第21話 野郎とお出かけ
そして迎えたゴールデンウィーク。気づけば残すところあと2日になっていた。
おかしい。普段の学校より時間の流れが速い。部屋でゲームしたり、サラマンダーの研究室で文句を言われながら居座って時間を潰していただけなのに、もうゴールデンウィークが終わりかけている。
寮では毎日、「明日はどこに行こうか!」とか、「今日は楽しかったね!」の声が聞こえて来たというのに。みんな俺に気を遣いすぎなんだよな。呼ばれたらちゃんと行くから声かけていいんだよ?
しかし、そんな俺にもデートという華やかなイベントが巡ってきた。男との。
「まさか人生初デートが野郎になるとはな。俺は前世で相当の大罪を犯したらしい」
「そう言うなよ。男同士で遊びに行くのも楽しいだろ? 俺は楽しいし」
ぼやいてみれば、隣の塩見はさすがのイケメン回答をお見舞いしてくれた。
闇に染まりし我が心へ、その光はかなり効く。大ダメージ。俺の心が浄化されそう。
そのままうっかり桜野の恋を応援しそうになったわ。危ない。
「それで、さっきからずっと歩いてるけど、まさか俺を散歩に連れまわしたいだけじゃないよな?」
少し歩こう。そう言われて行動を開始したものの、塩見の少しって大匙何杯? と言いたくなるくらい歩いている。既に大匙3杯は入れている。適量どころの騒ぎじゃない。
普段運動してない俺の足はもうパンパンだったり。今走ったら秒で足がつる。
「もちろん。ちゃんと目的地はあるさ」
「いつ着くんだ? 俺の足はもうすぐ死ぬ」
もうね……前兆が来てるんだよ。足が声を上げてんだ。お前……走ったらわかってんな? って、ふくらはぎがリアルに震えながら言ってんだよ。電気も食らってないってのに。
「大丈夫。もうすぐ着くよ」
「そのセリフ……何回目か言ってみろよ?」
このやり取りは既に何回もしている。片手で収まらなくなってきた段階で、俺は数えるをやめた。きっと那由他回くらい言ってる。那由他って10の何乗だっけ?
「はは、ごめんごめん。今度は本当だよ」
じゃあ今まで聞いた時の答えは嘘だったんですね? 騙したなヒーロー!
歩くだけでも疲れは溜まる。5月でも日中は暑い。俺は額から滲み出た汗を拭う。
賑やかな街並みから遠のき、歩くほど周りから雑音が少しずつ消えていく。
光の当たる世界から、日陰の世界へ。通り過ぎる家からはどんどん年季を感じていく。
静か。だけど少し悲し気で。ここは人が消えて取り残された世界のように感じた。
今……結構いい感じのポエムじゃなかった? そんなこと考えてないと俺の足が死ぬ。
待て震えるな。頑張れふくらはぎ。お前はまだ音を上げるほど弱っちゃいねぇだろ!
「着いたぞ」
どこがもうすぐなんだよ……と突っ込む気力すら削がれた頃、塩見が立ち止まった。
きっと鏡を見たら俺はゾンビのような顔をしているだろう。足は瀕死だが生きている。
頭を上げるのはこんなにつらかったっけ? と世界に問いかけながら重い動きで目の前の見れば、それは寂れた教会だった。
「教会? 祈りでも捧げに来たのか?」
塩見ってそんなキャラだっけ? でもイケメンが片膝ついて祈り捧げてたらそれだけで絵になる。イケメンの補正値は半端じゃないからな。
どんな失敗でさえ、イケメンの補正がかかればそれは成功になる。ただコミュ障なだけでも、クールとかいう素敵な単語に早変わりするからな。俺だったら根暗って言われる。世間ってフツメンに厳しいんだわ。え? フツメンは認めて?
「違う。ここは孤児院だ」
「孤児院……」
馬鹿なことを考えていたけど、全く見当違いだったらしい。
この見た目で孤児院。初見で答えられた奴は運営から答えを教えてもらってるチート野郎だ。俺にも任意の対象を俺が決めた相手と恋仲にできる、俺以外が貰っても誰得なチートが欲しい。もし貰った時は強制恋愛とでも名付けるとしよう。
「どうしてまた孤児院に?」
目の前の教会が孤児院だったとして、どうして俺を連れて来る必要があるのか。足パンパンなんですけど? 小さい子供が好きとか半端ない趣味だったらぶっ飛ばす準備だけはしておこう。
「そんな怪訝そうな顔するなよ……べつにやましいことはないよ」
「実は小さい子供しか愛せないとかじゃないよな?」
「そんなわけないだろ! この中に昔からの知り合いがいるから、今日は顔を出しに来たんだ」
「昔からの知り合い……え? じゃあ俺がここにいる必要ある?」
「むしろ今日は御門が主役だ」
「どういうことだってばよ……」
普通に考えて俺がいる必要性皆無なんだけど? え、なんで俺ここまで連れて来られたの? 足パンパンで辛い思いをして、更にここからアウェーの洗礼を受けなきゃいけないの? 地獄か?
