第11話 戦闘員A、やっている事が日本にいる時と変わらない

 打ち上げは20時頃にお開きとなり。

 私はディーンさんの案内で冒険者ギルドが経営する宿に入った。


 宿はギルドから徒歩1分も掛からない距離にあって、宿と言うよりは職員寮っぽい感じだ。

 食事無しの素泊まりのみ。

 机と椅子とベッドがあるだけの簡素な部屋だったが、やる事と言えば寝るだけなのでこれと言って不満は無い。

 寧ろ宿泊費が安いそうなので定宿にしてしまう気満々である。


 打ち上げが早い時間に終わったのは酒を飲まない私とユフィリシアさんに気を使っての事だったので、ディーンさんはまた冒険者ギルドに戻って飲み直すらしい。

 本当に気遣いの出来る人だ。


 一つだけ。

 見目麗しいユフィリシアさんが夜道を歩いて宿に戻る事が気掛かりだったのだが。

 20時ならばまだ街灯が点いていて(魔道具と言う代物だそうだ)通行人の数も多いので不届き者に襲われる様な心配はまず無いのだと言う。


 そもそも武器を持っているあからさまに冒険者とわかる者を人の目がある所で襲うのはリスクが高過ぎるとディーンさんに言われ。

 確かにそれはそうだと納得せざるを得なかった。


 宿には摘みを捻ると火の点くランプがあったので灯りをとり。

 ギルバートさんから頂いたお金を確認しておく。

 私としては気持ちばかりで充分だったのだが、明らかにズシリと重いのだ。


 先程宿に入った時に一度開いたのだが、小袋の中身を全て確認出来た訳ではない。

 ただ最初に手に付いた硬貨で支払った所、お釣りが沢山戻って来たので非常に不安は大きかった。


 机の上に硬貨をあけてみると二種類の銀色の硬貨に混じって金色の硬貨が入っていた。

 これはどうだ、貰い過ぎではないだろうか。


 そう言えば貨幣価値について聞いていなかったなと思って打ち上げの時にユフィリシアさんから教えて貰ったのだが。

 金貨は上から数えた方が早いぐらいに価値の高い硬貨だった。


 この世界の貨幣は全て硬貨で地球の様に紙幣、ましてや電子マネーなどは存在しない。

 硬貨は価値が低い方から鉄貨、銅貨、小銀貨、銀貨、金貨、白金貨がある。

 鉄貨10枚で銅貨1枚。

 銅貨10枚で銀貨1枚。

 銀貨10枚で小金貨1枚。

 小金貨10枚で金貨1枚。

 金貨10枚で白金貨1枚の価値となる。


 正確な価値を測るのは難しいが、屋台で売っている串焼きが銅貨1枚から。

 食堂で食べられる定食が銅貨5枚とか。

 一般的な宿の宿泊費が小銀貨3枚から5枚と聞く限り鉄貨1枚を10円として考えておけば丁度良いかもしれない。


 さて、私がギルバートさんから受け取ったお金だが。

 凡そ30万円相当も入っていた。


 この冒険者だけが泊まれる宿の宿泊費が一泊小銀貨3枚なのだから。

 素泊まりで泊まるだけなら100日も連泊出来る計算だ。


 これは貰い過ぎではないだろうか。


 そう言えば商人であるギルバートさんから渡り人である私に貨幣価値の説明がされなかった事が、今から考えると強い違和感がある。

 もしやギルバートさんは私に貨幣価値を知らせない事で、最初から私が報酬の受け取りを拒否する可能性を排除するつもりだったのではないだろうか。

 ギルバートさんならばそこまで読んで行動する事も全然有り得ると思ってしまう。


 私は一つ溜息を吐きつつ。

 折角の好意なので大切に使わせて貰おうと決めて灯りを落とすと少し硬めのベッドで眠りに就いた。


 時間は朝の5時。

 昨日は早めに就寝したのもあってすっきりとした気分で目覚めた。


 日本の建築ではあまり見ない鎧戸を開けて外の空気を入れる。

 外はまだ日が出ていなくてやや暗い。


 食事処が開くのは早い所でも6時からだと聞いたので入念にストレッチをして体を動かしてから部屋を出る。


 私の泊まった部屋がある三階から一階に下りると眠い目を擦っている宿のスタッフさんがいたのでミニホワイトボードを使って7日間の延泊をお願いしておく。

 部屋は先程までいた部屋と同じ場所で、小金貨2枚と銀貨1枚を支払って宿を後にした。


 冒険者ギルドの前を通ると既にギルドは開いていたので中に入る。

