第29話 理想の未来
塩見が学校を休むと言って本当に姿を消してから数日。
昼休み。俺は中庭のベンチに腰掛けて、体を投げ出すように空を仰いだ。
「ああ……」
星宮は相変わらず巻村と昼ご飯。毎日迎えに来るのは熱心という他ない。
星宮と塩見がいなくなり、残されたのは俺と桜野。4人の中でも特に犬猿の仲と言って差し支えない俺たち二人。塩見がいなくなった次の日から、俺たちは個別に昼ご飯を取るようになった。
というより、俺が勝手に購買でパンを買ってここで食うようになっただけなんだけど。
桜野と二人で飯食っても、お互い楽しくはないだろうしな。
「やっぱそういうことなんだよな……」
頭の中でぐるぐる巡るのはサラマンダーに言われた一言。
「わかんねぇなぁ……」
俺は今の現状が幸せに見えないと思ってる。なんで? 星宮も幸せだって言ってたのに。なんでそう思う? ただ嫉妬してるだけなのか? いや、でも俺は本当に星宮と付き合いたいとか思ってはいない。幸せでいてくれればそれでいいんだ。じゃあなんで?
やっぱり、孤児院で話した時の星宮がチラつくからだろうか。
「ずいぶんしけた面してるわね」
ふと、見上げた青空を覆う人影がひとつ。
なんとも平坦な体躯のおかげで、下から見上げても顔がよく見える。
「……72のA」
「なに? 呪文?」
「そんなとこ。それで、どうして桜野がここに?」
「……あんたを探しに来たのよ」
言いながら、桜野は俺の横にしっかり腰を降ろした。両手に飲み物を抱えて。
「は?」
「まったく、学食に来ないから見つけるのに時間かかったじゃない」
「え? 桜野が俺を探す? 体調大丈夫か? 保健室行くか?」
「なんでそうなるのよ!」
「今までの俺たちの関係性を考えろよ」
「べ、べつに私……御門のこと嫌いじゃないし」
「え……?」
「勝手に離れていかないでよ。あんたまで居なくなったら……寂しいじゃない」
桜野は恥ずかしそうに言って頬を朱く染めた。
え? 本当にどうした桜野? お前……ツンデレうさぎだったのか? 寂しいと死ぬから俺で我慢しようとしてるのか? 待ってちょっと現実を受け入れきれてない。俺がいなくなると寂しいとか……不覚にもグッとくるじゃねぇかよ。
「ん! 差し入れ! 受け取りなさいよ」
言われるままに受け取れば、それは缶コーヒーだった。
「押し付けられる差し入れって……あの、俺ブラック苦手なんだけど」
「あんたの好みわかんなかったんだから仕方ないでしょ!」
それにしたってさ……もっとこう万人受けするのとかあるじゃん。
しかし、あの桜野が何の迷いか俺に持ってきた差し入れ。貰ったものにこれ以上文句を言うのは失礼か。ブラック苦手だけど。嫌がらせじゃ、ないんだよな?
「……この前はいきなり怒ってごめん。やつ当たりだったわよね」
桜野は自嘲気味に笑って自分用に買ってきた炭酸飲料の蓋を開けた。
俺もそれがよかったなぁ。なんて思ったり。仕方なしに俺もコーヒーの蓋を開けた。
「ちゃんと反省できて偉いぞ」
「そこは大丈夫だよって言うところでしょ!」
「結論ありきで謝るなよ……」
「ほんと……あんたってやつは……」
悪態を吐きながらも、桜野は呆れたように笑う。
「ひかりもひかりよ! なんか急に彼氏作るし、付き合い悪くなるし、それに……」
口を尖らせて、足をバタバタ振る桜野。
「なんだ? 愚痴を聞いて欲しいのか?」
「ひかり……あんたになんか言ってなかった?」
伺うような視線。たぶん、これが本題か。
「何かって?」
「巻村君と付き合うにあたっての何か、とか」
「いや、なにも。逆に桜野は何か知ってるか? 星宮のこと」
「たぶん……何もしらない」
「星宮が孤児院にいたことは?」
「それは知ってる。てかあんたこそいつその話聞いたのよ?」
「この前にちょっとな。でも、それなら何も知らないことはないだろ」
「そんなの知ってる内に入らないわよ。何を考えてるとかは、何も知らないんだから」
「なるほど……じゃあ、差し入れのお返しに、俺が知ってる範囲は話すとするか」
桜野の返事を待たず、俺は孤児院で星宮から聞かされたことを桜野に話した。
なんとなく、桜野には知る権利があると思った。いや、もしかしたら、この話を俺が一人で抱えていたくなかったのかもしれないけど。
とにかく、俺が知る限りのことを全部桜野に話した。その方がいいと思ったから。
