第15話 忘れなさい
「ほんっと信じられない! 惚れ薬ってあんた馬鹿なの!?」
椅子に正座しているアクロバティックな俺を桜野がこれでもかと𠮟りつける。直接の被害者なので潔くサンドバックになる他ない。
「なんでこんなことしたのよ!?」
机の上にはふたつの小瓶。惚れ薬と、解毒薬が置かれている。
「いや、ほら、子供はおもちゃを手に入れたら遊びたくなるだろ?」
「おもちゃの次元を超えてるでしょこれは!」
「飲んだら本音しか言えなくなる薬よりマシじゃね?」
「比較対象がおかしいでしょ! ってかなに? そんな薬あるの!?」
あるんだなこれが。サラマンダーお手製のとんでも薬があるんだよ。
さすがに実験段階でやばさがわかったから未来永劫作られることはない。
「御門はなんでこんなことを? 中々にやんちゃな遊びだと思うけど?」
「そりゃ……恋なんて興味なさそうな塩見が恋するところを見てみたかったから」
そしてあわよくば星宮への恋の残滓を植え付けたかったから、とまでは言えない。
「お前なぁ……」
「下手したら死にたくなるだけだから。試しに飲んでみろって」
「あれを見て飲めと言うのか……」
「大丈夫。俺は何回か試したけど、体は無事だ」
「なんか意味深な言い方なんだが? というか結構体張ってるんだな」
「ちゃんと試してからじゃないと薬をくれない製作者様の意向があるんだよ」
「試した上で俺に飲ませるのか?」
「楽しいことは、みんなで分け合わないとな」
「楽しくなさそうだったが?」
塩見は尚も怒りが収まらなさそうな桜野を見やる。後ろに鬼が見える。
「ま、なんであれ薬の力に頼るのはよくないってことだね」
そう体よくまとめて、星宮はグラスに入った水を煽った。惚れ薬入りの。
「「「あ……」」」
全員の視線が星宮に向く。当の星宮はそれに気づいてない様子。
お、おお? これはどうすればいいんだ? というかまずい。このまま星宮が誰か知らない人を見たら、その人に惚れてしまう。それはまずいぞ。せっかくなら塩見に……いや、そもそも変な愛の言葉を紡ぎ続ける星宮の姿はあまり見たくない。
「あの……どうにかなる前に早く解毒薬飲むことを勧めるぞ?」
経験した俺だからこそわかる、あの理性と本能のマリアージュ。最悪を煮詰めたようなそれを感じる前に、さっさとなかったことにした方がいい。
「え、なんで?」
「あ……」
そう思って解毒薬を勧めたが、その流れで星宮とばっちり目が合ってしまった。
惚れ薬は、飲んで最初に見た者へ好意を抱く。
それはつまり……。
「……ん!」
そして、星宮は可愛らしいかけ声で俺に抱きついてきた。
「ほわわわわわわ!?」
あまりの出来事に今日イチで気持ちの悪い叫び声が出た。
「ほ、星宮!?」
「むふぅ……」
抱きつかれる力がどんどん強くなる。星宮は幸せそうに表情を崩して、ただ力強く俺を抱きしめ続ける。え? 可愛いがすぎんか? 俺は大きなぬいぐるみか? もうぬいぐるみでもいいや。
てか、む、胸の感触が……意識しないようにしていても嫌でも感じてしまう。違うんだ煩悩はないんだよ。ただ客観的事実を述べてるだけなんだ。だから桜野……そんな人を殺しそうな顔をするな。これは幸せな事故だ。
でも……振りほどけないっ……!
「ちょ、ちょっとひかり! 離れなさい、よ!」
桜野が慌てて星宮を俺から引き剥がそうとするも、星宮は微動だにしなかった。
「ひかり!? 御門もなんとかしなさいよ?」
「え? 何とかする必要ある?」
今は最高に幸せなんだが? 何をしろと?
「何言ってんのよ馬鹿!」
「……っ!」
「ぐぇっ!?」
今まで俺に抱きついていた星宮が、急に我に返って俺を突き飛ばす。
浮かんだ表情は戸惑い。星宮は震える手で解毒薬を口に含んだ。きっと心の中では様々な葛藤があったに違いない。
「だ、大丈夫か?」
この気持ちは惚れ薬を試した人にしかわからない。この突然冷静になるあの感覚は。
「はは……これは……中々に強烈な薬だね……」
疲労困憊の星宮。どこか目が泳いでいる。
まあそりゃ、好きでもない男子に抱きついたらそうなるわな。
でも……柔らかかったなぁ。
「ちょっと……鼻の下伸びてるわよ?」
「……それは許してほしい」
だってさ、あんな経験チェリーには刺激が強いって。
抱き着かれるとか夢の中でしか見たことないんだぞ。少しは余韻に浸らせてくれよ。
「ダメよ……忘れなさい」
桜野は厳しかった。
そんなこんなで慌ただしい昼休みは終わった。
放課後、サラマンダーに惚れ薬を返したら、彼女は俺の目の前でそれを流しに捨てた。
正しい選択だと思う。
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