第6話 布教活動
「あんたは……塩見君のことなにか知らないの?」
「なにか、とは?」
「だって……この歳でファミレス初めてってなにか変じゃない?」
「たしかに変かもな」
「変わった家庭の事情でもあるのかな?」
「それを俺に訊いたってわかんねぇだろ。本人に訊けよ」
「本人に訊きづらいからあんたに訊いてんでしょ。友達ならなんか聞いてないの?」
「聞いてたとして、お前に言うと思うか?」
「は?」
いや怖いて。一瞬で戦闘態勢に入るのやめて?
「人の秘密を易々とポロリする友達って、お前どう思うよ?」
「それは……よくない」
「じゃあそれが答えだろ。ま、俺は言った方がいい時は言うけどな」
「今は言わない方がいい時なの?」
「いや、単純に知らないだけ」
「……死ね」
「桜野って、それで本当に俺が死んだら後悔しそうなタイプだよな」
「は? しないわよ」
「冷たいなぁ」
しかし、残念ながら桜野の期待に応えられない。本当は知ってるけど、まだ知らない体だからな。本人から直接言われたわけでもないし。だから俺は知らないフリをする。
「なんの話をしてたんだ?」
そうこうしてると塩見が帰って来る。両手にドリンクを抱える二刀流。
「桜野が塩見って変な奴だよなって馬鹿にしてた話」
「ちょ!?」
桜野が慌てた様子で立ち上がる。
「嘘は言ってない」
「だいぶ歪曲してるじゃない!」
「捏造ってこうやって生まれるんだろうな」
「もうどっか行きなさいよ!」
桜野に追い出される形で放り投げられた。ひどい。
恨めしそうに睨まれたのでそのままドリンクバーへ。どこかって言ってもそれくらいしか行くところがない。あとはトイレとか?
でも……あれ? じゃあ桜野と塩見はテーブルで二人きりじゃん……やられた。
速く戻ろう。いっそ水で最短を狙うか? いや、でもドリンクバー頼んだし……。
「御門君。ここで会うなんて珍しいね」
適当な炭酸飲料のボタンを押していると、後ろから話しかけられた。巻村だ。
「なんだ? 俺に用か? 急ぎじゃないなら後にしてくれ。俺は今、恋の始まりを止めに行かないといけないんだ」
「ひどいことしようとしてるんだね……」
「人生がかかってるからな。それよりお前は星宮目当てか?」
「どうして?」
「お金持ちなのに庶民的なファミレスに来てるから」
「偏見だね」
「偏見だよ」
巻村は俺の煽りをものともせず、落ち着いた様子で空いたコップに氷を入れた。
「まあ、君の言う通り、僕は星宮さんが好きだよ。ここにいる理由も正解だ」
恥ずかしがるわけでもなく、巻村はジュースのボタンを押しながら言った。
「でも、それは御門君もだよね?」
「俺は違うよ」
「じゃあ、なにしに来たの?」
「星宮を見に行く以外でもファミレスは来るだろ」
「え?」
「え……?」
なに星宮見に来る以外の用事はないみたいな反応なのこいつ?
もしかして脳の中が恋愛に支配されちゃった感じか? なんで面食らった感じなの? ねぇ、なんで? ファミレスって、本当はご飯食べるところだぞ?
「俺がここいるのは、布教活動だよ」
「布教活動?」
「そう。じゃ、俺は急いでるから戻るぞ」
「うん。それじゃあ」
無駄な時間を食ってしまった。これで桜野と塩見が仲良く話してたら覚えとけよ巻村。どさくさに紛れて星宮が好きだと宣言しやがって。知ってるわボケ!
