第2話 そして1年後
なんて意気込んでから、早いもので1年が経過した。
ぼんやりとした記憶を辿ってみれば、そういやあのゲームには後輩キャラとかも出て来ていたような気がするから、物語の始まりは2年生からだったような……。とても曖昧。
でも仕方ないんだって。こっちに転生してきてからというもの、過去の記憶がどんどん無くなっていくんだから。始めから俺は今の俺であったかのように、昔と今が融合していっている。だから過去の名前も、なんで死んだかとかも本当に思い出せない。
思い出せることと言えば、ここはゲームの世界であることと、登場するメインキャラくらいだ。
フォーチュンカーニバル。全寮制の高校に転校してきた訳ありな主人公が、周りの可愛い女の子と楽しい学園生活を送り、やがて恋に落ちていく恋愛シミュレーションゲーム。
まあなんて言うか、よくあるタイプのやつ。主人公は周りに隠したい秘密があって、でもやがてヒロインにバレてどうするか……みたいなお約束の展開のやつだったはず。
俺、
いやはやまさかこんなことになるとは。ほんと、赤ちゃん時代が懐かしい。思考はちゃんとしてるのに、出てくる言葉が全て「ばぶぅ」になるあの時期はほんと大変だった。
トイレの予感があっても動けない。わかっていても漏らさざるを得ないあの地獄。意思は全て泣いて示さないといけなかった。
おかげで幼少期に涙は枯れた気がする。呼吸をして、普通に会話ができる。俺はその素晴らしさを2度目の生で改めて教えてもらった。
世界に感謝を。願わくば、次に転生できるのであれば保育園くらいからにして欲しい。赤ちゃんは……精神的にしんどい。
さて、今は午前中の体育の時間。男子も女子もバスケットボール。自分の出番が終わった俺は、壁に寄っかかって座りながら目の前で行われている試合を眺める。
「御門……世の中ってさ、不公平だと思わない?」
隣に腰かける友人の
「学生時代からそう言ってたら、黒田は社会へ出た瞬間に死ぬな」
「でもさぁ……顔面もよくて運動もできるってずるいと思うんだよね」
黒田の言う通り、今目の前で行われてる試合では二人の男子が大活躍していた。
「塩見くーん! 頑張れー!」
その甘ったるい声援に笑顔で応えながらシュートを決めた男の名は塩見圭一。この2年生の春に学園へ転入してきた最強のイケメン。この物語の主人公である。
容姿端麗、スポーツ万能、性格良し。非の打ち所がない完璧な存在。ギャルゲーの主人公たるもの、多少心に闇を抱えてたり、何か人より劣等感を感じていたりとかありそうだけど、この男にはそれがない。完全無欠型主人公である。
実際、塩見が転入してきてまだ2週間程度だというのに、塩見はすでにクラスの人気者というスターダムを駆け上がっている。主人公とはこんな存在なのか。明らかに纏うオーラが違う。
「巻村くーん! 負けないで!」
体育は2クラス合同で行われる。今、新たに黄色い声援をかけられたのは相手方クラスにいるイケメン。名を巻村と言う。
九條商事なる、この世界で知らない人はいない大企業の御曹司。と、誰かが言っていた。つまり金持ち。だけど、本人はそれを威張り散らかすことなく、いつも爽やかな雰囲気を纏っている。塩見とはベクトルが違う最強っぷりである。
たしかゲームでは出てこなかったはずのキャラであるが、間違いなく俺よりキャラが立っている。ゲームはあくまで主要人物に焦点を当てた物語が紡がれていただけで、見えないところではその他多くの人生がこうして紡がれているわけだ。
試合はこの二人の点の取り合いになっていた。塩見が決めれば巻村も決め返す。スポーツ漫画のライバル関係かな? と言いたくなるような青春空間がそこにあった。
隣のコートの女子たちは目を輝かせてその試合を見ていた。
「はぁ……」
「どうしたの? ため息なんかついて。御門も現実に嫌気が差した?」
黒田の趣味はギャルゲー。現実はクソ。とのたまい画面の中に居場所を見出している。
画面の外へ意識を向けないとずっとクソなままだと思うけど。
「違う。ちょっと、最近悩みがあってな」
「御門でも悩み事はあるんだね」
「おい……どういう意味だよ?」
お前は俺をなんだと思ってるんだ? 人生2週目だって全部うまくいくとは限らねぇんだからな? お前も今の精神を保ったまま赤ちゃんに戻ってみるか? おむつの感触を思い出すか? 色んな意味で飛ぶぞ?
「べつに。じゃあ、僕は自分の世界に戻るとするよ。ここは……少し眩しい」
捨て台詞が若干中二臭かった。まあ、たしかに眩しくはある。
「あいつらと仲良くなれば、現実が神ゲーになるかもしれないぞ?」
「はは。御門みたいにがっつかないよ。僕は草食系だから」
画面の中しか見ていなければ、もはや草食どころか絶食のような気もする。
「それが俺の場合、不思議なことに向こうから来るんだよな」
「ほんと、不思議だよね。御門になんの魅力があるんだろう?」
「わかるやつにはわかるんだよ。俺の魅力ってやつが」
「わからない側の方がたくさんいそうだね」
実際、俺自身も俺の魅力はよくわかってないけど。でも黒田、お前めっちゃ失礼なこと言ってるからな! お前、そういうとこだぞ! だから現実がクソに見えるんだぞ!
「ほら、噂をすればご本人が来るぞ」
とか言ってたら試合が終わった。どうやら引き分けになったらしい。
女子の声援に手を振って応えてから、件の塩見は駆け足でこっちへ向かってきた。
「うわ……ほんとに来た。陽の光に当てられたら僕は消滅しそうだから消えるよ」
黒田は表情をしかめながら足早に去って行く。どうやらあいつは闇の化身らしい。
ちなみに黒田は隣のクラス。とある女子を介して知り合い、そこからなんだかんだ仲良くなった。まあ、ある種被害者同士での仲間意識みたいなものもあるんだと思う。体育では一緒になるから、こうしてよく話をしている。
消えゆく者への回想をやめて、俺は新たな来訪者へ意識を向けた。
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