第20話 坂を転がり落ちる王国

人が死ぬ・殺される表現があります。


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アマーリエがジークフリートと共にオルデンブルク公爵領都の視察に行った王国歴450年、彼女は15歳を迎えて社交界デビューすることになった。この時は流石のジークフリートもアマーリエをエスコートしてファーストダンスを踊った。ジークフリートの新しい愛人という噂のアーデルグンデは、ジークフリートの1歳下の18歳のため、既に社交界デビュー済みでデビュタントボールに参加せず、アマーリエとの鉢合わせはなかった。


アレンスブルク王国は財政難に喘いでいるため、王宮の高官からも毎年王宮で開催されてきたデビュタントボールの規模を小さくするなどの意見が出たが、宰相アウグストの鶴の一声で王宮でのデビュタントボールは、それまで通り盛大に行われた。


地方の貴族の新成人にとって王宮でのデビュタントボールに出席できるかできないかは、正に一世一代の大問題だ。一生に何度行けるか分からない王宮のダンスホールに入れるし、もう二度とないかもしれない国王夫妻の拝謁を賜れる。でも王宮でのデビュタントボールが王都の貴族に限定されるのなら、地方の貴族は地元で社交界デビューするしかない。だからアウグストの決定は彼らには朗報だったが、財政難を解消できない国王と宰相に批判的な新聞はその決定を非難し、国王がアウグストの傀儡に過ぎないことをしきりに報じた。アウグストはそのような新聞を発行禁止にしたが、密かに発行を金銭的に支えるブルジョワ達がおり、新聞は地下で人々に読み続けられた。


ジークフリートはオルデンブルク公爵領都の視察から帰ってきた後、王都の衛生環境向上運動に着手しようとした。しかし色々利権が絡んで簡単ではない。なにしろ父親の国王フレデリックがほとんど異母弟アウグストの傀儡状態である。アウグストは盛大なデビュタントボールの開催を推進したのに、王都の衛生環境向上には財政難だから費用をかけるべきでないと反対し、ジークフリートはほとんど何もできなかった。


そうこうしている間に、のアマーリエの知る史実の通り、翌451年、王都でコレラが猛威を振るい出した。アマーリエは離宮にいるドロテアがどうしているのか気になったが、感染を心配した父に外出を禁止されてしまった。


ある日、王宮内に設置されている教会の鐘が5回連続鳴り、それが10回繰り返された。国王夫妻か王太后が亡くなった時に鳴らされる鐘のパターンだ。王宮に近い公爵邸にもはっきり聞こえた。


鐘はドロテアの逝去のためだった。


アマーリエは彼女を救えなかったと落胆した。


ドロテアの葬儀は、コレラ流行の折とあって王太后のものとしては質素であった。王都の大聖堂での葬儀は王族と高位貴族の当主のみが出席した。


コレラは空気感染する訳ではないので、父によるアマーリエの外出制限もドロテアの葬儀の際の色々な制限は、実はほとんど意味がない。でもアマーリエにはそれを証明する能力も、制限の決断を覆す権力もなかった。


本来、国王夫妻の棺は大聖堂の地下室に置かれ、ドロテアの夫エルンストもここに眠っている。だがドロテアはコレラ感染死のため、王都の中にあるその他の王族の墓地に埋葬されることになった。


棺が大聖堂から墓地まで移動する際、大聖堂で参列した貴族は葬列に参加せず、フレデリックとヘルミネ、ジークフリートとその婚約者アマーリエだけが葬列に付いていった。ヘルミネは天敵がいなくなってスッキリしていたが、わざわざ歩いて墓地まで行かなくてはならないのが不満で不機嫌な顔をしていた。アマーリエが葬列に付いていくのは当初、ジークフリートと警備責任者の近衛騎士団長と王都騎士団長が反対したのだが、父が王家の諜報部隊の責任者という立場を使って押し通した。


葬列の先頭には、近衛騎士が徒歩で並び、元来大砲を載せる砲車に載せられたドロテアの棺を引く。棺の横でも近衛騎士が縦に並んで共に歩む。更にその後を、喪服を着た国王夫妻とジークフリート、アマーリエが徒歩で続き、近衛騎士の列が葬列の最後を締めくくった。


王族のパレードや葬列には沿道の民衆が付き物だが、コレラのために一定以上の人々が集まると、警備の王都騎士団に帰された。それでも夫の死後に情けない息子の国王を引っ張ってきた王太后ドロテアは人々の尊敬を集めていたので、沿道に人は尽きなかった。


ある一角に葬列が差し掛かったところ、沿道の人々の間に何かキラリと光るものがアマーリエの目に入った。


「ジーク!よくも騙したなああああ!死ねえええええ!」


人々の間からパオラが飛び出してきてジークフリートにナイフを向けた。アマーリエは彼女がジークフリートを刺す前に太腿のホルスターから素早く拳銃を取り出して彼女の左胸を撃ち抜いた。


「く…そ…末代…まで…た…た…って…やる…」


パオラは、その場に崩れ落ちて呪いの言葉を吐き、息絶えた。彼女の顔色は土気色で目は落ち窪み、髪はぐしゃぐしゃ、骨と皮のように痩せ衰え、貧しい少女が着るような薄汚れて粗末な服を纏っていた。その姿にジークフリートは胸を痛めたが、大儀の前には仕方ないとすぐに気持ちを切り替え、アマーリエに向き合った。


「アマーリエ、守ってくれてありがとう。驚いたよ。こんなに凄い実力だとは思わなかった。でも情けないね、僕の方が守られてしまって」

「いえ、ジークが無事で何よりです」


すぐに沿道で警備をしていた王都の騎士団がジークフリートの所に駆け付け、パオラの遺体を運んでいった。


ヘルミネはここぞとばかりにショックを受けて怖いと夫の前で騒いだ。


「キャー、フレデリック!!怖い、怖いわ!私、もう立っていられない!」

「ヘルミネ、君は墓地まで付いて来なくていい。王宮に戻って休みなさい――誰か、王妃を王宮まで送りなさい!」

「貴方、ありがとう!」


すぐにヘルミネの侍従アンドレがヘルミネを迎えに来てフレデリックはムッとしたが、それどころではないと我慢して押し黙った。ヘルミネは内心舌を出して夫はちょろいと馬鹿にした。


ただ、葬列を襲撃された影響は大きく、結局ヘルミネだけでなく、フレデリックやジークフリート、アマーリエもその場で王宮に引き返し、棺に付いて墓地に行かないことになった。

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