第25話 ただそれだけ
「なんか色々しんどい時に、ふと彼女の明るさに触れて救われた。それだけの話です」
初めて彼女に恋をしたのは、俺がこの世界に生を受ける前の話。
俺が御門秋志になる前の話。もう覚えてない、かつての自分の話。
そう、なにが原因かは思い出せないけど、その時の俺は色々しんどかった。
人間関係、仕事、金銭問題、もうどれかはわからない。
寝て、起きて、仕事へ行って、帰って、寝て。それの繰り返し。
ただ毎日を無為に生きている実感だけがあって、俺は何のために生きてるんだろうとか考えていたと思う。そう、虚無の毎日だったと思う。
だけど、何かをしても、何かをしなくても、時間だけは万物平等に流れる。
何かをしようと思った。したいと思った。でも、何かを始めるエネルギーが無かった。
そんなとき、なんとなく昔は腐るほどやっていた恋愛アドベンチャーゲームを起動した。
癒しを求めたのか、可愛い女の子と戯れたかったのか。本当に何となくだった。
休みの前の日に当時人気と言われてたゲームを買って、そんで休みの日に起動した。
そこで俺は出会った。太陽のように光り輝く美少女と。それだけの話だ。
「俺……実は結構ちょろいんですよ」
言ってから内心で照れ臭さがこみ上げて来た。
よくよく考えたら本当にちょろかった。しんどい時に、ふと星宮の明るさに触れて心が軽くなって、なんか気づいたら好きになった。それだけの話だったから。
「そうかな? 人が人を好きになるって、そんなもんでいいんじゃないかな?」
意外にも、朱音さんは茶化して来なかった。
「ドラマチックな展開でしか誰かを好きになれない世界なら、もっと独り身が増えてるよ」
「たしかに」
「理由なんてそんなんでいいんだよ。まあ、ドラマチックな展開に憧れは持ってるけどね。それで、御門君はいつひかちゃんに告白するの?」
「え? しないですよ?」
即答すれば、朱音さんは意味がわからなそうに口を開けて呆けてた。
「なんでしないの? 好きになったら即行動でしょ?」
どっかで聞いたことあるセリフだなぁ。
「好きだから絶対に告白でもないでしょう。俺はただ、彼女が幸せにしている姿を見られればそれでいいんです。付き合いたいとかは特にないです」
「えぇ……理解できないなぁ」
朱音さんは顔をしかめて唸る。
「身の程を弁えてるんですよ」
遠くではしゃぐ子供たちの声に目を向ける。
その中で、星宮と塩見も楽しそうに子供と遊んでいる。あいつらの体力は無尽蔵かよ……。俺なんて一瞬でノックアウトだったんだが?
でも、あの景色は最高だよなぁ。推しと、推しを幸せにできる男が、小さな子供と楽しそうに遊ぶ。さながら結婚した後の幸せな家庭を見ている感じだ。
そう、これだよ。これを見たかったのよ俺は。あぁ……いいっすねぇ……。
桜野とか、巻村とか、この景色を邪魔する奴らが多い中、やっと俺の見たい景色が見れた。感動で涙腺が緩みそう。
「ふぅん……あ、わかった。あれだね……御門君は自分に自信が持てないんだね」
「……んん?」
幸せな景色を眺めていると、横からいきなり鋭利な刃物で横っ腹を刺される。
「自信がないから、誰かがひかちゃんを幸せにしている姿を見て自分も満たされようとしてるんだ」
「あの……めっちゃ攻撃力高くないですか?」
死ぬほどクリティカルヒットしてるんですけど?
