第7話 ご褒美だろうが
「この店は客の食べ物に髪の毛を入れるのかぁ?」
ファミレスは元来ほんわか明るい空気に包まれているべきもの。だけど、今この瞬間はまるで強盗が突然襲ってきたかのような緊張感に包まれていた。
柄の悪そうな二人組の男がウェイトレスに大声で文句を言う。どんな世界でも、こういった厄介な輩はいる。だが、今回はただそれだけじゃなかった。
「も、申し訳ありません……」
絡まれているのは他でもない星宮だった。彼女はただ申し訳なさそうに頭を下げる。
髪の毛。星宮が悪いわけじゃないかもだけど、今は彼女がターゲットにされていた。
「謝って欲しいんじゃなくてさぁ、俺たちは誠意を見せて欲しいわけよ?」
「誠意……ですか?」
「そう、誠意。わかるよねぇ?」
「……よくわかりません」
「誠意って言ったらよぉ! お金しかないよなぁ!」
「きゃっ……」
男がテーブルを叩く音が店内に響き渡る。
星宮は萎縮したように縮こまっている。
他のウェイトレスも、突然の事態に恐怖してか動けていない。
「……物騒だな」
そう言ったのは塩見。ただ、先ほどの穏やかな雰囲気はなりを潜め、感情の籠っていない目で現場を睨みつけている。
「まったく……ああいうのはどこにでもいるんだな……」
塩見は小さくため息を吐いた。
その姿を見て、ひとつ策を思い付いた。
正直、星宮に喧嘩を売ったクソどもを今すぐ滅しに行こうと思っていたが、ここは我慢した方がいいかもしれない。放っておけば塩見がすぐにでも動きそうだ。
塩見が星宮のピンチを救い、星宮がそれで心を動かされる。完璧なプラン。
「おい! 黙ってないでなんとか言ってくれよ!」
だから、ここは我慢だ。塩見が動くまで。きっとすぐに動く。
「こっちは酷い目に遭わされてるんだぞ!」
……我慢だ。
「その……」
塩見の拳に力が入っているのがわかる。もうそろそろ塩見の我慢も限界に達しそうだ。
横目で星宮を確認する。瞳にキラリと光る何かが見えた。
「泣けば許されるのは学校だけだぞおい!」
その瞬間。俺の目の前でテーブルを強く叩きつけた音が響く。
意識外からの不意打ち。突然の音に、店中にいる人の視線が俺たちに集中する。
彼女が溢した雫を見て、我慢の限界に達した男がいた。だから男は立ち上がる。悠然と、静かな闘志を内に秘め。
そう、我慢の限界が来てしまったんだ……俺の。
「おい……さっきから黙って聞いてればぺちゃくちゃと耳障りなことを……」
塩見が、桜野が、驚いた顔で俺を見る。
そして……俺本人も顔には出さないけど、内心ではだいぶ焦っていた。
し、しまったあああ。つい勢いで俺が先陣を切ってしまったあぁ。
絶対同じタイミングで塩見も立ち上がろうとしていた。というかそのモーションは目に入っていた。でも、俺がそれよりも先に動いたから、塩見は様子見に切り替えたんだ。
なにしてんだ俺は……我慢はどこ行った……。
でも、惚れた女が泣いてるのに、我慢なんかできねぇよな……。
こうなったら作戦変更だ。最後に塩見に華を持たせよう。お膳立ては俺がする。
「舐めたこと言ってんのはてめぇか?」
「御門君……」
騒ぎの中心へ飛び込んでメンチを切る。
いかにもチンピラ。金色の髪が目に入る。しかし根本は黒い。半端もんだ。
「おいおい……そんな喧嘩売られる理由はねぇんだが?」
負けじと相手も威圧してくる。
「店内の空気最悪だろうが。ここはファミレスだぞ? 殺伐とした空気にしたいならスラム街にでも行ってろよ」
「は? 俺はこの子の髪の毛が入ってるのを指摘しただけだろ?」
男が指さしたのはスープ。透き通ったスープの中に髪の毛が浮いていた。
「だからなんだ?」
「は? スープに髪の毛入ってたから指摘した。それのどこに文句があんだ?」
「大ありだろうが」
「あ?」
