第33話 決着
「どうして……」
苦悶の表情を浮かべた星宮は、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「幸せじゃないのなんて……わかってる。でも……これしかないんだよ」
「そんなことはない。ちゃんと、星宮が幸せになる道は残ってるよ」
そんな星宮へ、俺はカラっと笑いかけた。
不安とか全部吹き飛ばせそうな、安心させられる笑みを心掛けた。
「そんなもの……ないよ。私が自分を取れば、孤児院は守れない」
「じゃあ、それを解決すればいいんだな」
「え……?」
星宮の瞳が揺れる。
「簡単に言うね御門君。それが簡単じゃないから、ひかりは孤児院を選んだんだよ」
横から巻村が口を挟む。黙ってろって言ったの忘れてんのか? まあいい。
「お前の常識で語るなよ。実際、お前はもう詰んでんだよ」
巻村の言っていることも一理どころか万里あるんだろう。事実、星宮や朱音さんたちも正攻法で孤児院を救おうとしてダメだった。だから、お互いが打てる手を打とうとした。朱音さんは圭一を。星宮は自分を使って。
「あいつが本気で動いた時点で、もうお前の負けは確定された未来なんだよ」
どんな逆境だって、最後は全部乗り越えて、みんなが幸せになるハッピーエンドを多少強引にでも掴みとれる。
その存在を、人は主人公と言う。
「何を言ってるのか意味がわからないな……」
「すぐにわかる。お前はさ……絶対に敵に回しちゃいけない奴を敵に回したんだよ」
「なるほど……それが御門君の協力者か。その人がここまで調べたってわけなんだね」
「ああ。怖いだろ? たぶん、本気になればもっと丸裸にされるぞ?」
もしかしたら、俺に出してないだけでもう既にエグい何かを用意してるかも。
「だから星宮……もう無理しなくていいんだ。お前の悩みを全部解決できるとは言わない。だけど、少なくとも今の問題だけは俺でもなんとかできる。お前が自分を犠牲にする必要なんてどこにもないんだ」
「私……私はもう一人で頑張らなくてもいいの?」
彼女の目から一筋の雫がしたたり落ちる。
「さっきからそう言ってるんだけどな。まだ信じてもらえない感じか?」
「でも……」
俺は星宮へ手を差し出した。
「星宮、俺を信じろ。今まで頑張ったな。気づいてやれなくてごめんな」
「っ……!」
身体に衝撃。その次に背中に腕を回された感触。
星見は俺の手を掴むことなく、その手をすり抜けて俺の身体へ抱きついてきた。
「……どうして……私のために……ここまで……」
俺の胸に顔を埋めながら、星宮は声を殺しながら声を漏らした。
「それはほら、俺は銀河で一番君の幸せを願ってる人間だから」
嘘偽りない、全身全霊の本音を告げた。
「なん……で……私、御門君にそう思われるようなことしてないよ……」
「それは星宮が気づいてないだけ」
「え……」
「ずっと昔に、俺は星宮に救われてるから。ま、星宮は知る由もないけどな」
言ったところで、彼女に理解できるはずもない。
まだこの世界に転生する前の世界で救われたことなんだからな。
疲れて、生きる理由がわからなくなって、毎日が無意味に流れていくだけになって、そんな時、君の明るさに救われたなんて言ったって、信じてもらえる理由がない。
そう、俺は彼女の明るさに救われたんだ。
それが曇るなら、取り戻すのが信者の務め。
「それに、星宮が困ってたから助ける。それ以外の理由なんていらないだろ?」
「あ……」
いつかの言葉。それをそっくりそのままやり直す。
「ま、そういうことだから」
「私……私……頑張ったんだよ……」
「ああ。ここまでお疲れだったな」
「大切な場所を守るにはこれしかないと思ったから……頑張ったんだよ」
「そうだな」
「本当に……何とかできるの?」
「できる」
「うん……じゃあ、あとは御門君に任せるよ」
