第14話 桜結晶
メアリーは息を吹き返す。空気を必要としない彼女にとっておかしな表現だが、文字通り、メアリーは思いっきり息を吸った。
全身の力が戻ってくる。どうやら桜結晶は、メアリーの心臓として機能したようである。なんとか一命をとりとめた、といってよいのだろうか。
少しだけ安堵して顔をあげる。だが、実際のところ、そんな安堵できる場面ではなかったらしい。
魔女とウィリアムが揃って恐ろしい顔をメアリーの方に向けていた。
「まさか、こんなことが! だから、さっさと殺しておけばよかったものを! 今からでも!」
「待て! 桜結晶はすでに活性化している。今殺したら、どうなるかわからない!」
「生かしておいても同じでしょ! あんな
「だから慎重に対処しないと。下手したらここら一帯吹き飛ぶぞ!」
二人の緊迫感が伝わってくる。けれども、事態をあまり把握していないメアリーにはその危険度を理解できていない。
とりあえず魔女がメアリーを殺そうとしており、ウィリアムがメアリーをやんわりと殺そうとしていることはわかる。
うん、あんまり状況は変わっていないな。
メアリーは足の動きを確認する。ウィリアムによって
そんなことを悩んでいる内に、魔女の蔓が足に巻き付いてくる。また捕縛するつもりだ。この蔓に拘束されたら逃げようがないと、メアリーは膝の駆動部を力いっぱいに稼働させた。
「えっ!?」
ただ地面を蹴っただけだ。それだけなのに。
瞬いた後に世界が切り替わった。まただ。世界が反転して見える。既視感があった。さっきも同じ光景を見た。さきほどは魔女の魔法で打ち上げられて。そして今は自ら跳ねて。
「すご過ぎだろ!」
これが桜結晶の力。動力源のポテンシャルが違い過ぎる。メアリーは宙でやっと彼らの言っていることを体感した。この結晶石はモノが違う。
欲しがるわけだ。
実感を得て、このまま落ちるのはまずいと直感する。まったく逃げられていない。メアリーはただ落ちるだけであり、下にはめちゃくちゃ怖い魔女と頭のおかしい王子が待ち受けている。
どうにかしないと、とメアリーは体制を入れ替えた。そのとき異変に気付く。
「熱っ!」
義足がすさまじい熱を持っていた。赤く変色しており、ところどころ変形している。桜結晶の動力にメアリーの持つ低品質の
そんな不安をメアリーは抱いていた。だが、それはあまりに楽観的な考えで、彼女の悠長な悩みを待つほど事態はあまくなかった。
二つの予想外が同時に起こった。
一つは魔女。メアリーが落ちてくるまで、彼女が待つ義理はなかった。視界の中で魔女が杖をこちらに向ける。すると、下方から無数の植物が湧き上がってきた。植物なのかも疑わしい。もはや壁である。メアリーの身体を空に
普通に天変地異。
これが魔女の魔法。
「すごい」
改めて、メアリーは自分が敵にまわしてしまったものの強大さを知って唖然とした。そこには恐怖を通り越して
そしてもう一つ。
義足が結晶化し始めた。いや、し始めたというのはほんの一瞬の表現に過ぎない。瞬く度に結晶化は進み、気づくと桜色の結晶が二本、メアリー腰から生えていた。
それもほんのひと時の話。胸元で桜結晶が絶え間なく稼働する。稼働し続ける。しばらく力を貯め、そして思い出したように、その力を解放した。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
残された生体部に激痛が走り、メアリーは叫ばざるを得なかった。悲痛の声に乗るように、結晶が周囲に伸びていく。バリバリと大気を呑み込みながら。魔女の魔法すら受け付けず蹴散らし、植物を枯らし踏み潰し、大地にその無慈悲な桜色の根を下ろした。
「何だよ! これ!」
わかっていた。いや、嘘だ、わかっていなかった。これが桜結晶。彼らが殺し合いをしてまで欲していたもの。でも、まさか、これほどのものとは想像しようもなかった。
「これほどとは」
想像以上なのはメアリーだけでなく魔女もそのようで、植物を蹴散らし迫ってきた結晶化の波に呑み込まれていた。杖ごと左腕が結晶化する。
「しょうがいないわね」
魔女はさほど気にする様子もなく、左腕を切り落とした。その判断は正しいかもしれないが、即断できるものではなく、魔女という生物の異様さを感じさせる。ただ、今、この場に限っていえばそれさえも
5年前の再現が、今ここで起きようとしていた。それを引き起こすのが、5年前の惨劇のいちばんの被災者であるメアリーというのはいったい何の因果なのか。
わかっていることは、今度こそ完全に。
「終わった」
「まだだよ」
声の主はウィリアムであった。植物に捕まって打ち上げられてきたのだろう。だとしたら結晶化に呑み込まれていそうだが、こうしてメアリーの目の前にいられるのは、手元の竹箒のおかげか。
彼はこの緊迫した場面にそぐわない、やけに優しい笑みを浮かべていた。
「ここからさ」
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