ただでさえ見知らぬ土地。塩見が中で知り合いと話してる時に俺はどうすればいいの? 借りて来た猫のように部屋でインテリアの一角を担えばいいの? 俺、木に擬態するのは苦手なんだけど……。
「その……いつか友達を連れて来いって言われたんだ」
塩見は恥ずかしそうに視線を逸らしながら続ける。
「俺はさ、色々あって今まで同年代の友達が少なかったから、ずっと心配されてたんだ。だから、俺にもちゃんと友達ができたぞって、安心させたかったんだ」
「なら、俺でよかったのか?」
話している内容自体に文句ない。塩見は秘密組織のエージェントとしてきっと今も陰で頑張ってるもんな。それに、最近まで学校にも通ってなかったわけだし。
なるほど。俺の足を破壊してまでここへ来た理由はわかった。文句の付け所もない素晴らしい理由だ。
しかし、連れて来た人間には問題がある。だから自然と口に出た。
「自分で言うのもあれだけど、俺は普通の人間だぞ?」
まあ悪い気はしないけど、自分で言ってあれだけど俺には華がないんだよな。
「いや、俺が友達を紹介するなら御門しかいないだろ」
それでも、塩見は俺を連れて来るのが当然みたいな返事をする。
「信頼が厚いなぁ。俺、なんか塩見に好かれることした?」
「覚えてるか? 俺が転入してきた日のことを」
俺の問いに、塩見がしみじみと語り出す。
「転入してきた日か……」
「あの日、御門は率先して学園の案内を買って出てくれただろ? あれだよ」
「あぁ……あったなそういや」
塩見の転入初日、俺は塩見の学園案内をした。星宮と、ついでに桜野も連れて。
「俺さ、すごく嬉しかったんだ。正直、学園に転入した日は不安でさ、うまくやれるのかな、とか柄にもなく緊張してさ。でも、御門が真っ先に話しかけてくれて、それで学園を案内してくれて、今と変わらない気の抜けた雰囲気で接してくれてさ、俺はそれにすごく救われたんだ。今まで言ってなかったけど、御門にはすごく感謝してるんだ」
「へぇ……」
あれ? 俺今褒められてるんだよね? 一瞬怪しい言葉遣いがあったような。
いや、塩見はクソ真面目に話してるから聞き間違いだな。うん。そうしよう。
「それに、御門が思うより、御門って凄い奴だと俺は思うよ。たぶん、御門の魅力に気づいてないのは御門くらいじゃないか? 星宮さんも、桜野さんも、きっとそれに気づいてるよ」
「俺の魅力ね……例えば?」
「ちゃんと自分の芯を持ってるところ」
「そんなのみんなそうだろ?」
「いや、違うな」
塩見は続けた。
「たぶん、それを持ってる人の方が少ないよ。大体は空気を読んで周りに合わせて自分を隠す。だから、周りに流されない意志を持ってる人が眩しく見えたりするんだ」
「それだと、俺って空気読まないみたいに聞こえるな」
まぁ、塩見の言いたいことも何となくわかる。人の意志って、意外と弱いからな。
ただ、社会の流れに従って生きるのは楽だからな。俺もたぶんそうだった。
でも、その先にはなにもない。ただの無為な人生が待っている。
「でもまぁ、俺はただ後悔しないように生きてるだけだよ」
そう、こんなんでも人生は2週目なんだ。
普通は1回死んだら終わり。そんな中、神様の気まぐれであり得ないことが起こってる。
1度目はよくわからん間に終わった人生。何をしたかも覚えてない人生。
それって、どうなん? そう、言葉を話せない赤ちゃんの時に考えていた。
どうせ生きるなら、後悔をしないように生きた方がいい。
なにせ、この人生で失うものは何もない。好きなように生きて、自分の理想のために立ち回る。高校生なんて、自由に生きてなんぼだしな。仮に後悔するとしても、やらない後悔より、好き放題やって痛い目を見る後悔の方が全然いい。
俺は1度目の人生の反省を生かしてるだけ。精神面で言えばチートみたいなもんか。
「ま、褒められて悪い気はしないから、ありがたく受け取っとく」
「やっぱ、御門のいつでも自然体なところが俺は好きなんだよな」
「好かれるなら男より可愛い女の子がいい」
「可愛い女の子ならすぐ近くに二人いるから、現世で頑張ってみたらどうだ?」
「……そうだな」
でもそれは、塩見圭一の物語に出て来るヒロインだから。
それを俺が奪ったら……はっ! 実質NTRなのでは……!?
まぁ、あいつらが俺に惚れるのは万に一つないから考えるだけ無駄か。
「というわけで、俺は胸を張って御門を紹介しようと思って誘ってみた」
「なるほど。じゃあ話も綺麗にまとまったし、俺はここまでってことで……」
「待て待て帰ろうとするな。お前は何を聞いてたんだ?」
くるっと翻ったところで、塩見に首根っこを掴まれた。
「ちょっと緊張でお腹が……」
「お前はそんなタマじゃないだろ。トイレなら目の前の建物にあるぞ」
「それでも俺はアウェーの空気が嫌だから実家に帰らせていただき……力つよっ!?」
これが……エージェントの力……。
抗えない暴力に屈し、抵抗をやめたら塩見が掴んだ首根っこを解放してくれた。
サンキューエージェント。暴力は全てを凌駕する。厳しい裏社会の実情を教わったぜ。
「じゃあ行くぞ」
塩見は教会の横にある小さな扉に立ち、インターホンを押した。
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