第23話 気の重い任務

ジークフリートは、アーデルグンデと知り合って以来、徐々に距離を縮めて親しい様子を隠さない。でもアマーリエは、史実で心中したアーデルグンデと親密なジークフリートが心配でたまらない。諜報員としていつも側に控えていたいと言っても、そのことは内密になっているから、あまり付いて来てほしくないとジークフリートは断ってしまう。無理に付いて行けば、アーデルグンデに『そんなに婚約者が心配なんですね』と言われてしまった。それなのにジークフリートは目の前でそれを聞いても何も言わない。


でもジークフリートはどうやらアーデルグンデと2人きりになることはなく、ルプレヒトだけは欠かさず彼の側にいるようだった。アマーリエは、ジークフリートがアーデルグンデと遠出をすることがあれば教えて欲しいとルプレヒトに密かに頼んだ。彼もジークフリートのやり方に不安を抱きつつあり、了承してくれた。


女子大生アメリーが知っている歴史では、ジークフリートは王都から馬車で1時間ほど行ったバウアーリンクにある王家の別荘で王国歴455年7月10日にアーデルグンデと心中した。でも当時の医師の見立てによれば、彼らは同時に死んだのではなく、アーデルグンデはジークフリートの数時間前に亡くなっていた。ジークフリートはアーデルグンデを撃ち殺した後、何時間も自死を躊躇っていたのだろうと言われている。ただ、その時間差の死が、ジークフリートは自殺ではなく謀殺されたのではという疑問の余地を与えた。


王国歴452年のアウグストとアンドレの密談からしばらく経った頃、王都のカフェの個室で内密の話をする男女がいた。まだ少女と言っていい年頃のブルネットの女が人目を引く美貌なのに対し、男はより明らかに年上でこれと言って印象を残さない普通の容姿をしている。


「近いうちにあの男と2人きりになるチャンスを作って…後はわかるな?」

「でも側近がいつも付いてくるのよ」

「2人きりで旅行に行きたいとか、それが無理なら部屋に2人きりになりたいとか、そこは女を使う所だろう?何年あの男と関係し続けてると思ってるんだ」

「か、関係だなんて…」

「まさかプラトニックな関係とか言わないな?」

「な、何言ってるの?!側近がいつも傍にいるのにそんなことできるわけないでしょう?!」

「とにかく、もうこれ以上は引き延ばせないぞ。本来、とっくにしているはずだったんだ」

「でもその後、私はどうなるの?私が彼と2人きりになって彼がなったら、私がだって分かっちゃうじゃないの」

「君がやり遂げた暁には、逃げられる準備はしてある。その後、違う人間として生きていけるように何もかも用意しているから安心しなさい」

「でも…」


男は少女が躊躇する様子を見逃さなかった。


「それとも何か?あの男に惚れてしまったか?それがこんなに引き延ばした理由か?家族が心配じゃないのか?まさか家族よりあの男が大事とは言わないだろうな?」

「そ、そんな…」


少女は動揺を隠せず、テーブルの下に隠れた両手は汗でじっとり濡れている。


「お前がちゃんとするなら、今まで通り家族に危害は加えないし、援助も続けてやる」

「…本当に?」

「ああ、だから今更引き返すのはなしだぞ」


話を終えた男女は別々のタイミングでカフェを出て行った。男の方は平静な様子だったが、少女の方は顔色青く、フラフラと歩いて行った。


それから数日後の7月のある日、ジークフリートはアーデルグンデを自室に招いていた。ルプレヒトももちろんいるが、少し離れて壁際に立って控えている。

「ジーク、たまにはどこか遠くへ出かけない?」

「うん、いいね。どこがいい?」

「バウアーリンクに王家の離宮があるでしょう?」

「狩猟用の館だから、離宮って言うほど大きくないよ」

「でも近くに森や湖があってとても綺麗だって聞いたわ」

「そうだね。きっと君も気に入るよ。――ルプレヒト、8月の初めはどうかな?何日ならスケジュールが空いてる?」

8月初めはジークフリートの公務が連日入っているが、15、16日は休みをとってバウアーリンクに行けることになった。

「うれしいわ、ありがとう、ジーク。それで…あの…2人きりで…行きたいんですけど、駄目ですか?」

アーデルグンデは、いつもの得意な上目遣いでかわいくねだってみた。だが、その一方で彼女は両手を膝の上でギュッと握っていてその拳は僅かに震えていた。

「うーん、僕には婚約者が一応いるからなぁ。ルプレヒトは連れて行くよ。――な、ルプレヒト?」

「御意」

その日、帰宅したルプレヒトはアマーリエにすぐに手紙を出してジークフリートのバウアーリンク行きの予定を知らせた。


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第13話「エスコート争い」をコンテストの文字数の関係で引っ込めざるを得なくなりました。締め切りの後で番外編として公開します。

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