第3話 勝手に動き出している物語
「お疲れ。大活躍だったな」
言えば、塩見は嬉しそうに表情を緩めた。
「体育っていいよな。楽しく運動できるって最高だ」
「バスケやってたのか? 動きが俊敏だったけど」
「いや、授業でやるのが初めてだよ。でも、止まってる的を狙うのは簡単だから」
「つまり、普段は止まってない的を狙っていると?」
「え!? ああ……今のは違うんだ! 止まってない的なんてそうそうないから!」
取ってつけたように誤魔化す塩見。たまにある感じの言い方もだいぶおかしい。
「冗談だよ。そんな本気で受け取るなって」
本人は隠そうとしているけど、前世の知識で勝手に事情を知っている俺からすれば、今みたいにちょいちょいボロが出てる気がする。気づかないフリをしてるけど。
「塩見君お疲れ~」
横から軽快な声。二人組の女子が隣のコートからやってきた。
「大活躍だね! このままモテモテ街道まっしぐらかな?」
栗色の髪を揺らした女神がニヤニヤと塩見の顔を覗き込む。は? 可愛い。
ジャージ姿がとってもキュート。制服とは違う魅力がそこにある。
星宮ひかり。俺が信奉してやまない慈愛の女神が目の前に。
「俺は普通に楽しんでるだけなんだけどね」
「そうやって謙遜するところがまたグッと来るんだろうね。ヒメはどう思う?」
星宮は隣にいる女子へ話を振った。
「そうね。恰好よかったわ」
「桜野さんも応援ありがとう。ちゃんと声、聞こえてたよ」
「ほ、ほんとに!?」
ピンク色の髪をツーサイドアップに結んだ女子、桜野はパアっと笑顔の花を咲かせる。
「どうしたの御門君。ヒメの顔をジーっと見て」
「いや、桜野が発情してると思って」
「は、発情なんかしてないわよ! 死ね!」
「あと80年待ってくれ」
この態度の違いよ。桜野は俺に対しては常にトゲトゲしい。
星宮と桜野は去年同じクラスになってからの付合い。
未来の立ち回りを考えて、星宮とお近づきになろうと画策した結果、親友を自称する桜野ともこうして話すようになったわけだが……どうにも俺に対しては態度がきつい。
俺なにかしたっけかな? ちょいちょい桜野をイジるくらいしかしてないんだよなぁ。ちなみに今年も同じクラス。
「ヒメの攻撃は全然効いてなさそうだね」
星宮は俺たちのやり取りをみて苦笑い。
「実際効いてないからな。これくらい普通だし」
「仲が良さそうで羨ましいよ」
「……星宮って最近視力落ちた?」
「落ちてないけど? どうして?」
「いや、これのどこが仲良さそうに見えるのかなって」
「どう見ても仲良しにしか見えないけど?」
そう言われて桜野を見れば、わかりやすいほど嫌な顔をされた。仲良しだとこんな顔されるのか。今にも噛みついて来そうだけど? ワンワン。
「星宮さん!」
狂犬に噛みつかれないように視線を逸らし続けていれば、また俺たちの輪に人が一人増える。犬といえばもう一人。
「あ、
「星宮さんが見てたからね。恥ずかしい格好は見せられないよ」
先ほど塩見と対をなして活躍した男、巻村は自然な調子で言ってのける。
イケメンってそういう歯の浮くセリフをサラッと言えるよな。俺なんかが言ったら速攻で場が凍るぜ? 試してみる? しない。それよりもここは迎撃しなくては。
「星宮がお前を見ていたとは限らないだろ? 自意識過剰か?」
「いいじゃないか。不特定多数を見ていたって、その中に僕もいるんだから」
爽やかに笑う巻村。実のところ、こいつが最近の悩みの種のひとつ。
こいつ……明らかに星宮のことを好いている。こうしてやたら星宮にアピールしてきてるし。好きですってオーラを前面に押し出してきてやがる。それはもうあからさまな程に。犬が尻尾振ってるくらいわかりやすい。
目下、俺の野望の最も妨げになるであろう存在。なので奴への当たりは少し強めになってしまう。
イケメンすらも虜にしてしまう星宮の女神っぷりには感服するしかない。金持ち、イケメン、性格まあまあ良し。実際かなりの好物件ではあるんだよなぁ。
実のところ、星宮がなびかないか不安で最近はずっと胃が痛い。推しを幸せに導く。その観点で言えば、巻村も悪くないどころか優良候補ではある。でも、やはり俺のイチオシは塩見なわけで、そっちのルートを見てみたい思いが強い。
ゲームは基本主人公サイドに感情移入するからな。元プレイヤー視点では主人公とサブヒロインの隠しルートの結末を見たいわけだ。最早これは俺のエゴだけど。
それから少しだけ会話をして、巻村は別のグループの会話へ移った。
「はぁ……」
「でっかいため息だね。珍しい」
「まぁ、悩み事ってやつ」
「へぇ……御門君でもそんなのあるんだね」
えっと……みんな俺をどう思ってるの?
