第30話 その答えを
とにかく、星宮がなぜ巻村と付き合わないといけなかったのか、その理由を知るために行動を開始する。
しかし、どう調べればいいのかもわからない。クラスの連中や、巻村のクラスの連中にそれとなく聞き込みをしてみても、誰も二人の馴れ初めを知らなかった。
それも不思議な話だ。誰誰が付き合ったって情報が出れば、どんなきっかけで付き合うに至ったのか、誰かしらが聞いていてもおかしくない。なのに誰も知らない。そういうところで、小さな疑念が膨らんでいく。
なんか……嫌な感じだ。
しかし、行動を開始して数日経った今、目立った成果も得られず、次の手を考えて行き詰っていた。
そもそも、聞き込み以外でどうすれば情報を集められるかわからない。こんな時、情報のプロがいれば凄腕ハッキングとかでなんとかしてくれそうなのに。残念ながら俺の周りにはいなかった。
停滞したまま数日を無駄にした朝。学園へ行く準備をしていると部屋がノックされる。
「御門起きてるか? 俺だ」
塩見だった。
「入るぞ」
塩見は俺の許可を得る間もなく部屋に侵入してきた。
「朝からなんだ? やるべきことは終わったのか?」
「だいたいは終わった。それで御門、突然だけど今日は授業サボれるか?」
「本当に突然だな。俺も一緒に不良の仲間入りしろと?」
「……星宮さんのことで話がある」
「それは、巻村と付き合ってることについてか?」
「最終的にはそこに繋がる」
「……わかった。今日1日は不良の仲間入りだな」
渡りに船とはこのことか。さすが主人公。困った時に突然現れる。
桜野に所用で休むことを伝え、俺は塩見と一緒に学園を出た。
そして、たどり着いたのはこの前行った孤児院だった。
「どうしてまた孤児院に?」
「とりあえず中に入ろう。そこで全部話す」
塩見に付いて中に入れば、奥の部屋では朱音さんが一人、俺たちを待っていた。
この前と違い、今日はどことなく緊迫した雰囲気を纏っている。
その姿を見ると、自然と俺の気持ちも引き締まる。
「秋志君、この前振りだね。元気してた?」
ひらひらと手を振る朱音さん。でも、やっぱり纏う空気は張り詰めている。
「最近は朱音さんの妹分のことで頭がいっぱいです」
「そうだね。じゃあ、その話をしようか」
朱音さんに促される形で座り、テーブルを囲む。
さっそく朱音さんが切り出した。
「ここってさ、どうやって運営してるか御門君は想像できる?」
「いや、わかりません」
「基本的にはね、国から補助金が出るんだよ」
「へぇ……そうなんですね」
「でも、それだけじゃ子供たちに満足な衣食住を提供できないの」
「じゃあどうしてるんですか?」
「色んな企業からの寄付で賄ってる」
「なるほど。この世も捨てたものじゃないですね」
朱音さん曰く、それは企業の慈善活動の一環であったりするらしい。
ここは地元の企業に支えられているおかげで今まで維持ができていたとのこと。
「でも、最近になって全企業から一斉に寄付を取りやめるって通達が来たの」
「は? そんな急にですか?」
「そう……私もまったく同じ感想を抱いた。でもね、シスター……ええっと、ここの経営者のことなんだけど、シスターが問い合わせても、どこの企業も決まって同じことを言った。答えられないって」
朱音さんは苦虫を噛み潰したような表情で言う。
それだけで、どれだけ今が苦しい状況なのか察した。
だけど、それが星宮とどう繋がっていくのかはまだ見えない。
でも、この緊迫した空気の中でわざわざ無駄な話はしないだろう。
「……そんなの納得できない。寄付が無ければここは立ち行かなくなる。寄付が善意だってのはわかってる。こっちが憤る資格はないのもわかってる。でもここは……みんなの居場所で……拠り所だから……簡単に割り切れなかった」
朱音さんは苦しそうに言葉を紡ぐ。
どれだけこの場所が大事なのか、その姿だけで痛いほど伝わってくる。
「だから……本当はダメなんだけど圭一に色々調べてもらうことにしたの」
「塩見がずっと休んでたのってそれのため?」
「ああ、そうなるな」
きっと、色々調べてもらうってのは塩見の裏の力を使って、ということなんだろう。
朱音さんは申し訳なさそうに塩見を見た。そんな彼女に塩見は優しく笑い返す。
俺は塩見の裏事情を知っている。だけど塩見はそれを知らない。