 ギルド内は飲食スペースだけが稼働していて、受付がある側は仕切りによって閉ざされていた。

 飲食スペースには一晩飲み明かしたのだろうと思われる冒険者が床に転がっていたりして、かなり濃い酒の匂いがする。


 私はお酒を飲まないが。

 弊社でも忘年会や新年会や送別会などでは見られる光景なので、この程度は余裕で許容範囲だ。


 スタッフさんに銅貨5枚を支払い朝の定食メニューを注文した。


 定食メニューは一口サイズに切った肉を焼いた物とベーコンと葉野菜の入ったスープに、昨日の朝食でも食べたパン(黒パンと言うらしい)だった。

 明らかに値段相応とは思えない程にボリューミーである。


 肉は結構歯応えがあって食べ応えがある。

 味付けは塩のみだが、仄かに野性味を感じる肉の味が濃いので美味しい。

 スープもベーコンと野菜の出汁が出ていて薄味だが美味しい。

 そのまま食べると硬い黒パンはスープに浸して食べた。


 黒パンは酸味があるので好みは分かれるだろうが、私は全然嫌いではない。

 血気盛んな冒険者向けなのか二人前ぐらいの量が出て来たが完食し。

 食休みを挟んでから外に出る。


 街はちらほらと人の姿が見える。

 その多くが門の方へと向かうので街を出る人達なのだろう。


 私は食後の運動がてら街の外に出てジョギングをする。

 30分程ジョギングをしたら100メートルのスプリントを100本行う。

 訓練場でこれをやっていると何故か皆化物を見る様な目を向けてくるのだが。

 本気でヒーローの模倣をしようと思うとこれぐらいのトレーニングは普通に熟せる様にならないと話にならない。


 ヒーローの模倣は何は無くとも足腰だ。

 唯一同僚の戦闘員B君だけが食らい付いてくるで彼は本当に可愛い後輩である。

 是非とも立派な悪役怪人になって欲しいものだ。

 スプリントが終わったら体幹トレーニングをしてから街の中に戻った。


 冒険者ギルドへ行くと朝床に寝転がっていた人達はいなくなっていた。

 受付側を囲っていた仕切りは既に取り払われているが。

 こちら側もに冒険者は少ない。


 朝は新しく貼り出された依頼の取り合いで大変な光景が広がると教えて貰っていたのだが。

 既に忙しい時間帯は過ぎた様だ。


 私は掲示板の前に移動して依頼を一つ一つ確認する。

 残された依頼は街の中で作業をする雑用依頼と呼ばれるものが多かった。

 その中から一枚を選んで剥がし、受付に持って行く。


「いらっしゃいませ。こちら依頼の受注でよろしいでしょうか?」


『おはようございます。お願いします』


 私は頷きつつミニホワイトボードを使って返事をする。


「えーと、こちら本当によろしいですか?大変な割に報酬が少ないので冒険者から敬遠されている依頼なのですけれど」


『大丈夫です。お願いします』


 受付の女性は私を心配する様に、その依頼が人気の無いものなのだと教えてくれた。

 優しさに溢れた女性の忠告は有難かったが。

 元より受けるつもりだったので受注手続きを進めて貰う。


 女性から依頼票が戻って来て受注が完了したので、依頼に書かれている場所を聞いてギルドを出た。

 私の受注した依頼は引っ越しの手伝いをすると言う雑用依頼で。

 家にある家具を台車に乗せて引っ越し先に運んで欲しいと言う内容だった。


 私がこれを受けた理由は依頼の受付終了期限が間近まで迫っていたからだ。

 恐らく貼り出されてから時間が経っているのであろう事は想像出来たので、このまま期限を過ぎてしまっては依頼人が困ってしまう事だろう。

 ならば多少報酬が安かろうと私が熟せば問題ない。

 何より引っ越し作業は体を鍛えるのに丁度良いのでお互いにとって利益しかない依頼なのだ。


 依頼主の家は冒険者ギルドから徒歩15分の住宅地にあった。

 この世界には地球の様なインターホンが無いのでドアノッカーを使って二度ドアを叩く。


 カンカンと音が鳴って返事があってから待つ事5分。

 ドアを開けて出て来たのは気難しそうな顔をした恰幅の良い熟年の女性だった。

 女性は訝し気な目で私を見る。


『冒険者ギルドで依頼を受けて来ましたFランク冒険者のエーです。本日はよろしくお願いします』