「ひかり……そんなこと考えてたんだ……」
桜野は一瞬視線を落としたあと、すぐに俺を見て、
「人の秘密を易々と話すのはいけないんじゃなかったの?」
言葉とは裏腹に、微笑みながらそんなことを言ってきた。
「言った方がいい時は言うって言ったはずだぞ」
「じゃあ、今はその時だったんだ?」
「桜野は星宮の親友なんだし、知っておいた方がいいだろ?」
「御門……ありがとう」
「やめろよ。そんな笑顔を向けられると、うっかり惚れそうになる」
「嘘つき。ひかり以外目に入ってないくせに」
桜野の声はどこかスッキリしたものだった。
「御門のおかげで、最近悩んでたことが解決した!」
「それは何より」
「ひかりは巻村君が好きで付き合ってるわけじゃない。それを確信した」
桜野は、そうはっきりと口にした。
「……なんでそう思った?」
今の会話の中にそれと判断できる要素があっただろうか。
それは俺が全く考えていない角度からの回答だった。
「あのさ、ひかりはずっと失うことを怖がってたんでしょ? それを御門に話した数日後に解決しちゃうなら、もうとっくに解決してるって思わない?」
「でも、星宮は巻村っていう大切を作ってるだろ?」
「だから、巻村君は大切じゃないんでしょ?」
「……」
なんというか、桜野の言葉がすごく俺の中で腑に落ちた。
どうして星宮が幸せそうに見えないのか、俺はずっとその理由を考えていた。それでも俺の中で明確な答えが出ないから悶々としていた。
でも、そうか。桜野の考えでいけば……。
「つまり、星宮には巻村と付き合わなきゃいけない理由があった?」
「私はそう思う」
桜野は力強い視線を俺に向けた。
「ひかりは失うことを怖がっている。ひかり本人が言ったならそうなんだと思う」
「じゃあ、星宮は何かを失いたくなくて巻村と付き合ってる?」
あくまで今の話をまとめた時に浮かび上がる仮説にすぎないけど。
「巻村君を悪く言いたくはないけど、なんだかそれが一番可能性ありそうなのよね」
たぶん、俺たちの知らない何かが隠れているんだろう。
「というわけで、よろしくね」
「なにを?」
「ひかりのこと」
「俺にどうしろと?」
「……わかんない」
まさかの匙を投げる回答。
「でも、御門なら何とかしてくれそうな感じがするの」
「なにをすればいいのかわからないのにか?」
「ひかりのためなら何でもできるでしょ? それに、ひかりが御門に自分の胸の内を話した理由を考えてみてよ」
「理由……」
「きっと、助けを求めたかったんじゃないの?」
「俺にか?」
「御門が思う以上に、ひかりは御門のこと信用してるから、自信を持ちなさい、よ!」
そう言って、桜野は俺の背中を思い切り叩いた。
絶対普段の鬱憤も含まれている。元気づける強さじゃなかった。
「いってぇ……」
「好きな女の子が困ってるなら、それを助けてこそじゃない?」
桜野の言葉を聞いて、あの日に交わした星宮との会話を思い出す。
『もし、大丈夫じゃなかったらどうする?』
『そりゃ、命を懸けて助けるだろうな』
そういや、大丈夫じゃなかったら、命を懸けて助けるって言ったなぁ。
きっと、大丈夫じゃなかったんだよな。だからあんな話を俺にしたのか?
「まさか……桜野から背中を押されるとはな」
そう言って、俺は覚悟を決めるように缶コーヒーを一気に飲み干した。
幸せだと思った。思いたい世界があった。でも、きっとそうじゃなくて。
その未来を選ぶ背中を押したのは俺で。だから見て見ぬフリをしていたのかもしれない。
「……苦い」
反省しろ、とでも言われているような苦さだ。
「でも……目は覚めた」
「やる気になったみたいね」
立ち上がり、ゴミ箱に向かって空き缶を投げれば、奇跡的に一発で入った。
「ああ……どうやら、これは俺が思い描く未来じゃなかったらしい」
推しの幸せを近くで眺めたい。そう思ってここまで生きてきた。
じゃあもし、推しが幸せそうに見えなかったら、その時はどうするんだろう。
俺はプレイヤー。あくまで物語を近くで眺める傍観者。
「よし……」
そんな都合のいい言葉は、空き缶と一緒に今捨てた。
「やるか」
どう考えても、俺はもう当事者なんだから。
理想の未来を掴みたいなら、自分の手で描くしかない。
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