第7話 王家の諜報部隊

 ジークフリートがオルデンブルク公爵家に来るのは、アマーリエの見舞いのためだけではない。公爵が在宅中の場合、見舞いの前後に彼と話し込む。


 その日もジークフリートは、アマーリエの見舞いの後に人払いをして公爵と話していた。もう何回も同じお願いをしたが、公爵が突っぱねているのだ。


「私を諜報部隊の一員にして下さい」

「殿下もご存知でしょう。王室の方々は諜報員にはなれません」

「王家の者が諜報員として働けないという明確な規則があるわけではないだろう?」

「そうだとしても殿下は陛下の唯一の王子。ご存知のように諜報部隊には危険な任務もありますし、ターゲットと情報収集することもあります。」

「私だって閨教育はもう受けた」

「王家の血をばら撒くようなことがあれば、後々争いになります。それに私もいくら任務だとしても、父として娘の夫となる殿下に他の女性と関係を持つように勧めたくはありません」

「公爵は仕事に私情を挟まないと思っていたが、そうでもないのだな。私だって妻となるアマーリエと以外の女性と関係を積極的に持ちたいわけではない。その辺はうまくやって最後までやらないようにするよ」

「そうもうまくいかないのが現実です」

「そうだとしても避妊は徹底するし、アマーリエと父上達には絶対に内緒にする」

「私どもは王家の諜報部隊です。国王陛下の意思の下に動いております。国王陛下が反対することをわかっていて殿下をこっそり隊員にするわけには参りません」


 オルデンブルク公爵家は代々王家の諜報部隊を率いている。アマーリエの4歳上の兄フィリップは、今年から有力貴族子弟の在籍する寄宿学校に入学し、学業の傍ら生徒達を監視している。入学前には諜報部員として一通りの訓練を終えた。アマーリエは訓練を始める前に王太子の婚約者となったので、婚約解消しない限り、諜報員になる予定はない。王室メンバーは諜報員として働かないという不文律があるからだ。


 ジークフリートが父フレデリックに内緒で諜報員として活動したいのは、母ヘルミネとその愛人と目される侍従達や王宮に勢力を伸ばす革命派の動向を見張りたい故である。ヘルミネはもう何年も前に旅先で出会った青年に感化されてジークフリートの家庭教師として自由主義信奉者を送り込むばかりか、自分の侍従としても雇った。幼かったジークフリートは当初、彼らの思想に共感したが、やがて彼らは隣国の革命派に繋がっているのではないかと疑うようになった。もちろん彼らの動向はオルデンブルク公爵家も追っているが、母の侍従は既に王宮内に革命派の網を張り巡らしているだろう。ジークフリートは王宮内部から彼らを探るには自分が最も適していると自負している。


 ヘルミネが王国に危険な思想や人間を持ち込んでも、フレデリックは惚れた弱みでヘルミネに強く出れない。ヘルミネの天敵の王太后ドロテアは、最近健康を害しつつあり、昔のようにヘルミネの行状に睨みを効かせられなくなってきている。


「そうですか。残念です。では自分なりの方法で隠密行動をします」

「殿下!」


 ジークフリートはルートヴィッヒの呼び止めも無視して公爵家を辞した。彼は自分なりに革命派を探ろうと決意していた。

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