第14話 因果応報
次の日の昼休み。学食は人でごった返していた。
「じゃあ、俺はみんなの水を取って来るから席確保しといてくれ」
「ありがとう。よろしく!」
星宮から感謝の言葉をいただきつつ、俺は給水機の前で4人分の水を入れる。
周囲の索敵、よし。誰も俺に興味なし! こっそりポケットから小瓶を取り出す。
そしてコップのひとつに1滴だけ垂らし、俺は何も見なかったことにしてみんなのところへ向かう。
全寮制で1学年500人はいる学園だ。学食はタイプによっていくつか棟が分けられているとは言え、やはり人は多い。
歩くこと少々、俺を見つけた星宮が手を振って居場所を教えてくれた。女神か? 尊過ぎてその場で跪きそうになった。
4人掛けのテーブル。既に3席埋まっているので、空いている星宮の隣に腰かけ、それぞれに水を配る。
「あんたにしては気が利くのね」
「お前は素直に礼も言えねぇのかよ」
文句を言いながら桜野に水を渡す。
「うっ……あ、ありがとう」
「は?」
危うく塩見に渡そうとした水を落としかけた。危ない。これは大事な水だから。
俺の視線は自然と桜野の方へ向く。
「……今日は熱でもあるのか? 早退した方がいいんじゃね?」
「ないわよ! なんでそうなるのよ!?」
「いや、だって、桜野が俺に礼を言うとか……」
俺と会話をすれば必ず辛辣な言葉をかけて来る桜野だぞ?
俺を罵倒することに関しては誰よりも生き生きしてるあの桜野だぞ?
いつもの小競り合い気分で話しかけたのに、素直に礼を言われると逆にビビる。
「なんなのよもう!」
桜野は口を尖らせてそっぽを向いた。
そうだ桜野。お前はそっちの方が似合ってるぞ。
下手に素直になってデレを見せたら、塩見がうっかり惚れちまうかもしれないからな。
お前はそのツンツンモードをずっと維持してくれ。
「ヒメ、この前のお礼をちゃんと御門君にできなかったって結構反省してたんだよ」
「ちょ、ひかり!?」
「水のお礼じゃなかったのかよわかりづらいな。もうちょっと素直に言えないのかよ?」
「御門君もヒメと似たようなものだと思うよ?」
「俺ほど素直を擬人化した存在はいないと思うんだけどなぁ」
「どの顔が言ってんのよ」
「口じゃないんだな」
桜野は何も言わなかった。いや、なんか言えよ。どの顔ってどういうことだよ?
「ん?」
ふと、塩見が自分に渡された水を持ち上げて、顔をしかめながら凝視する。
「どうした塩見?」
「いや、この水……何か変だと思って……」
……は? なんで気づく? お前何者? 秘密組織のエージェントだった。
桜野の好意には気づかないくせに、なんで水の異変には気づくんだよ!?
「どう見てもただの水だろ?」
「いや……なんとなくこの水が変なんだよ。俺の直感がそう言ってる」
「直感……」
やばすぎんだろお前の直感。エージェントってこんなすごいの?
無色透明の惚れ薬だぞ。塩見に飲ませて、あわよくば星宮を見て好きな気持ちにさせて、解毒した後に恋ってこんな素晴らしいんだと教えてやろうという俺の華麗なるお遊びプランだったのに。なぜ気づく?
化け物かこいつは……。
「これを持ってきたのって御門君だよね?」
「そうだけど、本当にただの水だぞ?」
「じゃあ御門君が毒見してみればいいんじゃない? それで安心だね」
「え……」
いや、その角度で来る? え、俺、また……飲むの? あれを?
