第15話 生きる理由

「無責任なこと言ってんじゃねぇよ」


「はは、そうだね。俺にはどうにもできない。どうにかできるのは君だけだ」


「うっせぇ、誰のせいでこんなことに、痛っ! なったと思ってやがる」


「もとはと言えば盗んだ奴がわるいけど、君は運がわるかったね」


「死ね。とりあえずおまえは結晶化に巻き込まれて死ね」


「だけど、これも神の悪戯か。君が桜結晶を手にするのも」


「何言ってんのかわかんねぇ」


「いいかい。君はその特異な身体で長年にわたって結晶石を制御し続けてきた。つまり、天然の制御器なんだ」


「いや、できてねぇじゃねぇか」


「そんなことはない。君はここまで飛び上がった。そのとき一瞬だとはいえ、君は


「あれはなんとなくで」


「もう一度やるんだ。要領は同じ。ちょっと動力が大きいだけ」


「ちょっとどころじゃ」



 癪ではあるが、ウィリアムに言われた通り、メアリーは桜結晶の制御を試みる。とはいってもやり方ななどわからないのでいつも通りに身体を動かす。動かそうと試みてみるのだけど、その度に周囲で空間が弾けて結晶が乱立した。



「あぁぁぁぁぁぁあ!」


「がんばれ」


「そんなこと言ったって!」


「できなかったらみんな死ぬ」


「知るかぁ!」



 本当に知るかだ、そんなこと。世界のことなんておまえらで勝手に考えろ、貧民街の義体持ちに託してんじゃねぇ、とメアリーは心底思った。


 だが、言葉はもう出てこなかった。痛みで意識が飛びそうだ。全身を流れる桜結晶のエネルギーが外へ外へと溢れていく。代わりに次第に身体の内と外の感覚が乱れ、痛みが内側へと帰ってくる。


 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」



 壊れる。


 壊れた。


 壊れてしまった。


 いや、初めから壊れていた。


 メアリーもこの世界も。くそみたいな世界だとずっと思っていた。死ぬ前に、このくそみたいな世界に一矢報いることができてよかったとメアリーは無様に笑った。


 

「どうして逃げた?」



 もう諦めたメアリーの耳に届くのは、ウィリアムの苛立つ問いかけ。



「兵士に囲まれて、どうして諦めなかった? そんな身体になって、危ない仕事に身を投じて、ゴミを漁ってまでして、どうして諦めなかった?」



 うるせぇ。



「生きたかったからだろ」



 おまえには関係ねぇ。



「生きる理由があったからだろ」



 貧民街の小娘が、そんな殊勝なものは持ち合わせていると思っているのか? 生きていたのは、ただ死ぬ理由がなかったから。こんなくそみたいな世界で生き延びる理由なんてメアリーには思いつかない。


 それでもウィリアムは続ける。



「思い出せ」



 彼の声は、まるで世界は希望であふれているかのような声色で、底辺に住まう欠陥品メアリーには、きっとまぶし過ぎた。だから、聞きたくなかった。聞いているとメアリーの方まで勘違いしてしまう。



「生きたいと願え」



 この世界には、希望があるのではないかと。



「君は生きていい」



 何て上から目線な物言いなのだ。いや、実質、上なのか。王子からド底辺への言葉。腹が立つ。ずっと、彼の無駄に端正な顔立ちも、余裕ぶった態度も口ぶりも、腹が立って仕方がない。けれども、彼だけだった。



 メアリーのことを人として扱ったのは。



 あんなくそ野郎だけというのが、本当にくそだなと思わざるをえないが、それでもいないよりはマシかとメアリーは思い返す。


 そして、口を開く。



「あたしが、生きる理由は―――

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