第21話 国王の侍女
2年程前に国王フレデリックの専属侍女になったダニエラは、没落した田舎男爵家の出身である。家に援助を出してくれて弟も文官見習いにしてくれるという条件に惹かれてジークフリートとルプレヒトの面接を受けた。そこで身体を張って国王を誘惑するという話を聞いて最初、彼女は驚き、貧しい家の出身だからと馬鹿にされていると怒りを覚えた。
そこでジークフリートは、どうして実母を差し置いて父に愛人をあてがうような仕打ちをするのか、ある程度まで真意を彼女に話して同情を引いた。もちろん、ヘルミネの失脚や父の退位と離婚を目論んでいるとまでは言わなかった――曰く、『母が酷い妻なので、父の心の支えになってほしい』、『身体の関係がありきではない』。
当時22歳の彼女はこの時代の貴族令嬢としてはとっくに結婚していている年齢だったが、没落した実家のせいでよい縁談を望めず、弟と一緒に必死に家を守っていた。
だから王宮の侍女になってくれるのなら、辞職して結婚したくなった時には、それなりの縁談を用意するというジークフリートの約束はかなり魅力的に彼女の目に映った。
それにお人好しなダニエラは、ジークフリートが父をそこまで心配する(ようにみえた)ことや、彼女によい条件を出してくれたことで、すっかり絆されてしまった。
ダニエラは、以前の勤め先の主人達に使用人を人間とも思わないような扱いをされていたので、雲の上の存在の国王が主人となったら、どんな扱いを受けるかと戦々恐々としていた。だが、フレデリックは思いの他、使用人にも親切でダニエラの抱く彼のイメージはすぐに好転した。
ダニエラがフレデリックの専属侍女となった後、ジークフリートは父の様子を聞くという建前で彼女と定期的に会って彼女と父の仲が進展しているか確認したが、2年経ってもダニエラとフレデリックの間は主従の域を超えていない。でもそれだけ時間が経つと、フレデリックはダニエラに名前呼びまで許し、2人の間に信頼関係ができてきたのはわかった。
24歳のダニエラにとって49歳のフレデリックは父よりも年上だが、頼りなくて気の弱い彼自身とその環境に次第に同情するようになった。
気弱な彼は国王という重要な地位に押し潰されそうなのに、肝心の妻は全く彼を顧みず、支えもしない。異母弟アウグストはお互いを慕い、気遣う兄弟では全くなく、権力を追い求めるライバルのように見える。
1人息子のジークフリートは表向き、父を心配しているようではあった。でもダニエラは彼に何度も会ううちに、距離感のある2人の親子関係を感じ取れるようになり、彼が何を考えているのか分からなくなってしまった。
この頃になると、流石にフレデリックも妻の実情を認めなくてはならないのに気付いた。というか、ジークフリートがそう仕向けていった。国内情勢がきな臭いにもかかわらず、ヘルミネは相変わらず旅行三昧、たまに王宮にいるかと思ったら、アンドレにべったり、自らの信奉者を侍らせていい気分になり、気まぐれで他の愛人とも身体の関係を持っている。その場面に偶然、フレデリックが出くわすようにジークフリートとルプレヒトが仕掛けるのだ。
その日もジークフリート達の仕掛けが成功してフレデリックは、アンドレとヘルミネが情事に耽っているとしか思えない声を聞いてしまった。フレデリックが慌てて扉をノックしてみれば、ヘルミネが不機嫌そうに扉の隙間から顔を出した。彼女は気だるそうでいかにも情事の最中か直後といった様相で、昼間にもかかわらずガウンを羽織っただけだった。妻に怒鳴られてすごすごと自室に帰ったフレデリックはとても落ち込んだ。頼りにしていた母を亡くしたばかりなのもある。
フレデリックは、自室のソファに座って顔を両手で覆い、大きなため息をついた。あまりに落ち込んだ様子のフレデリックにダニエラはつい声をかけてしまった。
「陛下……」
「あ、ああ……ダニエラか」
フレデリックはダニエラがそこにいたことに初めて思い出した。
本来なら、男女の関係でもない限り、密室に国王が侍女と2人きりになるはずはない。でもジークフリートは、父の侍従を手懐けてわざとダニエラと2人きりになれるように手を打っていた。
「陛下、ハーブティーをお持ちします」
「ああ、ありがとう……」
お茶を淹れたダニエラは、フレデリックを1人にするために部屋を辞した。フレデリックは何も言わなくても自分の気持ちを分かってもらえて胸がじんときたのであった。
それ以来、2人は口には出さないものの、互いへの好意が徐々に大きくなっていった。
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