 待っている間に文字を書いておいたミニホワイトボードを出して私が来た理由を説明する。

 冒険者証も提示したのだが、女性はますます訝し気な顔を見せて足下から頭の上まで私の姿をジロジロと目視し。

 もう一度冒険者証を見てから納得したのか一つ頷いた。


「随分珍奇な格好してるね。あたしが依頼したのは引っ越しだよ?あんた一人で大丈夫なのかい?」


 今度は疑わし気な顔をして問われたが、恐らくは問題ないだろう。


 私も含めて弊社の戦闘員は正社員として雇われているものの、給料はそれほど良くはない。

 私の場合は指導官も兼務しているので少しばかり手当が付くのだが。

 そうでない戦闘員は中々に厳しい下積み生活を送っている者も多い。


 そんな境遇である事を全員が共有し、認識し合っているので。

 戦闘員の引っ越しがあれば引っ越し代を浮かせる為に、当然の様に戦闘員が引っ越し作業を手伝いに行くのだ。


 我々戦闘員は皆普段から鍛えているので毎回10人程度が行って一気に引っ越しを済ませる。

 私の場合は毎回プレイングマネージャーとして参加しているので引っ越しは得意だ。

 厄介なのは大型家電やグランドピアノみたいな大物だが。

 この世界には電子機器が無いので恐らくは問題無い筈だ。


『大丈夫です。引っ越しには自信があります』


「ふぅん。まぁあたしは仕事さえきっちりやってくれれば良いんだけどね。あたしはステラだ。早速仕事に取り掛かっとくれ」


 ステラさんはこの依頼を出した依頼主だ。

 どうやらステラさんは一人暮らしらしく。

 二階建ての家を一通り回ってみた所、大物はタンスとベッドに食器棚が一つずつあるぐらいで難易度は然程高くない。


 大体引っ越しで困るのは、どう考えてもクレーンで吊り上げただろうと思われる超大物だ。

 グランドピアノとか。

 あのピアノが上手だった元戦闘員は音楽制作会社で元気にやっているだろうか。


 っと物思いに耽っている暇は無い。

 先ずはタンスから取り掛かるとするか。


『タンスの引き出しを一段外しても良いですか?』


 タンスを運び出すのに必要なのでステラさんに確認を取る。

 こう言った事は勝手にやると相手の不興を買ったりするので、随時聞いておく方が無難だ。


「ああ、問題無いよ」


 私の仕事ぶりを確認する為と監視の意味もあるのだろう。

 ステラさんはずっと私に付いて来ている。


 了承の返事が返って来たので私は五段あるタンスの真ん中の一段を引き出して指を引っ掛ける場所を作り。

 然程苦労をする事無く持ち上げた。


 中身がしっかり入っているので重量感はあるが特に問題は無い。

 壁にタンスをぶつけない様に慎重に階段を下りて玄関まで持って行ったら床に下ろす。

 後から付いて来たステラさんは驚いた様子であんぐりと口を開けていた。


「あんた凄いじゃないか!変な格好だけれど力持ちなんだねぇ!これなら今日中に引っ越し出来そうだ!」


 私の背中をバシバシ叩きながら賞賛してくれるステラさん。

 どうやら彼女の信頼を勝ち取れたらしく、ステラさんは荷物を纏めておくと言って私は一人で行動する事が許された。


 ベッドは藁がぎっしり詰まったタイプで重みはあるが、腕を回せる幅なので縦にして抱き上げる感じで運ぶ。

 食器棚はステラさんが中身を木箱にしまう作業をしているので後回しにして、テーブルなどの小物を先に運んでおいた。


 人一人が通れる幅だけ確保して玄関の前に家具を並べて置き、食器棚が空になったのでこちらも運んでしまう。

 大物を全て運び終えると小物を纏めた木箱を積んで1時間あまりで引っ越しの準備は整った。


「外に荷車があるから先ずは荷車に積んでくれるかい?」


 ステラさんの指示で荷車にタンスを積む。

 そのまま縦に積んでしまうと危険なので横向きにして積むと荷車のスペースがかなり埋まったので隙間には木箱を幾つか積んだ。


「一旦これで行こうかね。あたしの新居に案内するよ」


 荷車を引き、ステラさんの案内で住宅街を歩く。

 新居は徒歩5分の場所にある平屋の一軒家だった。


「それじゃあ中に運び込んで貰えるかい?」


 ここにタンス、その木箱はそこにとステラさんの指示に従って家具と荷物を運び込む。

