第17話 知ってること、知らないこと
屋上で少し時間を潰してから、俺はサラマンダーの研究室へ足を運んだ。
「なぁサラマンダー、俺の話を聞いてくれよ」
「おい……勝手に私のお菓子を食べるな」
サラマンダーのお菓子ボックスからチョコを取り出せば、そんな言葉が返ってくる。
「いいだろべつに。減るもんじゃあるまいし」
「食べたら減るという概念を持ってないのか?」
「サラマンダーが買い足すから最終的にはプラスだろ」
「……まったく君は」
チョコの包みを開けて口に入れる。甘くて美味しい。
「黒田は?」
「今日は女の子が部屋で待っているらしい。挨拶だけして帰ったよ」
「なるほど」
特に羨ましくないのは、黒田の言う女の子は画面の中にいるからだろう。
きっとシナリオのいいところなんだろうな。わかるわかる。ある程度シナリオが進むと止まれなくなるんだよなぁ。
「それで、話とはなんだ?」
椅子の背もたれに体重を預けたサラマンダーが言う。
「恋人を作る気分じゃない女の子の心境ってわかる?」
サラマンダーの視線が鋭くなった。
「それを私に聞くのか?」
「身近で頼れる女子はお前しかいない」
「君がご執心な星宮ひかり嬢がいるじゃないか。彼女はモテるそうだから、乙女の気持ちなら私よりよっぽど適任だと思うが?」
俗世に興味を示さないサラマンダーまで知ってるとは、星宮がモテるのはそこまで知れ渡っていたのか。素晴らしい。これでどうして攻略対象じゃないのか。ほんとクソゲーだな。
「その星宮の話なんだよ」
「なるほど。気が変わって告白でもして振られたのか?」
「告白してる現場を偶然見ちゃった後に言われたんだよ」
「それはまた間が悪いな」
サラマンダーはコーヒーを一口飲んで続ける。
「まあいい。なら前提として、君は星宮ひかり嬢をどこまで知っている?」
「明るくて愛嬌があって誰にでもフランクに接する女神。好きなものは甘い食べ物全般で特にパフェが大好物。嫌いなものはピーマン。誕生日は7月7日。身長は152センチ。スリーサイズは上から78・53・80」
俺は暗記してる星宮ひかりのプロフィールを読み上げた。大好き過ぎて星宮に限っては全部覚えてるんだなこれが。しかし、話が進むにつれてサラマンダーの顔から表情が消えていく。
「どうした? そんなゴミを見るような目をして」
「ゴミを見ているんだよ」
「そりゃまた酷い言われようだなぁ」
「なぜスリーサイズまで知ってるんだ? どうやって仕入れた?」
「……企業機密だ」
ゲームの公式ホームページからだけど、それを言ったところでどうにもならない。
調子に乗って言い過ぎたか。
「変態だとは思っていたが……ここまで来るとただの変態の域を超えるな」
「……ちなみにサラマンダーは80のC」
「はぁ⁉︎」
サラマンダーは顔を真っ赤にして自分の胸を腕で隠す。そして目に涙を浮かべながら、恨めしい表情で俺を鋭く刺すような目を向ける。
「ななななな、なぜ知っているんだ⁉︎」
「なるほど、つまり合ってるんだな」
公式の情報は正しいとこれで証明された。あの数字って結構テキトーだからな。その数字でその大きさはないだろ。なんて思っていた過去もあったし。サンキューサラマンダー。おかげで素晴らしい情報を手に入れた。
つまり星宮のサイズも……俺は人類の禁忌に足を踏み入れたかもしれない。
「んなぁ⁉︎ 計ったな秋志ぃ!」
「お前が自爆したんだろ」
「う、うるさい! どうして誰にも言ってない私の情報を知っているんだ!?」
サラマンダーは涙目で訴えてくる。こことは違う世界では知ろうと思えば誰でも知れるぜ! とか言ったら泡吹いて卒倒しそうな勢い。
公式ホームページにバストサイズを記載するってよく考えたらとんでもないハラスメントだよな。プライベートな情報が漏洩しまくってる。なんかゲームのヒロインが可哀想になってきた。
場合によっちゃサンプルCGであられもないところまで暴露されちゃうからな。
「今まで黙ってたけど、俺は一目見るだけで女子のスリーサイズがわかる特殊能力を持ってるんだよ」
「なるほど……では人類のためにその目は潰しておいた方がよさそうだな」
「少なくとも人類の半分からは神と崇められるはずなんだけど」
もう半分からは間違いなく死ねと言われるはず。
「それはどうでもいい。とりあえず死ね」
ほら言われた。
つかその手に持ってる薬品何? おい蓋開けんなって。なんか白い煙出てるって!
「やめろサラマンダー! 俺はお前を殺人犯にしたくない!」
「誰にせいでこうなったと思ってるんだ!?」
「サラマンダーが自爆したせい」
「き、君ってやつは! もう本当に怒ったぞ!」
「待て待てサラマンダー! ふざけ過ぎたごめんって!」
「うるさい! この薬で全ての記憶を消してやる!」
「お前いつのまにそんなやばい薬作ってんだよ⁉︎」
「この日のためだ!」
「絶対違う!」
涙目で本当によくわからない薬品をぶっかけようとしてくるサラマンダーを宥めるのに相当な時間がかかった。
本当に謎の薬品過ぎてさすがに変な汗が出た。かけられても人間の形を保ってられたかな?
「はぁ……はぁ……話を戻そう」
ようやく冷静になったサラマンダーが言う。
「結局のところ、君の悩みは本人に直接聞くしかないんじゃないか?」
「本人に直接か……」
生きている素晴らしさを噛み締めながら返事をした。
「恋人を作る気分じゃない。の回答はきっと色々ある。前の失恋を忘れられない、単純に恋愛に興味がない、などな。だが、それは私が考える予測であって、星宮ひかり嬢が思っていることとは限らない。その人の考えはその人にしかわからないんだからな」
「まぁ……たしかに」
「第一、君が知っている星宮ひかり嬢の情報は表面的過ぎる。内面的な情報をまったくと言っていいほど持ってないじゃないか」
「……」
言われてハッとする自分がいた。俺がさっき意気揚々とひけらかした情報は全て公式ホームページに載っている情報だ。それ以上のことを俺は何も知らなかった。既に1年以上一緒に過ごしているのにだ。
「あのさ、実は俺って星宮のことなんも知らなかったりする?」
「私はそう言っている」
サラマンダーはコーヒーをすする。もう冷えているのか、少し顔をしかめていた。
「表面上、目に見える姿だけが人の全てではあるまい。それは君も、私もそうだろう?」
「まあ、そうだな」
人には大なり小なり、誰にも見せてない自分がある。
本音と建前のように、全てをさらけ出す人間はまずいない。
自分の中に、誰しも内なる自分を飼っている。
「彼女を深く知ることこそ、君の悩みを解決する最短ルートだと私は思うよ」
俺の知ってる星宮は、明るくて愛嬌があって誰にでも平等で優しい博愛の女神。
でも、それだけじゃないって今日の出来事でわかった。
ゲームだけでは知りえない彼女の側面。
俺は、それを知らないといけないわけだ。
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