第24話 心中の地
人が死ぬ場面があります。
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ジークフリート達がバウアーリンクへ行く前日の8月14日のこと――
いつものようにジークフリートの側に控えていたルプレヒトは突然フレデリックに呼び出された。ジークフリートは一緒に行くと言ったが、フレデリックの侍従はルプレヒトだけが呼ばれていると困惑したので、ルプレヒトは1人で行くとジークフリートを説得した。
ルプレヒトが一人でフレデリックの私的な応接室に通されると、フレデリックはヘルミネの愚痴や世間話など、全く緊急でないことを延々と話し、紅茶を勧めてきた。国王が勧めるものを断るのも失礼なので、飲んだところ、ルプレヒトは急に眠くなった。後のことは全く覚えておらず、王宮の敷地内にある独身官僚用の住居棟の自室で目覚めた。
ルプレヒトは嫌な予感がして王宮のジークフリートの部屋に駆け付けた。扉の前で番をしていた護衛2人は彼の行き先を知らなかったものの、1時間ほど前に1人で出て行ったと証言した。
ルプレヒトは、急いで馬と馬車を管理している厩に行き、馬丁と御者にジークフリートのことを聞いた。最初は誰もジークフリートの行き先を知らないかと思われたが、ある馬丁がジークフリートからメモをもらっていた。
ルプレヒトはそのメモを見てすぐに馬に飛び乗り、オルデンブルク公爵家まで急いだ。屋敷に到着すると息せき切って門番にアマーリエへの取次を頼んだ。アマーリエは突然ルプレヒトが訪ねて来て驚いた。
「ルプレヒト!どうしたの?」
「殿下がアーデルグンデ嬢とバウアーリンクへ2人きりで出掛けた!」
それを聞いてアマーリエは驚いた。今年はまだ王国歴452年で、歴史上のジークフリートがバウアーリンクで心中するのは455年だ。
「え?!いつ外出したの?」
「護衛に聞いた時には1時間ほど前だって言っていたから、2時間ほど前だと思う」
「どうして貴方は付いて行かなかったの?」
「陛下に睡眠薬を盛られて2時間前に目が覚めたんだ」
「えっ?!いったいなぜ?!」
「それは後回しだ。嫌な予感がする、急いで行こう!」
ルプレヒトとアマーリエは急いで馬でバウアーリンクへ向かった。この風光明媚な王家の別荘地は通常なら王都から馬車で1時間ほどの所にあるが、2人は馬を急がせて四分の三ほどの時間で到着した。
別荘の門の前で退屈そうにしていた門番は、血相を変えて駆け付けてきたアマーリエとルプレヒトに驚いた。
「王太子殿下が今日いらしただろう?」
「は、はい…き、今日、お、王太子殿下は令嬢と2人でい、いらしてます」
アマーリエとルプレヒトはあっけにとられた門番を尻目に館の扉へ急いだ。2人はそのまま不調法にも扉を開けて中に入ろうとしたが、鍵がかかっていた。ノックをして誰かが出てくるのを待つのももどかしく、執事が扉を開けるまで永遠とも思える時間がかかったように2人には感じられた。扉の間から姿を現した執事は、2人のあまりの権幕に驚愕した。
「あ、あの、殿下はヴァッカーバート伯爵令息様以外、お通ししないようにおっしゃっていましたが…」
健気にも執事はジークフリートの命令を守ろうとおずおずと主張した。
「そんなことを言っている場合じゃないんだ!」
「そ、そ、そう言われましても…」
その時、銃声が数発続けざまに館の中から聞こえた。
それを聞いてアマーリエ達は、執事を押しのけて家の中へ飛び込んだ。
「ジークっ!無事なの?どこにいるの?」
「殿下!聞こえたら返事して下さい!」
アマーリエは半泣きで取り乱し、廊下の片っ端から部屋を開けようとしたが、全部鍵がかかっていた。その時、ようやく執事がやって来てジークフリートが使っている部屋に2人を案内した。アマーリエがノックしても返事はなく、扉には鍵がかかっていた。執事はこの部屋の合鍵をとある人物に取り上げられたので、持っていなかった。ルプレヒトは扉に体当たりをしたが、戸板が揺れただけで扉はびくともしなかった。
「ああ~、そんな!ジーク、ジーク!無事なの?開けて!お願い、開けて!」
焦燥したアマーリエは手を胸の前で合わせて扉の前でウロウロし、ひたすらジークフリートを呼んだ。
「アマーリエ様、落ち着いて。――おい、君、斧を持ってきなさい!」
執事が斧を持ってくると、ルプレヒトは扉を斧で破壊した。破れた扉の間から、蹲るジークフリートが2人の目に入った。彼は右手に拳銃を持ったまま、左肩を押さえて大きな息をしていた。
「ジーク!」
アマーリエとルプレヒトは部屋の中の様子を伺いながら、中に飛び込み、ジークフリートに近づいた。床には女性1人と男性1人が倒れているが、既に息絶えているようなので反撃される危険はなさそうだった。
「ジーク、肩を撃たれたの?立てる?」
「いや、立てない。脚も撃たれた」
アマーリエは執事に村から医師を呼んでくるように頼み、ジークフリートの銃創の応急措置をした。
その間にルプレヒトは倒れている男性に近づいた。彼はこと切れていた。アマーリエには彼が誰だか思い出せなかったが、ルプレヒトには見覚えがあった。アンドレがヘルミネの側近補佐として王宮に呼び寄せたロベールだ。
倒れている女性はアーデルグンデだった。額を撃ち抜かれており、生きていないことは明らかだった。彼女は手に何か紙を握っていた。アマーリエはそっと彼女の拳を緩め、紙を広げて読んで息を呑んだ。
「ジーク、ルプレヒト、これ!」
それはアーデルグンデの最期の良心だった。
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