第19話 休みの前
塩見が転入してからもうすぐ1ヵ月が経とうとしていた。
早いもので今週が終わればみんなお待ちかねのゴールデンウィークがやってくる。
実家に帰る人、寮に残って好きにする人。その選択権は生徒に与えられる。
最近、クラスではゴールデンウィークをどう過ごすか、の話題で持ちきりだ。長い休みがあれば何でもできるからな。ちなみに俺は家に帰らず寮で過ごす。父さんと母さんはその期間二人で旅行へ行くらしい。だから帰っても帰らなくても一人なのは一緒。むしろ黙っててもご飯を食べさせてくれるだけ寮の方がいいまである。
そんなわけで、晩御飯を食べる俺たちの話題も自然とゴールデンウィークの話になる。どこへ行こうか、何をしようか。まるで青春真っ盛りなリア充トーク。
「ごめんね。ゴールデンウィークは全部予定が入ってるんだ」
そんなゴールデンウィークの予定は、目の前でアジフライ定食を食べる星宮によって始まる前に終焉した。
「そっか……ひかりは去年のゴールデンウィークも全部予定が入ってたもんね」
残念そうにする桜野を見て、そういや、星宮は去年のゴールデンウィークも全部予定が入ってたなと思い出す。
1年前のことを覚えてる俺キモ……と思いつつ、推しの情報を忘れない姿勢は大切にしたい。
「つまり星宮はモテすぎて毎日違う男とデートに行く用事があると……」
「御門君の中の私は相当悪女だね。心外ですなぁ」
「え、違うのか?」
「違うよ!? 真顔で言わないで!?」
星宮ほどモテる女子の予定が全部埋まってるのはそれしかないと思ったんだけど。
「私、そこまで軽薄じゃないんですけど!」
星宮は俺に抗議の視線を向ける。
「あんたってさ、ほんとひかりを神聖視してるわね……」
「女神を信奉してなにが悪いんだ?」
「いや……真顔で言わないでよ。こっちの反応が困るんだけど……てか女神って誰?」
「星宮に決まってんだろ。ふざけてんのか?」
「どう見てもふざけてるのはあんたでしょうが!」
「あはは、私は人間なんだけどね」
あくまで己の存在を俺たちに合わせてくれるのはマジ女神。
しかし、その慈愛に満ち溢れた女神も腹には一物抱えていらっしゃるご様子。恋人を作る気分ではない。その理由を知りたい俺であるが、中々デリケートな話題であるため、思い切りよく行くわけにもいかない。星宮のことだ、思い切って訊いたところで、タイミングを間違えれば適当にはぐらかされて終わるだろう。
そもそも、俺ってそんな深い話をずけずけとするキャラじゃないし。ぶっちゃけ真面目な話って苦手だし。楽しいのが一番だし。
星宮とは今までくだらない冗談を言い合っていた間柄だからこそ、真面目で深く踏み込んだ話をするのが難しいと、そう気づかされた。
「話を戻すけど、私抜きで遊びに行っていいんだからね? せっかくのゴールデンウィーク。みんなでどこか行ってきなよ!」
星宮はチラッと俺を見る。アシスト頼んだ。とでも言いたげにウィンクしてきた。くっ……素直に頷けないぜ!