俺は星宮に惚れた塩見をちょっと見てみたかっただけなのに……。
星宮は俺に顔を近づけて耳元でそっと囁く。
「ふふん。ポケットの中……これは何かな?」
塩見達には見えない机の下で、星宮は俺がポケットに隠している小瓶を突く。
そして、イタズラをするような笑顔を俺に向けた。
「いやぁ……」
「御門君は、面白そうなことを企んでるんだね」
やばい。背中から変な汗が出てきた。
星宮察し良すぎないですか? え、なにこれ俺もう詰んでんの?
「これはその……退屈な日常に刺激を与えるエッセンスでしてね……」
「私、体を張る男の子は格好いいと思うんだよ」
退路が断たれていく気がする。お前が飲めと、暗にそう言われている。
どうやら、自分が蒔いた種は自分で責任を取れということらしい。真っ当な意見だ。
「仕方ねぇなぁ。ただの水だって証明してやるからちょっと貸せ」
塩見からコップを受け取り、勢いで一口飲み込む。躊躇った瞬間、何かがあると絶対に勘づかれる。いや、もう勘づかれてるんだけどさ。
それに惚れ薬にだって弱点はある。最初から惚れている人間を見れば効力はない、はず。
故に俺は星宮を見れば、実質効果はゼロ。よし、これで乗り切れる。
「あんた……なんかしたの?」
「あ? なんもしてねぇのを証明しようとしてんだろ……あ」
それは、もはや反射だった。桜野から煽られれば煽り返すという、この1年で培ってきた経験。それが発動した。
そう、つまり……惚れ薬を飲んでから最初に視界に入ったのは桜野だった。
「……!?」
いかん。愛が……心から愛が溢れてきやがる。
俺を見る冷めた目が、俺を罵る冷めた声が、全て心地いい快感として体の中を駆け巡る。
否、断じて否。俺の理性はこの女に興味を示していない。だが、それと相反する感情が猛烈に俺の意識を侵食していく。
「な、なによ……黙ってないで何かいいなさいよ……」
「……結婚しよう」
気づけば、そんなセリフを口にしていた。
「ふぇ?」
「桜野、いや姫花。俺と結婚してくれ。俺はお前の魅力にやっと気づいた」
「は……え……は? 冗談?」
「冗談なものか。この愛は不変であり永遠だ」
「待って怖い怖い怖い怖い! 急にどうしたのこいつ!?」
死ぬほど吐きそうな内心ではあるが、口から出て来る言葉は気持ち悪い愛の言葉ばかり。
お前なんか好きじゃないわ! それが喉元を過ぎると愛しているに変換される地獄仕様。
恐怖に歪む桜野が愛おしすぎておかしくなりそうだ。
今も身体の芯からとめどなく愛情が溢れ出てくる。
「ひどいな。俺の愛が信じられないのか?」
「信じられるわけないでしょ!? 急に変わり過ぎなのよ!?」
「真実の愛は、突然気づくものだろ?」
「やめて! もうやめて! 私の脳を破壊しないで!?」
たしかに、このまま桜野への愛が深まると俺の頭もぶっ壊れそうだ。
解毒薬を取り出し、目の前のコップに雫を垂らす。
この薬の難点のひとつ。それは解毒薬を飲みたくない自分がいることだ。
理性では飲むことを推奨する。だが植え付けられた偽りの愛がそれを阻害する。
いいのか? あいつへの愛を失わせていいのか? 本来なびくはずのない幻聴でさえ、甘美な誘惑として俺の心を締め付ける。
「……うおおおおお!」
その溢れ出る愛を断腸の思いで退けて、俺は解毒薬を飲み込んだ。
「はぁ……はぁ……」
押し付けられた愛はどこかへ行き、残るのは冷静だった理性だけ。
「……最悪の気分だ」
そう、反省の時間である。
「御門……」
だが、状況は俺に反省する時間を与えてくれない。
3人が明らかに疑いの目を持って俺を見ている。
「全部、話してくれるよな?」
塩見の笑顔の裏には、黒い獣が隠れていた。
もはや言い逃れができる術はどこにもない。
「あ、はい」
俺に言えるのは、それだけだった。
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