第16話 馬鹿と何かは高いところが好き

 考え事をするとき、屋上に向かうといいと言ったのは誰か。


 馬鹿と何とかは高いところが好き、なんて言葉もあるけど俺はきっと馬鹿じゃない。もうひとつの何とかだろう。そんな自負をしながら屋上へ足を運ぶ。


 なんとなく、今後の作戦を一人でぼけっと考えたい気分だった。


 そんなわけで屋上のドアを開けたわけだが、


「ごめんなさい。私はこれからも友達のまま、がいいかな」

「どうして? 僕じゃダメかな?」

「その……今は誰とも付き合う気はないんだ。ごめんね」


 あ、これ告白だ。と気づいた時には既に遅し。ドアの音で俺の存在に気がついたんだろう、二人の目が俺を見る。え……気まず。なんてタイミングで来てしまったんだ俺は。


 一応状況だけ確認しておく。


 一人は我が女神星宮。そしてもう一人は最近なにかと見かける巻村だった。


 そうか、とうとう本気で狙いに行ったのか。でもこの調子だと結果は……。


「あの……どうぞごゆっくり」


 一応、最低限の空気は読ませていただきますよ。


 というか、早くこの場を去りたかったり。晴れてんのになんか空気重いんだって。


「わかった。今日はこの辺にしておくよ」


 だけど、巻村はそこでイベントを切り上げたようだった。


 今日は、か。まだ諦めない姿勢を見せる巻村。その根性は素晴らしい。


 そのまま踵を返し、去り際、俺だけに聞こえる声で囁く。


「タイミングいいね、御門君」

「邪魔して悪かったな……」

「あれ……僕が振られて喜ぶのかと思った」

「お前の中の俺は相当悪人らしいな。それはこの後するんだよ」

「結局するんだね……でも、僕もまだ負けないからね」


 最後にそんなセリフを残して、巻村は屋上から姿を消した。だからあいつは誰と戦ってるんだ?


 巻村が去った屋上には俺と星宮だけが残される。


 無言の時間。時折吹き付ける風の音がよく聞こえる。


「じゃあ俺も部活に……」

「待って」


 とりあえず場所を変えようと反転したら、星宮から呼び止められた。


「御門君は部活してないよね?」

「今日だけ臨時でサラマンダーのところへ体験入部に行くのを思い出した」

「告白を断って傷心してる友達を慰めようとは思わないのかな?」

「それって断られた方にするやつじゃね?」

「断る方だって辛いんだよ。慰めてよ」


 星宮は真面目な感じで俺を見つめる。どうやら本当に慰めてほしい感じ?


 告白を断る方も辛い。言ってみたいセリフである。だってそれって告白されないと言えないセリフじゃん? 


 俺は2回目の人生を歩んでるわけだが、どちらの人生でも告白された記憶がない。前世の記憶は曖昧だけど、なんとなくこんなんだから告白されたことはないと思う。悲しいね、秋志。


「まぁ……星宮が言うなら」


 星宮がそこまで言うならいくらでも話に付き合うとしよう。本当はこういうポジションに塩見を持ってきたいんだけどなぁ。うまくいかねぇな。


 星宮は屋上のフェンスに背中を預けた。


 俺もそれに倣い、彼女の隣で同じようにする。青春の1ページっぽい。


「……今は恋人を作る気がないんだな?」

「まぁね。今は恋人がいなくても生きていける時代だから」

「時代はそうでも、それを個人に当てはめるかどうかは星宮次第だろ?」

「そうだね……」


 星宮は力なく笑った。いつも見てる明るくて元気な星宮の姿はそこにはなくて、ただ弱ってるだけの女の子の姿に見えた。


「んで、慰めて欲しいんだろ? 受け止めてやるからどんとこい」

「お、じゃあ全力で殴り込みに行っちゃうよ?」


 星宮は可愛らしくファイティングポーズをした。


「それを受け止めるくらいの甲斐性は持ってると思う」

「ふふ……やっぱり御門君は優しいね」


 ふと、星宮が微笑む。


「私さ、気づいたら告白されちゃうんだよね。何でだろうね?」


 どこか困ったように星宮は天を仰ぐ。


「そりゃ、星宮が最高に可愛い女子だからだろ。可愛い女の子に普通に話しけけてもらえれば、それだけで男は惚れる単純な生き物なんだよ」

「なら、御門君も告白してくるものでしょ?」

「好きです。付き合ってください」

「ごめんなさい」

「な? 結果がわかりきってるのに言っても仕方ないだろ?」

「じゃあ私のことは好きなの?」

「好きだよ」

「え……」


 その言葉に、星宮が固まった。


 俺に初めて見せた、明確な困惑だった。


「もちらん。友達として、な?」


 だからすぐに冗談にして誤魔化した。


「……」

「あの……無言で足踏むのやめてもらっていいですか?」

「乙女心を弄んだ罰だよ」


 ジトっと俺を睨みながら、星宮は俺のつま先を踏んで力をこめる。ご褒美。


 あ、そんなグリグリしないで。痛い痛い。本当に痛い!?


「ところで、御門君はどうして屋上に?」


 足を踏みながら訊かれる。そろそろ解放して?


「星宮が誰かに告白されると聞いていてもたってもいられなくなった」

「本当は?」

「ちょっと考え事をしたくてな」

「あ、煙と何かは高いところが好きだって言うもんね。だから屋上だ」

「……毒が強くないですか?」


 もしかして、さっきの好き弄りをかなり根に持っていらっしゃる?


 馬鹿となんとかは高いところが好きの回答は煙だったんだ。勉強になります。


「誰にでも考えることはあるんだなって思っただけ」


 星宮はようやく俺の足を解放してくれた。


 毒づきが否定されてないのは気のせいかしら。


「それは星宮も?」

「……そうだね」


 少し悩む仕草をしてから、星宮は頷いた。


「最近はちょっと色々考えてるかも」

「例えば?」

「適度な距離感は難しいなぁ、とか」


 それは、星宮が俺に初めてこぼした弱音な気がした。


 星宮はモテる。明るくて優しい人柄に男女問わず人気を集め、誰からも愛される存在。それが星宮ひかり。だから「あれ、星宮ってもしかして俺のこと好きじゃね?」と勘違いした男子によく告白されているとか。黒田情報。


「恋人はちょっとなぁ、とか」


 星宮は一瞬だけ表情に暗い影を落とした。けれど、


「だから、今の御門君との距離感が一番いい」


 すぐにいつもの笑顔でそう言った。


「お褒めに預かり光栄の極み」

「少し、話過ぎちゃったかな?」

「俺はいつまでだってウェルカムだ。それにまだ慰めてないし」

「あれは方便。ちょっと誰かと話したい気分だっただけだよ」

「俺でよかったのか?」

「御門君がよかったんだよ」

「星宮が男子に告白されるのって、そういうとこだと思うぞ」

「あ、酷い」


 でも自覚があるのか、星宮は冗談っぽく笑う。


「付き合ってくれてありがとう。ちょっとスッキリしたから私は部屋に戻るね」


 じゃあ、また明日! そう言って、星宮は軽快に屋上を去って行った。


 一人残った屋上。なんとなく、すぐに動く気分になれなかった。


 なんとなく、星宮の言葉が気になった。


「恋人はちょっと……なんなんだろうな?」


 あの一瞬。俺の知らない星宮がそこにいた。

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