席に戻れば、塩見と桜野はいい感じ、なわけではなく普通な感じだった。
なんとなく塩見の隣に座る。桜野の隣だといつ物理攻撃されるかわからないから。
そのあとは桜野もドリンクを取りに行って、適当な雑談を交わす。
塩見が学園に慣れたかとか、そんな他愛もない話。
「それで、御門はどうして今日俺たちをここに連れてきたんだ?」
話が一通り終わった頃に、塩見が訊いてきた。
「どうしてだと思う?」
「まさか……俺のために……?」
「ふ……」
「御門……!」
意味深な雰囲気で言ってみれば、塩見が勝手に好意的な解釈をしてくれた。
おそらく俺の考えと塩見の考えはあってないけど、塩見のためと言う点はあながち間違いじゃない。
俺が塩見をここへ連れてきた目的、それはさっき巻村に言ったように布教活動である。
恋愛のフラグが立たないなら、それとなくフラグが立つように立ち回ればいい。それが布教活動。つまりプレゼン。塩見にそれとなく星宮の魅力をアピールし、星宮にもそれとなく塩見の魅力をアピールする。勝手に仲人作戦。
恋愛心理学とか読んでも俺にはわからんかった。とにかくまずはお互いを理解してもらって、あとはいい感じになってくれればそれでいい。俺がそのアシストを勝手にするから。変な狩人たちに狩られる前に、俺が正しい世界へ導きたい。
「塩見君……こいつがそんな素晴らしい考えなわけないわよ」
「いやいや、俺は塩見をファミレスへ連れてきたかっただけだぞ?」
意味合いは違ってくるけど。
「一人で来たくなかっただけでしょ? 一人で来てずっとひかりを眺めていたらそれこそ犯罪だもんね」
「眺めるだけで罪になるのか?」
「視姦罪よ」
「なら、お前も俺と一緒に塀の中だな」
「なんでよ?」
「わかんねぇならいいや」
指摘しねぇけど、お前さっきからずっと塩見の方見てるからな。視線が吸い寄せられちゃってるからな。なんなら俺より先に捕まるぞお前。
「でも塩見……実際、バイト着の星宮は最高に可愛いと思わないか?」
星宮は持ち前の笑顔を振りまきながらせっせと働いている。いかにも頑張ってそうな健気感が出てて最高にキュート。あれを計算でやっているのだとしたら、まさに天性の小悪魔と言っても過言ではない。
普段の制服姿もいいけど、こうしてバイト用のウェイトレス姿はまた違った特別感を得られて非常にいい。目の保養にもなる。
「そうだな……たしかに可愛いね」
「そうだろうそうだろう」
「あんたはどの立ち位置なのよ……」
満足げに頷けば、桜野がジッと目を細めていた。
「星宮の魅力を塩見へ伝えていくアンバサダー的立ち位置」
「塩見君限定なの?」
「当たり前だ。その辺の雑草に星宮を宣伝したって意味ないだろ」
「は?」
星宮を幸せにしてくれそうなやつに、正しく星宮の魅力を伝えるのが俺の仕事。
塩見は俺の中でオッズ1番人気。だから全力で宣伝していく。
「塩見、星宮は大人気だからな。狙うなら早めにしておけよ」
「狙うって、星宮さんは悪人に狙われているのか?」
塩見は俺の言っている意味がわからない様で、謎の解釈を垂れた。
「悪人というか、愛に飢えた狼たちと言うべきか。そこの女狐と一緒だ」
「誰が女狐よ!」
「悪い、お前も狼だったな。訂正しとく」
「どういう意味よ!」
「意中の男子を虎視眈々と狙い、男同士の密会にも我が物顔でついて来る。これを狼と言わずして何と言うか」
「う……」
思い当たる節がありまくったのか、桜野は顔をしかめる。
そりゃ心当たりあるだろうなぁ。だって、今この状況だもんなぁ。
「へぇ……桜野さんは狼なのか。かっこよくていいね」
「そ、そう?」
たぶん意味を理解していない塩見に褒められて、桜野は満更でもない表情をしていた。好きな男に褒められるのは、どんなことでも嬉しいらしい。
俺も星宮に馬鹿と言われても喜べる自信があるし、そういうもんなんだろうな。恋の力って凄い。だから早くそこの主人公にもその力に目覚めて欲しいわけだけど。
「とにかく、ここは星宮の最高に可愛い姿を拝める楽園ってわけ。そんな素晴らしい場所はちゃんと仲間と共有しないとな」
「なんか……青春っぽくていいな!」
「塩見君……そこはちゃんとツッコんだ方がいいところよ……」
「そ、そうかな?」
さて次はどうやって星宮の宣伝をしていくか考えている時、それは起こった。
「おい! どうなってんだよこれは!」
突然店に響き渡る怒号。
騒がしかった店内が一瞬で静まり返り、みんなの視線はその怒号の主へ送られる。
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