第10話 惚れ薬②
「ぐえええええええ……最悪の気分だ……」
解毒薬を水に溶かして飲んだ後、俺は凄まじい自己嫌悪に陥っていた。
もうこれだけで結果はわかるだろう。俺は負けた。因果応報は実在する。
だから飲んだ。もう勢いで行った。そして、飲んだ後の視界に入ったのは、
「ねぇ……僕も最悪の気分なんだけど……」
俺と同じくげんなりしている黒田だった。
奴も多大なるダメージを負った様子。
薬を飲んだ瞬間、どうせ薬の力で惚れるなら女の子がいいと思ってサラマンダーの姿を見ようとしたけど、彼女はさっと俺の視界から消えていた。消去法で俺が見たのは黒田となり、結果として大惨事が起こった。
「して、効果はどうだった?」
俺たちに気遣う様子はなく、サラマンダーは結果だけに興味を示す。
「黒田を見た瞬間、思考が黒田一色に染まって新世界が見えた」
俺は星宮にしか興味がなかったはずなのに、それを上書きする勢いで黒田への愛情が芽生え始めてきた。それはもう雷に打たれたように。
「御門にずっと愛の言葉をかけられ続けるのがこんなに苦痛だとは思わなかった……」
「俺もだよ黒田。理性は残ってるのがほんと最悪だった」
この薬のやばいところは、冷静な自分は残ったままという点だ。
俺は黒田への愛に目覚めた。だが、それを嫌悪する自分も残ったままなんだよ。なのに抑えきれない愛が体の内側から押し寄せて来る。
嫌いだと言おうとした言葉でさえ、喉を出る頃には愛の言葉へ漂白されてしまう。
思ってもいないのに、脳がバグって愛に染まりきる。
本気で好きになるわけじゃなくで、理性が残ったまま無理やり好きにさせられてる感があってマジで最悪の気分だった。
「なるほど、一滴では理性は残ったままというわけだな。では次はもう少し原液の量を増やしてみるか」
俺のレビューを全部聞いてから、サラマンダーは頭のおかしいことを言う。
「正気かお前! 俺はもう嫌だぞあんな思いは!」
何回リバースしそうになったことか。
理性と仮初の愛情が混ざり合う地獄とはまさにあれのこと。
「科学は小さな実験の積み重ねだ。さぁ、次だ」
「お前楽しんでるだろ!?」
「はて? 実験は反復が大事だ。満足するまでやるぞ」
「サラマンダアアアアアアア!」
結局あと2回飲まされた。
「なるほど、薬の量を増やしても効果は変わらないと。いい結果が取れたよ」
サラマンダーは満足したように一人だけ楽し気に頷いた。
その周りには2つの屍が出来上がっている。
「なんで……僕まで……」
効果に個人差はあるのか? というサラマンダーの一言によってなし崩し的に黒田も飲まされ、俺は黒田に惚れられる地獄みたいな体験をさせられた。
なるほど、惚れる方もしんどいけど、惚れられる方もだいぶしんどい。身をもってさっきの黒田の気持ちがわかった。
「よし、これでこの薬の効果はほとんどわかったな」
サラマンダーはふたつの小瓶を俺へ差し出した。
「どうせ効果は何もしなくても1日で切れる。あくまで余興として使ってくれ」
「サンキュー……用量と用法を守って正しく使うわ」
「これの使い道は悪用しかないでしょ……」
「なんだ黒田? そんなに体育の授業のあとに女の子から差し出された冷たい飲み物の中にこっそり薬を入れて欲しいのか?」
星宮辺りならノリノリでやってくれそう。
「それは明確なテロだよ!? よくそんなえげつないこと咄嗟に思いつくね!」
「なんだよ。褒めても惚れ薬しか出ないぞ?」
「依更! どう考えても御門に渡すのはまずいよ!」
なんだこいつ急に元気になったな。死んだふりしてたのかよ。
「大丈夫だ蓮介。こう言ってるが、秋志は本当にしてはいけないことはしないさ」
「ほんとかなぁ……」
懐疑的な視線を向ける黒田。
「秋志は素直じゃないんだよ」
「おいおいサラマンダー。俺はいつでも素直を信条に生きてるぞ?」
「勝手に言ってろ」
「……依更ってさ、なんか御門には甘いよね」
「そ、そんなことはない! 気のせいだ!」
顔を赤くしてサラマンダーは強く否定する。
その時、研究室のドアが勢いよく開かれた。
「あ、今日はここにいたんだね御門君!」
その先から顔を出したのは星宮だ。
「星宮? よく俺がここにいるってわかったな?」
「御門君の行動範囲は狭いからこんなの余裕だよ!」
「……んん?」
爽やかに馬鹿にされた気がするけど、星宮が可愛いからどうでもいいか。
彼女はそのままズンズン接近して、俺の腕を掴んで引っ張りあげる。
腕に柔らかい感触。幸せの双丘。顔が自然と弛む。
「秋志……そのだらしない顔はやめろ。不快だ」
「仕方ないだろ。幸せを肌で感じてるんだよ」
「そんなことより、今度の作戦会議するからちょっと来て!」
「え? 作戦会議? なんの?」
「決まってるじゃん! ヒメと塩見君をくっつける恋のキューピッド作戦だよ! この前一緒に頑張るって約束したよね!」
そういや、そんな作戦ありましたね。ここに来るまではそれのこと考えてたのに、惚れ薬の後遺症がエグイから忘れかけてた。
「ほら、行くよ!」
惚れ薬の小瓶をポケットにしまい、俺は星宮になされるがまま研究室を後にした。
この薬、いつ使ってみようかなぁ。そんなことを考えながら。
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