 結局ベッドと食器棚を分けて運んだので三往復して。

 最後に忘れ物が無いかを確認。

 新居に荷車を運んで引っ越し作業は終了となった。


 掛かった時間は凡そ2時間半だ。

 久しぶりの引っ越し作業で良いトレーニングになった。

 ステラさんも私の筋肉も嬉しそうだし、非常に充足感のある依頼だった。


「あんたのお陰でスムーズに引っ越しが出来たよ!ありがとう!よし、これから昼食を作るからエーさんも食べて行きな!」


 ニカッと笑って私に礼を言ったステラさん。

 ステラさんから有難い申し出があったのでもう一度新居にお邪魔させて貰う。

 今の彼女からは最初の時の様な訝し気な雰囲気は微塵も無い。

 気難しそうな印象も無くなって気の良い熟年女性と言った雰囲気である。


 簡単な料理を作ると言って30分程で出て来た料理は。

 肉を茹でて味付けした物と具沢山の野菜スープと黒パンだった。

 この肉は私の良く知るあれに似ている。

 口に入れるとしっとりとした食感で肉の旨味が詰まっている。


『これは美味しいですね。この肉は何の肉なんですか?』


「これは羽ウサギの肉さ。この胸肉はパサパサして美味しくないって言われてるんかけど、結構いけるだろう?人気が無いから安く手に入ってあたしとしちゃ有難いけどね!」


 ステラさんの言う羽ウサギなる魔物はウサギっぽい見た目の鳥だそうだ。

 羽ウサギの胸肉は鶏のササミ肉を太くした様な見た目で、食感と味は鶏の胸肉とササミ肉の間ぐらい。

 皮は付いていない。

 栄養価についてはわからないが、地球基準で言うなら低カロリーで高タンパクな食品だろう。

 ステラさんはそれを5人前ぐらい皿に盛っていて、パンもたっぷり盛られているので恰幅が良い理由に納得するばかりだ。


 冒険者ギルドで食べた肉は脂身のある肉だったので、効率的にタンパク質を摂取出来る貴重な食材を発見出来たかもしれない。

 ステラさんからは、その後も安値で野菜を手に入れる方法などの生活の知恵を享受して貰った。


 食事を終えてミニホワイトボードでお礼を言い、依頼票に完了の署名を入れて貰う。


「それじゃあ今日は世話になったね!あたしは気分転換によく引っ越しするからまた依頼を出した時は受けとくれよ!」


『勿論です。食事を御馳走様でした。大変美味しかったです』


「ああ、食べたくなったらまたおいで!」


『ありがとうございます。それでは』


 ステラさんの家を出てからスリを追い掛けて捕まえたり。

 暴漢に襲われている女性を助けたりして冒険者ギルドへと戻った。

 依頼の受注手続きをして貰った女性(名前はネリーさんと言うらしい)に依頼票を提出して依頼を完了させる。


「確かに署名が入っていますね。ではこちらが依頼の報酬小銀貨3枚になります。その、、、大変ではなかったですか?」


 ネリーさんが心配そうな表情を浮かべて問い掛けて来た。

 特に大変な事など無かったと思うのだが何故だろうか?


『丁度良いトレーニングになりました。ステラさんには昼食を御馳走して頂きましたし色々と生活の知恵を教えて頂けたので非常に充実した依頼でしたね』


 今回の依頼は私にとって良いことずくめだった。

 質の良い筋肉を作る為に必要なタンパク源になりそうな羽ウサギ存在を知れたし、栄養バランスを考えて野菜を安値で手に入れる方法も知れたのは相当に有難い。


 依頼の報酬としては安いのかもしれないが、私にとっては有益な情報を得る素晴らしい機会だった。

 ステラさんと知り合えたのも良い出会いになった。

 そんな事を説明をしたらネリーさんは頬をひくつかせて何とも言えない表情を浮かべる。


「そ、そうですか。あのステラさんに気に入られたんですね。また引っ越しの依頼が出たら是非よろしくお願いします」


『勿論です。ステラさんとも約束しましたから』


 その後、何故かネリーさんに何度もお礼を言われて受付を後にした私は。

 掲示板の前に移動して一枚の依頼票を剥した。

 依頼の内容は商店の倉庫の整理依頼。

 選んだ理由は依頼の受付終了期限が間近まで迫っていたからである。

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