、、、」
少女は少々呂律が回っていない様子だが意識ははっきりしているらしい。
「もう大丈夫だ。魔物は俺が倒したよ」
少年はまだまだ格好付けたい年頃なのだろう。
私の存在は完全に無かった事にされてしまったが、少年がパンチャーウルフに止めを刺したのは事実なので間違いでは無い。
「それより体の具合はどうだ?」
「うん。足が痺れてて少し喋り辛いけどそれ以外は。噛まれた所、治ってる」
「ああ、倒した魔物を売った金でポーションを買ったんだ」
今の所私が立て替えているから、少年が買った訳ではないのだが。
格好付けたい年頃の少年なので私から指摘をするのは無粋と言うものだろう。
何だか見つめ合って二人の世界に入り込んでいるし。
「あの、良い雰囲気になってる所を邪魔しちゃって悪いんですけどラナちゃんの状態を見る限り早めに麻痺消しポーションを使わないと一生痺れが残るかもしれませんね」
二人の世界を容赦なくぶった切ったイリーナさんの言葉で一瞬にして甘ったるい雰囲気が吹き飛んだ。
特に少年は青い顔になっている。
そして少年は私の方に向き直った。
「調子こいてすみませんでした!銀貨5枚貸しては頂けないでしょうか!」
床に膝を付いた状態で私に頭を下げる少年。
完全に日本で言う所の土下座の体勢である。
見た目から15歳前後と思われる少年が土下座までして頼み込んでいるのにお金を貸さないのが忍びないので。
イリーナさんに銀貨5枚を支払って無事少女の痺れは解消されたのであった。
イリーナさんから口約束で知り合ったばかりの冒険者に金を貸すのは私の今後に悪い影響が出ると指摘されたので、口約束では無く契約として少年達から返済をして貰う事にした。
方法としてはこうだ。
私からビル少年とラナ少女に冒険者ギルドを通して小銀貨5枚の取り立てを依頼する。
取り立て先はビル少年とラナ少女なので本人達が小銀貨5枚を支払わなければ依頼失敗となり違約金が発生して冒険者としての評価も下がる。
違約金が発生した依頼は改めて掲示板に依頼票が貼り出されるので、別の冒険者が依頼を受けた場合には二人は冒険者に追われる立場となる。
依頼料が銀貨1枚なので実際に受ける者はいないだろうが。
誰かが受けてしまった時のリスクを考えるなら最初から銀貨5枚を返済してしまった方が良いだろう。
因みに依頼料は利息と言う事でビル少年とラナ少女に支払わせる。
「エーさんって意外とエグい事考えますね」
イリーナさんは私の提案に頬を引きつらせつつも、私の出した依頼を受け付けてくれた。
ビル少年は銀貨1枚を自分達が出す事を渋ったが、ラナ少女に諭されて漸く支払いを済ませた。
ギルドに手数料を3割持って行かれるものの、依頼を達成すれば殆んどは自分の手元に戻って来るのだから実質的な利息は銅貨3枚で済むのである。
二人の負担は最低限に抑えつつ、借金の返済を確実に行わなければならない責任を持たせるには良い手段だと思ったのだが。
イリーナさんの言う様にエグい発想なのだろうか。
銅貨3枚分の負担で依頼の実績を1件積めるのも若干不正気味な気はするが。
これは二人にとってのプラスにもなる。
不正だなんてまるで悪人の様だ。
今の私であれば悪役怪人適性検査で合格点を叩き出せるかもしれない。
何時になるかはわからないが日本に帰れる日が楽しみである。
色々あって時間を取られてしまったが、今日は採取依頼チャレンジデーだ。
採取していたライフ草はラナ少女の応急処置に使ってしまったので、もう一度採取をしに街を出た。
先程と同じ採取場所でライフ草を20株採取して街へと戻る。
冒険者の少女が魔物に襲われて怪我を負っている!
ヒーローキック!
この薬草を使って応急処置を!
歩くのが辛いなら私が街まで運ぼう!
ライフ草は全て使ってしまったのでもう一度採取に行こう。
沢山自生していたライフ草が随分減ってしまったので、10株だけ採取して街へと戻る。
冒険者の少年少女が魔物に襲われて怪我を負っている!
ヒーローキック!
この薬草を使って応急処置を!
怪我人は私が街まで運ぼう!
冒険者の、、、ヒーローキック、、、怪我人は私が、、、ヒーローキック、、、ヒーローキック、、、
私は採取依頼を諦めたのであった。
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