その状況を加味した上で、俺は塩見へ絶対に訊かなきゃいけないことがある。
「へぇ……塩見ってそんなことまでできるのか?」
そう。普通の高校生にそんなことができるわけない。
孤児院の経営がピンチ。原因がわからない。調べてくれ。こんなの一介の高校生にできてたまるかよって話だ。
さすがにここはスルーできない。誰でも気になるところだ。
「まあ、そこは気になるよな」
塩見はそっと微笑んだ。そう訊かれるのは想定済みらしい。
「御門、今から言う話は絶対に他言無用で頼む。あと、これを聞いたら後には戻れなくなるから」
「聞いたらそんな物騒なことに巻き込まれるのな。ならいいや」
「いや、俺が聞いて欲しいから言う」
「拒否権ないのかよ……」
塩見は小さく頷いて続けた。どうやら本当に拒否権はないらしい。
「実は俺、この国を裏から支えているエージェントなんだ」
「は? お前、頭大丈夫か?」
実は知ってるけど、もし俺がなにも知らない状態だったらきっとこう返す。
「え、あ、いや、大真面目なんだけど……」
「いきなり俺はエージェントって言われて普通信じると思うか?」
「それは……でも真実なんだ」
「え? 朱音さんこいつ大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。信じられないかもしれないけど、全部本当だしね」
俺も実は知ってますよ。とは言えない。
でも、やっぱり朱音さんと塩見の繋がりはそれ絡みだったか。
「にわかには信じ難いけど、お前はくだらない嘘はつかないよな。信じるよ」
なるべく自然に、さも初めて知って今信じましたみたいな演技をする。
「御門……」
「で、それを誰かにバラしたら俺はどうなるの?」
「秘密裏に口封じさせられる」
「え……」
いや、ちょっと……さすがに物騒すぎん? え、口封じってあれだよな。闇に紛れて存在を抹消されるあれだよな。軽い感じで言われたけど、相当やばいこと言ってるよねこいつ。
え? 俺……拒否権なしでとんでもない爆弾抱えさせられたの? 半分テロでは?
「だから、絶対に他言無用で頼むな?」
「それなら知りたくなかった……」
「でも、俺は嬉しいよ」
「なんでだよ?」
「これからは御門になんでも相談できる」
「うっかり口を滑らせたが最後、存在を消されそうだから勘弁してくれ」
そう返せば、塩見も朱音さんの声を出して笑うのだった。
それから、仕切り直すように塩見が様々な資料をテーブルに置いた。
「これは組織の力を使って集めた今回の件に関する様々な情報だ。結論から言えば、寄付の打ち切りには、ある企業からの外圧がかかっていた」
「外圧って、そんなドラマみたいなことがあるのかよ?」
「あるんだよそれが。意味のわからない理不尽なんてこの世にいっぱいある」
色々見てきたんだろう。塩見の言葉にはどこか怒りを感じた。
「俺は……それと戦うために組織にいるんだから」
「じゃあ今回も組織絡みの案件か?」
「いや、今回は完全に俺の独断だ。俺と……あと無理やりもう一人だけで動いてる」
「それは大丈夫なのか?」
「まあ、あとでこってり絞られるだろうな」
全然大丈夫じゃなさそうな回答なのに、塩見は清々しい表情をしていた。
これに無理やり巻き込まれた協力者には同情するばかりだな。
「でも、後悔しない方を選ぶ。そう御門が教えてくれたから」
「え……俺は塩見にとんでもない決断させちゃってたの?」
「むしろ俺は感謝してるんだけどな。本当の正しさを見失わないで済んだ」
眩しい。やっぱり、主人公はどこまでも眩しい。
「それで、今の話と星宮の繋がりがまだ見えないだけど?」
「ここからが本題だよ」
どうやら俺の我慢が少し足りなかったらしい。
「今までの企業は寄付を取りやめた。でも、ある企業が寄付を名乗り出てくれたの」
「なんかタイミングいいですね。裏がありそうな感じ」
「御門はいい嗅覚をしてるな」
塩見が横から口を挟む。
「俺も同じ考えだった。だから、俺はもう少し深くこの問題を調べた」
そこで、塩見は一拍置いた。
「御門……ここからが星宮さんの話だ」
それから塩見は、さらに調査した結果を俺に報告してくれた。
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