第15話 アマーリエの懇願

 どんな事が身に起きようとジークフリート付きの諜報員になりたいというアマーリエの懇願をルードヴィヒは簡単には了承できなかった。愛娘に何が起きてもいいなど思える訳がない。


 アマーリエも父の気持ちは分かるだけに切ないが、ジークフリートの命には代えられない。アメリーがアマーリエとして目覚めた当初、ルートヴィヒとシャルロッテが両親でフィリップが兄だという感覚にまだ慣れなかったが、彼らの家族愛に包まれた数年間はその感覚を変えた。


「お父様、ごめんなさい。お父様もお母様も悲しませたくはないんです。でも何があっても殿下を失いたくない。お父様が許して下さらないのなら、私独自に活動します。もちろん、そちらの方がです」


 ジークフリートもルードヴィヒに諜報部隊入隊を拒否され、自分だけで活動すると彼に宣言した。そのジークフリートが今、どのように諜報活動をしているかルードヴィヒも知らないわけではない。そんなことを自分の娘にさせたくはない。


 ルードヴィヒは、悲壮な覚悟を決めている娘を見つめ、大きなため息をついた。


「…分かった。認めよう」

「お父様! ありがとう!」


 アマーリエは飛び上がるように立ち上がって向かい側のソファに座っている父に抱き着いた。ルードヴィヒは娘が喜んだのは嬉しかったが、複雑な気持ちだ。


「喜ぶのはまだ早い。情報収集をする仕事はさせない」

「お父様! 私は殿下を守るためなら手段は選びません!」

「それを承知しないなら入隊させない」

「それでは活動します」


 父娘はテーブルを挟んで睨み合った。


「そんなことをしなくても殿下を守るために情報収集はできる。必要なら他の諜報員にもさせることはできる。お前は身を守ることを一番に考えてくれ。それにお前には左腕と左肩のハンデがあることも忘れてはならないぞ」

「他の女性にさせることを娘にはさせたくないって酷いことを言っている自覚はありますか?」

「……あるよ。でも諜報員は何でもする覚悟で諜報部隊に入っている。元々、お前は殿下と婚約した以上、諜報員になる予定はなかった」

「私も諜報員になるのでしょう? それなら何でもする覚悟はできています」

「私は入隊させるとは言ったが、お前は正式な諜報員になれないだろう」

「どうして?! お父様は今さっき了承してくれたではありませんか! 嘘だったのですか?!」

「正式な諜報員の任命には王家の認可が必要だ。お前の入隊には正式な許可が下りないはずだ。だから国王陛下と王太后陛下、王太子殿下にも話は通すが、お前は非公式な諜報員になるだろう。だが王太子殿下直属にしてもらおうと思う」


 アマーリエは、非公式な諜報員という立場に不満を持ったが、ジークフリート直属になるのなら悪くないと思い、了承した。


 ルートヴィヒはヘルミネ以外の王室メンバーと話した結果、ジークフリートにはかなり渋られたものの、訓練が済み次第、アマーリエはジルヴィアと共に彼専属の諜報員となることに決まった。ジルヴィアは普段侍女を務めているが、実は諜報員でもある。彼女がアマーリエの訓練を担当することになった。


 ジルヴィアのようにオルデンブルク公爵家一門の貴族女性が諜報員になるのは珍しい。なったとしたら、縁談相手は一門の中だけに限定される。ジルヴィアは22歳でこの時代ならとっくに結婚していておかしくない歳だが、少なくともアマーリエが嫁ぐまでは彼女に仕えたく、できれば嫁いだ後も仕え続けたいので、結婚はしなくてもいいと思っている。


 女性と違って、公爵家一門の男性はほとんどが諜報員の訓練を受ける。中にはジークフリート個人付きの諜報員エミールのように脱落する者もいるが、任務や訓練の内容を外に漏らさないという誓いを立てて諜報部隊から離脱する。それを破ったら家族に類が及ぶ。エミールは誓いを破ったが、家族は無事だ。でもルードヴィヒにはエミールの今の主人が誰か、もちろんばれている。仕え先がジークフリートだから黙認しているだけだ。


 アマーリエが非公式な諜報員になることに決定してから数日後、彼女はジルヴィアの元で諜報員としての訓練を始めた。それは今まで貴族令嬢としてだけ育ってきたアマーリエには、想像を絶するほど厳しいものだった。

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