星宮は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら笑った。
星宮が落ち着くまで、しばらく俺は推しの抱き枕になる僥倖を味わい続けた。
やがて、落ち着くと彼女はサッと俺から離れて、俺の背中に隠れるように体勢を変える。その彼女の目の先では諸悪の根源が静かに立ち尽くしていた。
「さて、どうする? 愛しのお姫様はお前の手から離れたぞ?」
「いいの? 僕は本気で孤児院を潰すよ? 嘘偽りなく、やるけどいいんだね?」
俺の服を掴む星宮の力が強くなる。
「やれるもんならやってみろよ。そろそろ、この茶番も終わりの時間だ」
「どういう意味?」
「ネットニュースでも見てみたらどうだ?」
巻村は無言でスマホを弄り始め、そして何かに気づいたのか驚愕に目を見開いた。
「えっと……何が起きたの?」
首を傾げる星宮に、俺はスマホでおそらく巻村が見てるであろう画面を開いて見せた。
「九條商事……孤児院への寄付に対する圧力疑惑?」
見出しの部分を星宮が読み上げる。
「とりあえず、悪いことしてたみたいだから全世界に発信しておいた。第一、さっきお前に突き付けた証拠があるんだから、それを使わない手はないわな」
まあ、やったのは塩見とその協力者だけど。
「これで、もう大っぴらに圧力をかけられないよな?」
「……最初からこうするなら、御門君の言う通り、今までのは全部茶番じゃないか……」
「だからさっき茶番は終わりだって言ったろ?」
「じゃあ何のためにこの茶番を? 僕を笑いものにするため?」
「お前を直接ぶん殴って、表立って星宮を助けるために」
「なるほど……それは……大事かもしれないね」
巻村は目を閉じて、そして大きなため息を吐いた。
「……僕の負けか。使えるものは全部使ったのに、これでもダメか……」
憑き物が落ちたように明るく言って、巻村は地面にしゃがみ込んで天を仰ぐ。
「なにやりきった感出してんだよ?」
「だって、僕は僕の持てる全てを出して御門君に負けたんだ。いっそ清々しいね」
巻村はとんでもなく悪いことをした。だけど、憎み切れない潔さを感じる。
たぶん、巻村も純粋悪ではないんだろう。何か理由があって、星宮に固執していた。
「どうして……そこまで星宮に固執する?」
だから、その理由を訊いておきたかった。
「単純な理由さ。彼女は、彼女だけは僕を僕として見てくれるって、そう思ったから」
巻村は寂しそうに言葉を続けた。
「お金を持ってるとね、人を信じられなくなるんだよ。友達も、寄って来る女の子も、どうせ僕のお金が目当てなんだろうなって、そんなことが透けて見えるようになる。みんな僕を九條商事の御曹司としてしか見ていなくて、ただの僕には興味がないんだなって、そう感じるんだ。きっと、これは僕にしかわからないと思う」
「そうかもな……」
たしかにそれは、人より恵まれている自覚がある巻村にしかわからないだろう。
「でも、ひかりは最初から僕を見てくれていた。初めて会った時から、彼女は九條商事の御曹司じゃなくて、ただの巻村誠二としての僕を見てくれたような気がした。ただの一人の人間として接してくれて、すごく嬉しかった。たぶん……それが全てだ」
「だから何をしてでも欲しかったと?」
「そうだね……」
巻村は何かを思い返すように、一瞬目を閉じた。
「本気だったんだ。だからなんでも使った。ひかりの身辺を調査して、孤児院の出だと知って、寄付金のことも調べて、これは使えるかもしれないと思った」
「本気の出し方が間違ってんだよ……なんで最悪の選択を取るんだよ……」
「でも、効果は抜群だったよね? 現にひかりは僕と付き合ってくれた」
「そんなことしたって、一番大事な星宮の心が手に入らないだろ。星宮の大事なものを人質に取って形だけ付き合って、お前はそれで満足なのかよ?」