「自覚があるからそう思うんだよ。思い当たる節が無ければノーダメでしょ?」
「……」
ほんと、この人は的確に痛いところを突いてくる。
「私は、男らしい人の方が格好いいと思うよ?」
「俺は、誰よりも彼女の幸せを望んでるだけですよ」
俺の一番の願いは彼女が幸せにしている姿を見ること。
俺は、俺より圧倒的に高スペックな男が目の前にいるなら、そいつに幸せにしてもらうのがベストだと思うわけよ。
究極的には、塩見よりナイスガイが彼女を幸せにするならそれでもいい。
前はゲームのしがらみによって見られなかった世界。それを見たいだけ。彼女が歩むハッピーエンドを見たいんだ。
推しを推す。俺の考えって、要はそういうことだと思ってるんだよ。
「秋志君はさ、ひかちゃんのことどこまで知ってる?」
「明るくて愛嬌があって誰にでも分け隔てなく接する女神ってところまでですね」
即答した。それ以外の回答など存在しない。と思っていた。
「だけど、最近はそれだけじゃないって気づきました」
「へぇ……」
興味がありそうな相槌。俺は続けた。
「時たま弱音っぽいのを見せてくれるようになったし、ちょいちょい毒を吐きます」
「それ以外は?」
「これから知って行きます。まだ星宮のことを全然知らないんで」
「それを知って、秋志君はどうするの?」
「さぁ? もっと好きになるんじゃないですかね?」
惚れた女の知られざる一面を見る。好きにならないわけがない。
まぁ、教えてくれるかどうかが一番の問題だけど、なんか今日は行けそうな気がするんだよな……やましい意味はない。
「でも告白はしないんだ?」
「しません」
「キミもよくわからない人間だなぁ」
「そこが俺の売りなんですよ」
「微妙なセールスポイントだね」
朱音さんは苦笑いしながら頬を掻いて、楽し気な声をあげて遊ぶ子供たちへ視線を移す。
その目は優しく、それでいてどこか寂しそうな目をしていた。
「当たり前の日常ってさ、ある日突然前触れもなく壊れたりするんだよ」
ふと、そんなことを言ってくる。
「ここに居る子たちも、今は笑ってるけど、最初はみんな心を閉ざしてた。ここは孤児院だからね。やってくる理由なんていいものじゃない」
まあ、その通りだと思う。孤児院。身寄りのなくなった子供たちが集まる場所。
つまり何らかの理由で親と二度と会えなくなった子達の集まり。
言葉の裏に隠れているのは、星宮もそうなんだと言うところ。
俺の仮説が正しければ、というか確信はしてるけど、そうなれば彼女も。
「でも、今はみんな楽しそうですよ」
今は元気に笑ってる子供たち。朱音さんも、そして星宮も、その笑顔の奥には計り知れない悲しみを背負っているはず。
でも、みんなそれを見せずに笑っている。優しい世界がここにはある。
だから彼女も、俺の言葉にはそんな希望が隠れている。
「表面上はね。きっと、まだ心の傷が癒えてない子もいる」
その言葉は、星宮に向けてか、他の子供たちに向けてか、それとも。
「朱音さんもですか?」
「え?」
「朱音さんもここの出身だから、そうかと思って」
「私は大丈夫。もう、大人だからね」
「そういうのに、大人とか関係ないと思いますよ?」
「え?」
「大人だからって、全部大人ぶらなくてもいいと思います」
大人であれば、社会の規範としての立ち居振る舞いが求められる。それは事実。だけど、全部が全部大人になる必要はないと思う。消えない傷があっても、大人を理由に無理やり消したフリはしなくていいと思う。
辛いことは辛いと言っていいと思う。
時には我慢も必要かもだけど、少なくともこれは違うと思う。
「秋志君は優しいね。私は本当に大丈夫。大丈夫なフリをしてるのはきっと……」
その目線の先には、子供たちにもみくちゃにされている星宮の姿があった。
「さてと、それじゃあ私もチビたちと遊ぶとしますか。秋志君はおかわりする?」
朱音さんは立ち上がり、腕を高く上げて伸びをする。
意味深なことだけ言って、明確な答えは教えてくれないらしい。
そこまで言うなら全部言えばいいのに。
「足がまた死んじゃうんで遠慮します」
「そうだったね。無理はしないで、ゆっくり休んでてね」
「あ、そうだ朱音さん」
歩き始めた朱音さんを止める。一応、答え合わせだけはしておくか。
「どうしたの?」
「朱音さんの目から見て俺は合格ですか?」
朱音さんの動きが止まる。
「合格? なんのことかな?」
笑っているけど、笑っていないような。そんな表情で俺を見る。
「理由はよくわからないですけど、朱音さんは話の中でちょいちょい俺を品定めしてましたよね? だから結果は聞いておこうと思いまして」
言えば、朱音さんは困ったように笑った。
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