第8話 王弟の野心

厳密に言えば、アメリーがこの世界で目覚める前のことも書いていますが、話の都合上、第8話に入れます。


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 フレデリックの異母弟アウグストの性格は、異母兄とかなり違う。育った環境故に用心深く、人を中々信じられず、傲慢で欲深く、野心が大きい。王位継承権2位の王弟で宰相かつナッサウ公爵なのだから、国内では国王と王太子の次に地位が高いのに、欲の深いアウグストは最高位を目指したくなった。


 アウグストが父のお手付きになった元王宮侍女の母と市井で暮らしていた頃、父親らしき男性がアウグストの寝入った後に時々こっそり訪れて援助もしていることは、子供ながらも薄々気付いていた。母に聞いても決してその人が誰か教えてくれず、誰が父親かも知らなかった。


 援助があっても貴族の妾程度の生活水準であり、フレデリックら異母きょうだいの育った環境とは比較にもならない。10歳にも満たない歳で何が何だか分からないまま実母と引き離されて高齢のナッサウ公爵に引き取られ、愛情も金銭もかけられず、公爵令息とは程遠い環境で育てられた。


 単なる君主と臣下の関係とずっと信じていた国王エルンストが死にそうになってから『自分が実の父だ』と告白してきても全く嬉しくなかった。死の床で体温を失いつつあった実父を見ても悲しみはわかず、今までの苦労は何だったのだと彼を呪った。


 それ以来、アウグストのたがが外れた。国民に大きな負担をかけずに借金に喘ぐ王国の財政を立ち直そうと頭を悩ませていたのが馬鹿馬鹿しくなった。反対派を力でねじ伏せて増税に踏み切り、賛成派に袖の下を配って自分の派閥を大きくし、私腹も肥やした。国民には圧政の元凶として嫌われたが、どうせ最終的にはエルンストの次に即位した国王たる異母兄フレデリックの責任だから、自分の即位を支持する高官を増やすほうが重要だ。フレデリックはちょっと兄上~と慕ってみせれば、ちょろいので簡単に誤魔化せた。


 4歳年上の義姉ヘルミネはほとんど王宮にいないから数に入れる必要はない。それどころか今や顔すら見たくない。可愛さ余って憎さ百倍だ。アウグストは、彼女を初めて見た時、全身にビビビッと電撃が走った。それ以来、兄の目の届かない所で彼女に言い寄ったが、王宮内の色々な男を愛人にしている癖に彼女はアウグストに全く靡かなかった。言うに事を欠いて『私は面食いですの』だと!


 彼の目鼻立ちは何だかちぐはぐな印象を与え、美男子の異母兄フレデリックに遠く及ばない。奥二重の目と薄い唇、受け口は神経質で酷薄そうに見えるのだが、大きな鼻と太い眉はその逆の印象を与える。残念ながら両親の悪い所ばかり掛け合わせて引き継いでしまったようだ。


 実父死去後に娶った国内の高位貴族出身の妻はヘルミネにも負けず劣らず美しく、彼は知らず知らずのうちに自分の容貌への劣等感を美しい妻で補完していた。しかもヘルミネと違い、王宮で宰相として仕えて滅多に領地に帰れない夫のために健気に領地経営の代理を務めていると評判であった。アウグストはヘルミネを悪妻と陰で笑い、フレデリックに対して仄暗い優越感を持った。でも実際にはアウグストの妻も似たり寄ったりであった。彼女はアウグストに隠れて領地の公共事業費から金を抜いたりして私腹を肥やし、ナッサウ公爵領の領民の怒りはアウグストの知らぬうちに徐々に蜂起寸前まで膨れ上がっていった。


 フレデリックと違って継母ドロテアはアウグストを徹底的に嫌った。でもあの猛者も寄る年波にはもう勝てない。後はちょろい異母兄とまだまだ子供の王太子だけ。我が世の春は近いはずだった。


 アウグストの成功の方程式は、王位への欲望と自慢の妻から崩れていった。


 ある日、アウグストの王都の屋敷に招かざる客が事前の約束なしに訪れた。


「何の用でここに来た?」

「お分かりになっているでしょう?」

「いや。私から言うことはない。用件がそれだけならもう帰り給え」

「……やはりは出来が違いますね」

「褒めても何も出ないが? 単刀直入に言え」

「いいでしょう。王になりたくありませんか?」


 アウグストはすぐにその人間を屋敷から追い払った。それを何度も繰り返し、2人は徐々に距離を詰めていった。

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