☆☆☆
巻村のことも悩みの種のひとつだけど、悩みの種は他にもある。
昼休み。学食。全寮制であるこの鳳凰学院で、昼ご飯の選択肢はふたつ。
ひとつは学食。もうひとつは購買で何か適当に買うか。俺は学食派。
4人掛けのテーブル。隣には星宮、向かいには塩見。おまけでその隣に桜野。若干1名を除いて完璧な場を整えている。これは俺の努力の結晶と言っても過言ではない。
星宮たちとは1年生の頃から積極的に話しかけて仲良くなったし、塩見が俺のクラスに転入した来た時には、率先して声をかけ、その流れで学園を案内して友達1号のポジションについた。
ゲームで言う友人キャラポジとでも言えばいいのか? いやでもゲームでは俺はいないわけで、その辺よくわからねぇな。まあいいや。
それから、塩見は誰とも昼ご飯を食べてなさそうだからと声をかけて一緒に昼ご飯を食べるようになり、そして気がつけば星宮たちも共にしている。理由はよくわからない。
主人公たるもの……ヒロインを勝手に吸い寄せる効果があるんだろうか。さすが主人公。補正が効きまくっている。
「そう言えば御門君」
星宮が思い出したかのように訊いてくる。
「さっき悩み事とか言ってたけど、なにか悩んでるの?」
「まぁ……ちょっとなぁ」
適当に言葉を濁した。
巻村と星宮が付合いそうで不安。とは言えないよなぁ。
言われる方からしたら意味不明だろ。御門君、私のこと好きなの? ってなるよな。いや好きだけどさ。でも付き合いたいとかそう言うんじゃない。
どっちかと言えば、後方彼氏面みたいな態度で、星宮が塩見と幸せそうにしているのを知った風な顔で頷きながら見ていたい。
「大した悩みじゃないから気にしなくていいぞ」
「そう? でも、困ったら相談してね。友達の悩みはいつでも聞くから!」
はぁ……女神過ぎる。ゲームとは違い、星宮が自分で考えて自分の言葉で俺を気にかけてくれているのが最高過ぎる。生きててよかった。毎日がASMR。現代の楽園はここにあった。
昇天しそうな心を押さえつけ、俺はもうひとつの悩みの種へ目を向ける。
桜野はご飯を食べながらチラチラと横目で塩見を見ていた。
俺の野生の勘が最近ずっと言っている。この女、塩見に対して恋をしていると。
まず目がね、恋する乙女みたいな目をしてるんだわ。俺を見る時の産業廃棄物を見るような目じゃない。ハイライトの入り具合から違う。光輝いているとでも言えばいいのか。一瞬、少女漫画の世界が見えた。
「ところでヒメ、なにか塩見君に話したいことでもあるの?」
どうやら星宮もそんな桜野の様子に気づいたらしい。
「ふぇ!? べ、べつにそんなことないけど!?」
「そう? でも、さっきから塩見君のことチラチラ見てるよね?」
「み、見てないわよ!?」
「ん? 俺になにか話があった?」
「だ、大丈夫塩見君! ちょっと横顔を見つめてただけだから!」
「どこが大丈夫なんだよ? ちょっと横顔見つめてるのは普通にやべぇだろ……」
「うるわいわね! あんたは黙ってなさいよ!」
「うーん……理不尽」
罪状は事実陳列罪ですかね? なんかすごく睨まれた。怖いよぉ。
というか、全然大丈夫じゃない。塩見が転入して早々、事態は俺の預かりしらないところで確実に動き始めている。
やはり……そろそろ俺自身も動かないといけないか。
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