彼女の目的は塩見と桜野をくっつけること。自分がいない状況はむしろ都合がいいと判断して、二人を遊びに行かせるように仕向けたいんだろう。
んで、協力者である俺はなんとかアシストしろよ。と、そう言いたいんだな。
アイコンタクトだけでここまで察する俺すごくね? これが愛のなせる技よ。
「じゃあ星宮さん抜きでどこか行く?」
「私はそれでもいいけど……」
前向きに話している割に、声のトーンは後ろ向き。
どうしても迷いが払拭できていない感じだ。まぁ、グループの一人が行けないって言ってるのに、他のメンバーでどこ行くかの話はし辛いよな。じゃあ本人のいないところですればいいのか? と言われればそれもまた違う。場所が変わったって、ピースが足りないことには変わりない。
「いや、やっぱりいいわ。今回はやめにしましょう」
少し悩んでから、桜野はそう答えを出した。
「ヒメ? いや、私のことはべつに気にしないで大丈夫だからさ!」
「ひかり抜きは私が嫌なの。ひかりが行けないなら無理に行く必要はないもの」
「何言ってるのヒメ! 青春は一度切り! 無駄にできる時間なんてないんだよ!」
桜野の意見に星宮が待ったをかける。
どうやら、何としてでも塩見と桜野を遊びに行かせたいらしい。
「もう私は決めたの。ひかり抜きでは遊びに行かない。ゴールデンウィークが全てじゃないし、またその次の休みでも、時間はたくさんあるしね」
「そんなことない!」
机を勢いよく叩いて星宮が立ち上がる。
「ひかり?」
驚いたのは桜野だけではない。俺も、塩見も、視線は星宮を向く。
そして、驚いたのは星宮自身もだった。
「あ……ごめん……急に大声出して……」
星宮はすぐにトーンダウンして腰を降ろした。
「どうした? らしくないぞ星宮?」
なんというか、どこか切羽詰まったものを感じた。
「ごめん。ちょっと気がはやりすぎちゃった。ほら、せっかくのチャンスだったからさ」
そう言って、星宮は桜野に目配せをした。
「え!? あ、いや!? それは、そうかもだけど……」
桜野は、今になってやっと星宮の真意を察したのだろうか。なんかモゴモゴしてるし。
まあそれはこの際どうでもいいが、俺が気になるのはさっきの星宮の態度。
やはり、なにかが引っかかる。あれはたぶん……。
「まあ、桜野さんの言う通り時間はあるし、俺はここで二人がお互いを想いあって喧嘩するのは見たくないな。御門もそう思うだろ?」
重くなりそうな空気を察した塩見が仲裁するように言う。さりげなく俺も巻き込んで。うわぁ……面倒くせぇ立場になったぞこれは。
「そうだね。御門君はどう思う?」
星宮からは、お前わかってるよな? 的な視線を感じる。
ひぃん。なんで意志を俺に委ねるのかなぁ。遊びに行かせたい奴と行きたくない奴で勝手に話あってくれよ。と思ったが、よく考えれば俺はまだ一度もこの場で意見を発していなかった。
最後に話した話題は星宮は女神だよな、だった気がする。
なるほど、そうなれば俺も自分の立ち位置を示さないといけないのか。
困った。本当に困った。星宮への忠誠心を示すことも信者として必要な振舞い。ま、どっちが正しいかは置いておいて、ここの選択肢は一択だろ。
「べつに無理に行く必要はないんじゃね?」
「え……?」
真っ先に反応したのは星宮だった。
何言ってんだよお前、みたいな目を向けるのはやめて。
大丈夫。星宮の意図が伝わってないわけじゃない。伝わった上であえて否定してるだけだから。普通に最悪だったわ。そらそんな顔もするわな。
「本人たちが乗り気じゃないんだ。なら、行けない側が押し付けるのも変な話だろ?」
「それは……そうかもだけど……」
星宮はどうしても諦めたくない様子。
「なら、多数決でもとるか?」
「むぅ……」
彼女は不服そうに俺を弱弱しく睨みつける。そんな表情も可愛い。
ちょっとずるいことをしたなと思う。多数決を提案しておいてあれだが、結果は決まりきってるからな。やったところで、星宮を納得させるための形だけのものになる。
「……」
いや、あの、そんな恨めしそう顔で俺を見ないで星宮。
ほんとごめんって。協力体制を築いてるのに裏切ってごめんて。
「みんな優しいなぁ。じゃあ、また今度みんなで行こうか!」
若干不貞腐れた星宮がそう締めくくり、ゴールデンウィークの遊び計画は白紙になった。
その後は適当に雑談をしながらご飯を食べて解散になる。
「ねぇ……」
部屋に戻ろうと思ったところで、服の裾を摘ままれて立ち止まる。星宮だ。
彼女はもの言いたげな表情で俺を見上げる。
身長差があると、女子は自然と見上げる感じになってグッとくるよね。じゃなくて。
なんとなく、どんな話をされるか見当がついている自分がいた。
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