「それでも……欲しかったんだ。どうしようもないほどにね……」
巻村は力なく笑った。
心が通じ合ってなければ、恋人なんて名ばかりで、そんなものに価値なんてなにもないだろうが。なんでそれがわかんねぇんだよ。馬鹿が。
「それで……僕はこれからどうなるの? 色々表に出ちゃったし、それに僕は全力を出して負けたんだ。潔く、全て受け入れる覚悟はできてるよ」
「お前の処遇は俺に一任されてる」
「なるほど……じゃあ、早く引導を渡してよ。本当はわかってたさ。僕のしてることは人道的に許されないってね。罪には罰を。表に出ない黒は白だけど、表に出た黒は真っ黒だ」
巻村は大の字に倒れ込んだ。潔く、いかなる処分も受け入れる姿勢を示している。
「いや、俺はお前を裁かない。全部星宮に委ねる」
「え?」
後ろから可愛らしい声が聞こえた。
「直接的な被害を受けたのは星宮だ。だから、星宮が全部決めてくれ」
「え……私?」
「そう、巻村をどうるするかは星宮に決めて欲しい」
「でも……」
「実のところ、俺は巻村を裁くつもりは最初からなかったんだ。もし星宮が巻村を許すなら、今回の件はお咎めなしで終わらせる」
「その口ぶりだと、御門君は僕を許してるみたいに聞こえるよ?」
「そう言ってんだよ」
「っ……どうして?」
なぜか罪を犯した方が狼狽えている不思議な光景になる。
まぁ、表立って裁かれた方が楽になるときもある。今とかそうなのかもしれない。
だけど、そもそもとして俺に巻村を裁く資格はない。
「お前は……俺と似てるんだよ」
「僕と御門君が……?」
「あぁ……自分の意志を押し付けようとして、自分のことしか考えてないところがな」
巻村は星宮の弱みにつけ込んで、彼女を自分のものにしようとした。
彼女の意志を無視して、自分に都合がいい未来を手に入れようとした。
じゃあ俺はどうなんだ? 俺は星宮と塩見をくっつけようと思っていて、それをこっそり行動へ移していた。
そこに星宮の意志は介在しない。形は違えど、俺は巻村と同じことをしようとしていた。そんな想いがずっと胸の内に燻っていた。
だから俺に巻村をどうこうする資格はない。
「たぶん……お前はその気になれば何でもできる力を持った俺なんだ」
巻村は願えばそれなりのことができてしまう。
だから道を誤った。もしかしたら、俺も神様からチート能力を貰ったら、自分に都合が未来を思い描くためにもっと大胆なことをしていたかもしれない。
「それに、お前の星宮を想う気持ちは本物だと思った。そこは認めてたんだよ」
いつかの夜、星宮を好きだと語った巻村の顔は、ただの純粋な恋する男だった。
1回振られても諦めない、ガッツのある男だと思ってたんだよ。
「お前のやり方は間違ってる。それは確かだ。正直、今でもまだ殴り足りないと思ってる。でも、一度の過ちで全部失わせるのは違うと思った。やり直すチャンスを1回は与えてもいいだろって思ったんだよ俺は……」
「どうして……そこまで僕を気に掛けれくれるんだい?」
その言葉に、俺は目を逸らしながら答えた。
「……友達が道を踏み外したら、ぶん殴ってでも止めるのが友達だからだよ」
巻村は面食らったように呆けたあと、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。
「僕は友達もどきじゃなかったの?」
「夜に二人で飲み物片手に恋バナするなんて、友達じゃないとできないだろ……」
「ほんと……素直じゃないね御門君は」
巻村はとても晴れやかな笑顔で俺を見上げた。
「僕さ……ずっと対等で居てくれる友達が欲しかったんだ……嬉しいよ」
「なら、ちゃんと悔い改めて生きろ。2回目は守り切れないからな」
俺は地面に置いてある証拠一式を拾って、二人から離れた位置までそれを置きに行く。
