番外編第3話 射撃練習

 アマーリエが這う這うの体で着いた先は、最初の家と同じような建物だった。


 ジルヴィアはアマーリエに耳当てを付けた後、拳銃を壁の的に向かって撃ってみせ、見事に真ん中を撃ち抜いた。深窓の令嬢であるアマーリエだけでなく、現代の女子大生アメリーも拳銃など触ったことすらなく、アマーリエは銃身と銃倉の間から漏れる煙と射撃の轟音に怖気づいてしまった。


 この時代には、まだ排莢や次弾装填を自動化した半自動銃(セミオートマチック)は発明されていないので、ジルヴィア達諜報員が使うのは回転式拳銃、別名リボルバーである。使用している拳銃はダブルアクションなので、トリガーを引くと、撃鉄が通常位置から撃発準備位置まで後退してそのまま射撃できる。


 ジルヴィアがアマーリエに右手で拳銃のグリップを持たせ、試し撃ちさせると、撃った反動で銃身が上に跳ね上がってしまった。アマーリエの拳銃には、弾丸の入っていない空包が入っており、反動がなくなるまでは空包を使うことになった。だが空包でも怪我の危険が全くないわけではない。


 両手でグリップを持つと拳銃が安定して命中率が高まる。しかし諜報員は素早く撃たなくてはならないことが多く、その場合は両手でグリップできないこともある。だからアマーリエは両手だけでなく、右手でも左手でも片手グリップでも的に当てられるように射撃練習することになった。ただし左手での練習は、左腕と左肩の機能回復訓練の後に開始する。


 アマーリエが右手と両手でそれぞれ数発射撃練習した後、空包がなくなった。


「射撃練習はこれで終わりにしましょう。次からは拳銃の手入れの仕方も教えますね。さあ、上に上がって下さい」


 ジルヴィアはアマーリエに階段を指さした。最初の家にも、立ち入らなかったものの、同じようなロフトのような上階があった。上階の床は途中で終わっていて吹き抜けになっており、ロフトの端からは家の入口が見える。


 ジルヴィアは床に立て掛けてあった等身大の人型の的を扉に立て掛け、上階に上がってきた。


「柵の上からでも柵の間からでもあの的にナイフと射撃が当たるようにするのがこの訓練の目的です」


 そう言ったジルヴィアは初め、ロフトの柵の上から、次に柵の間からナイフを投げ、的に当てて見せた。アマーリエがやってみると、柵の上から投げたナイフは扉に遠く及ばなかった。柵の間からはナイフを投げる反動をうまくつけられず、ナイフはまるで落としたかのように1階の床にぼとりと落ちた。


「私にできるようになるとは思えないわ……」

「練習をすれば、お嬢様にもできるようになります。でも今日はこれで終わりです。立ち姿勢で投げたナイフが当たるようになってから上階からの攻撃練習を始めます」


 ロフトからの射撃練習も、立ち姿勢で射撃ができるようになってからということだったが、ジルヴィアはアマーリエに見事な手本を見せてくれた。


 これで今日の練習は終わりと聞き、アマーリエは緊張の糸が途切れて突然身体が鉛のように重くなってその場に崩れ落ちた。気が付いた時には、公爵邸の自分の寝室で横になっていた。


 アマーリエは、その後もジルヴィアと訓練を続ける一方、侍医の下で左腕と左肩の機能回復訓練を行った。残念ながら効果はさほど見られなかったものの、数ヶ月後にアマーリエは左腕を肩よりほんの少し上に持ち上げることができるようになった。そこで左手でのナイフ投擲や射撃の練習を開始したが、苦手意識は拭えなかった。その他、アマーリエは武器を使わない体術での攻撃や守りの練習も開始し、暗器や拳銃の手入れも自分でするようになった。


 諜報員には攻撃や守りだけではなく、情報収集も重要だ。その手段としてアマーリエは、野営や食料の入手方法、変装の仕方、鍵の開け方など色々身に着け、乗馬も上達した。人に不信を持たせずに雑談から情報を引き出す話法も、アマーリエはジルヴィアと練習し、訓練開始から1年後には立派な諜報員に仕立て上げられた。

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