第9話 王宮での逢瀬
アマーリエは、本来なら婚約直後から王宮で王妃教育を受け始める予定だったのに、婚約してから半年間に何度も危険な目に遭ったのでまだ王妃教育は始まっていなかった。
事故から数ヶ月後、アマーリエには骨折した左腕と左肩をあまりうまく動かせない後遺症が残ってしまった。ヘルミネはドロテアに推薦されたアマーリエが気に入らず、後遺症を理由に息子の婚約者から引きずり降ろそうとしたが、ジークフリート本人とドロテア、オルデンブルク公爵の連携に阻止されて週に3回王宮での王妃教育がようやく始まることになった。
アマーリエは、王妃教育の後、ジークフリートの都合があえばアマーリエは彼とお茶を飲んで会話を楽しむ。優しいジークフリートと話すのは楽しくてアマーリエは彼と話せば話すほど、彼のことが好きになった。
その日も王妃教育の後、アマーリエはジークフリートとお茶を飲むことになった。ジークフリートは事前に聞いておいたアマーリエが今一番食べたいお菓子を用意させていた。ティースタンドの下段にはアレンスブルク王国の伝統的なチョコレートトルテが四角いミニサイズにカットされて置かれており、真ん中の段にはアマーリエの好きな苺と生クリームのトルテ、最上段には色とりどりのマカロンが載っていた。
「わあ、綺麗! これってソヌス王国の王都で流行してるマカロンですよね! わざわざ取り寄せてくださったのですか?」
「いや、王宮のパティシエに作らせたんだ。本場のがよければ取り寄せるけど、鮮度が落ちるからよくないか……」
「でもうれしいです」
「アマーリエが食べたいって聞いてソヌス王国王都のパティスリー・レ・セゾンのレシピを取り寄せたんだよ」
「それってあの『没落令嬢は白馬の王子様に溺愛されました』にも出てきたケーキ屋さんですよね!」
「君がそう言って喜ぶと思ってその菓子店を選んだんだよ」
「ソヌス王国出身の王妃陛下もきっとお喜びになりますよ。でもレシピって秘密じゃないんですか?」
「彼女には1個もあげる気はないね」
「えっ?!」
「けど僕は君のためなら何でもする」
にっこりと微笑む美少年にアマーリエの心臓はズキューンと射抜かれ、母親にマカロン1個すらあげたくないという彼の本音に驚いたことをすぐ忘れてしまった。
「ううう…でもレシピのためにお店を脅したりしてないですよね?」
「どうしたの、アマーリエ?大丈夫?」
「だ、大丈夫です。それよりケーキ屋さんを脅してないか心配です」
「僕がそんなことするって思ってるんだ。心外だなぁ。アレンスブルク王国王太子の品性が疑われるようなことをするわけないよ。王宮から門外不出にするから教えて欲しいって頼んだだけだよ」
「でもジークに頼まれたら断れる人なんていませんよ」
「外国のお店なんだから、そんなことあるはずないでしょう。アレンスブルク王室御用達って宣伝してもいいって許可を与えてレシピ代を払っただけだよ。それより遠慮しないで食べて。ほら」
ジークフリートは自分の前にある皿にマカロンとトルテを載せてアマーリエに渡そうとした。アマーリエは両手を伸ばして皿を受け取ろうとしたが、左手が震えて皿を落としてしまった。皿は割れなかったが、皿から落ちたマカロンとケーキがテーブルの上に転がった。
皿がテーブルの上に落ちた音を聞いてガゼボから距離を取って控えていた侍女達と護衛達が慌てて近づいて来た。
「私が皿を落としてしまっただけだ。護衛は下がってよい。皿と落ちた物だけを片付けてくれ」
テーブルの上を綺麗にして侍女達が下がると、ジークフリートはアマーリエに詫びた。
「ごめんね。僕が横着したから。僕が立って君の元に皿を持って行けばよかった」
「そんな!王太子殿下に給仕していただく訳にいきません!」
「ジーク、でしょ?」
「あ、はい…でもジークにそんなことしてほしいわけじゃないです」
「わかったよ…でも、その、左腕はまだうまく動かないの?」
アマーリエは、罪悪感に満ちたジークフリートの表情を見てしまったと思った。
「ええ、ああ、でもほんのちょっとだけですよ。日常生活には支障ないですから心配しなくても大丈夫です」
「実際、今みたいに支障あるだろう?済まない、私が不甲斐なかったばかりに…」
「ジークにそうやっていつも謝られるほうが辛いです」
「そうか…ごめん…」
「また謝った!」
「わかったよ。ありがとう。君は本当に…」
「『本当に』何ですか?」
「何でもないよ」
「教えてくれないのですね…つまらないなぁ」
その後、2人のお茶会は一転して葬式のように暗くなってしまった。その雰囲気が変わらないうちに侍従のルプレヒトが『お時間です』とジークフリートに話しかけてお茶会の時間は終わってしまった。
ルプレヒトはアマーリエを見送るジークフリートの背中に向かって話しかけた。
「殿下、本当に計画のことをアマーリエ様に言わなくていいのですか?」
「計画を知っている人間は少ない方がいい。それにアマーリエには余計な心配をかけたくない」
「知らないほうが浮気だとか変な心配をかけるのではないでしょうか?」
「浮気ってなぁ。彼女はまだ10歳だ。そんなことは思いもしないだろうよ」
「女を甘く見てると後でしっぺ返しが怖いですよ」
「それはお前の経験か?」
「そんなはずはありません。前国王陛下の教訓です」
「お前も大概不敬だな。でもわかったよ。お祖父様みたいなことにならないようにちゃんとフォローしておく」
「フォローってどうやって?これは本気じゃないから心配しないでねって馬鹿正直に言うんですか?」
「そんな風に言う訳ないじゃないか!」
「ではどうやったら殿下の意図がアマーリエ様に伝わるというのですか?」
ルプレヒトは残念な物を見つけたような目で主人を見た。
「し、しつこいな!話はもうお終いだ!」
ジークフリートは話を打ち切ってルプレヒトの前をどんどん歩いて行った。
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