第12話 カカシの王子様

「こんなところでスペードランドの王子に会えるなんて光栄だわ」


「何でここにいる、棘の魔女」


「私がここにいる理由は王子の方がよく知っているんじゃないのかしら?」


「あきらかに領土審判だ。速やかに西の森へと帰ることを要請する」


「帰るわよ。その子からいただくものをいただいたら」


「わるいけど、君には渡さない。あれは俺たちのものだ」


「ハハ、これだから人間はおろかしい。過去から何も学ばない。5年前の惨劇を繰り返すつもり?」


「過去の出来事はすべて未来で人が幸せになるためにある。この試作品はそのためにあると俺は信じている」


「バカらしい。だからカカシと呼ばれるのよ」



 ウィリアムと魔女の会話を、メアリーはほとんど理解できなかったが、わかる言葉を拾って、ただ混乱する。



「王子? あんたが?」


「うん、まぁ。そうはいっても第三王子だから王位継承権はないんだけどね」


「何で王子がわざわざこんなところに!?」


「……、ちょっと待ってもらえる? 今、魔女をどうにかしないといけないんだ」


「やっぱりあいつは魔女なの!? マジで?」


「メアリー、ちょっと黙ろうか。ここから生きて帰りたいだろ」



 それをおまえが言うのかとメアリーは心底思ったが、実際のところ魔女をどうにかするにはウィリアムに頼るしかないことはわかる。


 それでも、もう一つだけ聞かなくてはならないことがあり、メアリーは口を開いた。



「5年前の惨劇を繰り返すってどういうことだ?」


「……」



 ウィリアムは何も答えない。無駄に雄弁だというのに、肝心なことを彼は答えない。それは彼にとって不都合だからなのか、それとも、メアリーにとって不都合だからなのか。



「あら、まさか、その子は自分が何を持っているのか知らないの?」



 代わりに魔女がにやりと笑う。



「それは、悲劇というより喜劇ね。だって、その身体は桜結晶崩壊サクラダウンで奪われたんでしょ? を知らずに運んでいるなんて笑うしかないわ」


「元凶?」



 何を言っているんだ? いや、相手は魔女だ。魔女が本当のことを言うとは限らない。だけれども、今この場を説明するには芯を得た言葉に思えた。


  

桜結晶サクラリウム



 魔女はさらりと告げた。しかし、後の言葉はつなげない。代わりにウィリアムに向けて首をかしげてみせる。するとしぶしぶと彼は話し始めた。



「メアリーも紫結晶は知っているでしょ。魔力の詰まった結晶鉱石ですべての魔法装具の原動力になっている。その中で桜結晶はこの世で最も魔力密度の高い結晶石。だから、少し前まで桜結晶を動力に利用しようという研究がなされた。もしも、桜結晶が使えれば、この国のエネルギー問題がすべて解決すると期待されていた」



 けれども研究は失敗した、とウィリアムは淡々と続けた。



「桜結晶を制御することはできなかった。魔力の密度が高過ぎたんだ。多くの研究者が匙を投げた。それでも、諦めきれず王国は研究を続けさせた。そして、あの事故が起きた」



 桜結晶崩壊。



「桜結晶が暴走した。あふれ出た魔力は崩壊と結晶化を繰り返し、その現象は国中に波及して大惨事を起こした。その爆心地がここサクラタウンだ」



 青色結晶柱はその名残。


 そんな話を、ウィリアムは語る。


 メアリーはあまりのことに言葉を失い、溢れるような情報をかみ砕けず、なんとかごくりと喉を鳴らして呑み込んで、やっと言葉を吐き出した。



「あんたらのせいで」



 5年前のあの日から、両親を奪われた悲しみも、身体を失った痛みも、義体と化して失った尊厳も、ゴミ漁りをして生き長らえた苦しみも、欠陥品と蔑まれた屈辱もすべて。



「あんたらのせいであたしは!」



 すべてが王国のせいなのだとしたら、今目の前にいる男、ウィリアム王子は。



「あんたらのせいであたしはこんな身体に!」



 メアリーのすべてを奪った者の血族ということ。怒りがふつふつと湧き出でて、止めどなく溢れ出て、おさえる術も理由もわからず、ただ怒鳴り散らした。



「殺してやる!」


「……」



 ウィリアムは答えなかった。メアリーの口から飛び出す呪詛の言葉をただ受け止めて、じっと耐えていた。それでも叫んで叫んで、叫ぶと同時に、メアリーはナイフを思いっきり投擲した。



「っ!?」



 ナイフはウィリアムに向かい、そしてその肩の上を通り過ぎ、魔女の胸に突き刺さった。



「何で、私に?」


「バカが。5年前の話をこいつにしても仕方ねぇだろ」


 

 憎しみがないかといえば嘘になる。災害だと思っていた桜結晶崩壊が人災だったなんて。ただその怒りを爆発させるにはメアリーの心は枯れ過ぎていた。ただ生きること。それだけに絞って削ってきた思考は、この場でいちばんやべぇ奴をる、それが最善手と判断した。


 魔女はふらりと揺れて、そのままスーッと落下していった。おとぎ話があっけなく終わる。


 やったのか?


 メアリーは半ば信じられなかったが、それでも今、この瞬間が最後のチャンスなのは間違いない。思い切って義手の右腕を取り外し、破壊された左足に強引にとりつける。動作は不安定だが、なんとか走れることを確認して、腰袋から取り出した玉を地面に放った。


 次のとき、煙幕えんまくが辺りを覆った。



「メアリー! 待て!」


「うるせぇ! そんなでかい話付き合いきれるか! おまえらで勝手にやってろ!」



 メアリーは駆け出した。左足でかくんかくんとバランスを崩しつつも、なんとかこの場から離れる。その背中にウィリアムの声が響く。



「魔女はあのくらいじゃ死なない!」



 彼の声に応じるように、目の前には大きな花。そしてメアリーの胸元には伸びた棘が突き刺さる。花と同じ真っ赤な血、は飛び散らない。代わりに心臓がパリンと割れる音がして、継填装の中の紫結晶の破片が飛び散った。



「あら、お揃いね」



 魔女の声が遠くで笑う。

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