「……どうしたの?」
星宮にそう訊かれる。
「巻村がこのまま悔い改めないで星宮から許されなかったらどうなるか、せっかくなんで実演してやろうと思ってな」
俺は胸に隠していた最終兵器を手に取る。一か所だけ赤い突起の付いたそれを。
「御門君……それは?」
「面倒ごとを全部吹き飛ばして、清々しい気持ちにさせてくれる魔法の道具」
星宮の質問に答えながら、俺は赤い突起を全力で押した。
サラマンダーとの約束、今ここで果たさせてもらおう。最近、色々むしゃくしゃしてたんだ。お前の言ったことが本当なのか試させてもらうぞ。
ガチッと何かが起動した音を確認して、俺はそれをさっき置いた紙束に向かって投げた。
「それで、悔い改めないと、僕はどうなっちゃうの?」
爆発までたしか5秒。心の中で数えて、それが起こる瞬間に合わせて返事をした。
「ドカン……だ――」
まず聞こえてきたのは弾けるような轟音。花火を間近で見た時のような、どこか耳に心地のいい爆発音。それ以外にも、窓ガラスが嫌な悲鳴を上げていたような気がしたけど今は聞こえないフリをした。
次いでやってきたのは肌を焼くような熱波と、瞬間的な強風。
星宮はなにか叫びながら必至に前髪とスカートを押さえていたが、爆発音で聞こえない。
爆心地には煙が立ち、どうなったのか見えない。やがて風に乗って煙が晴れれば、俺が爆弾を投げた場所には綺麗なクレーターができていた。うーん、ちっちゃい月面?
いや……ちょっとサラマンダーさん? 威力設定間違えてない?
壁とか若干抉れてるし、窓もヒビ入ってるし、地面も抉れてるし、俺になんてもん使わせてんの!?
「……こうなりたくなきゃ、星宮に許してもらえるように、誠心誠意媚びろ」
そんな内心を隠しつつ、俺は堂々と巻村に言ってやった。
「御門君って……たまに凄いことするよね……」
星宮がクレーターを見ながら呆然と呟く。
「俺もここに至るまで色々なしがらみがあってな。丁度いいタイミングだったんだよ」
「ああはなりたくないなぁ……」
巻村はゆっくり起き上がる。
「ひかり……いや、星宮さん」
巻村は星宮を見ながら続ける。
「今は色々とあるだろうから、今度改めて謝罪に行くよ。そこで、答えを教えて」
「……わかった。たしかに今は色々整理したいから、それまでに答えを出しておくね」
「うん。目の前から消えろって言われても、僕はそれを受け入れるよ」
その時、遠くから誰かが全力疾走で向かって来るのが見えた。
「ゴラアアアアアアァ火狩いいいいいいい! お前はまたあああああ!」
あれは……生徒指導の先生。なんかすごい剣幕で近づいて来てる。
反応が早い! 目をつけられてるって本当だったんだなサラマンダー!
「あれ……火狩じゃない?」
先生は俺たちの前に来ると、想定していた目標がいないようで困惑していた。最早、爆発=サラマンダーの図式が出来上がっているようだ。
さて、じゃあ俺は火遊びした責任でも取ってくるとしますか。
「先生、これをやったのは俺です」
「は? え? 御門!? お前がなんで!?」
「話せば長くなるんで、サラマンダー……ああ、火狩と一緒に指導室でいいですか? こいつらはたまたま居合わせただけなんで、何も関係ないです。じゃあ、善は急げ、さっさと指導されに行きましょうか」
「え? ああ……お、おう……善?」
先生の背中を押して、俺はさっと二人から距離を取る。
「御門君!」
途中、星宮の大声に振り返る。
「えっと……その……ありがとう! 色々と!」
その声に、背中越しに手を挙げて返事をした。
たしかに、爆弾は色々なしがらみを吹き飛ばして清々しい気持ちにさせてくれたな。
そして、停学にもなった。
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