「星宮の髪の毛が入っててなんで文句言ってんだよ? ご褒美だろうが?」
「……御門君?」
髪の毛の混入。それは飲食店なら時として起こってしまう事態だろう。大切な食事に異物が入っていたら怒りたくなる気持ちもわかる。だが、それが星宮のものであった場合に限り話は変わる。
「合法的に女神の髪の毛を咀嚼することができるんだぞ! なぜ文句を言う!?」
「御門君!?」
目の前のチンピラはなぜか大きく口を開けて呆けていた。
「むしろ感謝して泣きながら食べるべきだろ! 馬鹿なのかお前は!?」
「御門君!?」
「食べたくても食べられるもんじゃねぇんだぞ! その辺わかってんのか!?」
星宮の髪の毛。レア度限界突破。欲しくても手に入る代物ではない。
床に落ちた有象無象の髪の毛の中から、女神の髪の毛だけを探して食べたらそれこそ変態だ。しかし、誤って食事の中へ混入してしまったら、それはもうただの事故。合法的に女神の髪を体内に入れてその威光を賜ることができる。
だというのに、なんだこいつは? そのありがたみに気がつかないどころか、文句を言って女神を泣かせているではないか? その無知と愚行は万死に値する。
「こいつ……やべぇ……」
俺の正しき説法を理解したのか、男は恐怖に顔を歪める。
ふん……今更自分が行った過ちに気がついたか。だがもう遅い。
「誠意を見せろだ? 見せなきゃいけないのは食べさせていただく方だろうが!」
「わ、わかった! お、俺が悪かったよ!」
「本当にわかってんのか? ここはお前のような女神の価値に気がつかないカスが来ていいところじゃねぇんだよ。今すぐ尻尾撒いて逃げ出すなら許してやる。さもないと、納得するまで女神の素晴らしさを教えてやるよ。徹夜でな」
「こいつほんとにやべぇ!? わかった消えるから勘弁してくれ!?」
男が慌てて立ち上がり、一目散に逃げようとしている。
そこでハッとした。このままでは全部俺がなんとかしたことになる。
危ない。勢いでここまで来たが、最後は塩見に華を持たせなくては。
「待て」
「ひっ……」
「あと一言だけ言っておく」
相手は明らかに戦意を喪失している。なら、あとは塩見の手柄にすればそれで終了だ。
「……今のは全部あそこに座ってる俺の友達からの伝言だ」
決まった。これでこの完璧な対処は全て塩見の入れ知恵になる。
全員の視線が塩見へ集中した。
「み、御門!? そこで俺に振るなよ!? あの、違いますからね!?」
塩見は立ち上がり、なぜか周りへ弁明をする。
こいつ……どこまで謙虚なんだよ。さすがに謙虚が過ぎるぜ。
その後、男はものすごいスピードで会計をして、逃げるように店を去った。
残されたスープに浮かぶ髪の毛を改めて眺める。よく見れば髪の色が金色だった。なんだ、あいつ自身の髪の毛だったのかよ。じゃあ本当にただのクソ野郎じゃん。
「星宮、終わったぞ」
ひと仕事した後は気分がいい。女神を守れた充実感に満たされながら星宮を見れば、彼女は耳まで真っ赤にして俯いていた。
それに、敵を撃退したのに店の雰囲気がどこか異質に感じる。
なんだ……この空気感は。まるで、まだやばい奴が残っているみたいだ。
「御門君……」
跳ね上げるように顔を上げた星宮。
「うう……」
顔は羞恥で真っ赤に染めながら、どこか怒ってるようにも見える。
それに、目には涙が浮かんでいる。
「どうした? 世界は平和になったぞ?」
「全然なってない!」
たしかに、俺が守ったのはファミレスという小さな箱庭だけ。世界を語るにはさすがに狭すぎたか。世界平和について真剣に考えている星宮は素晴らしい。
「私もう……ここでバイトできないよ!?」
「……え?」
完璧に助けたはずなのに、なぜか星宮からその後しばらく怒られた。ぐすん。
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