第16話 取り扱い
「まさか、桜結晶を制御するなんて……、驚いたわ」
片手をもがれた魔女は杖に腰掛け、さほど驚いた様子もなく言った。ただ声には少し動揺がある。強がっているのかもしれない。そのときだけ、ただの人間のようであった。
「そう? 俺は信じていたけれど」
「よく言うわ。あなたも慌てていたじゃない」
「それで、君はまだ争うつもり?」
「その必要はもうないでしょ。桜結晶の脅威は今のところなくなった。完全にではないけれど」
魔女は見上げる。空を突き刺そうとするかのように高く高くそびえ立つ桜色の結晶柱。ほんの少し前まで周囲のあらゆるものを呑み込んで結晶化しようと荒れ狂っていたのだが、今は落ち着いている。この桜もしばらくすると青桜となるのだろう。こうして見ると、ウィリアムが言っていた言葉が思い出された。
見る分には美しい。
本当にそうだとメアリーはぼんやりと見上げた。
実のところ、詳細は覚えていない。ただ必死に暴れまわる胸の内を押さえつけ、桜結晶の回転をできる限り落とした。うまくいった、のだろう。こうして結晶柱から取り出されて瓦礫の上にいるのだから。
取り出したのはウィリアムに違いない。あの不思議な竹箒で、結晶柱をえぐったのだろう。その仕組みも性能も恐ろしいが、今はどうでもいいことだ。
「はぁ、まったくとんだ災難だったわ」
「魔女がそれを言うのかい?」
「冗談よ。ここは笑うところ」
「魔女の冗談はよくわからないね」
「ユーモアのセンスが足りない男はモテないわよ」
「覚えておくよ」
魔女はメアリーを一瞥してから、ふんと鼻を鳴らしてふわりと浮いた。
「今日のところは預けておくわ。いつか返してもらうから、それまで壊さないでね」
やはり強がりのようなことを言って、魔女は空に消えていった。桜結晶を中心として巻き起こった事件。魔女の帰還は、その終焉を告げた。
いや、半分嘘だ。
事件としては終わったのだろう。けれども、メアリーとしては何も解決していない。むしろ最悪は続いている。
荷物である桜結晶を使ってしまった。これで運び人としては終わりだ。仕事をまわす者はいないし、雇い主から殺しの刺客を送られるかもしれない。
しかし、それはまだ先の不安。今、目下の危機はこの男。メアリーを抱えているウィリアム王子、そして、周りに集まってきた部下達であった。
「どうする? 今の内に殺しちまうか?」
大男がにべもないことを言った。短絡的だがわかりやすい解決法だ。メアリーでもそう考えるだろう。けれども、その提案は女兵士に否定される。
「はぁ、殿下の話を聞いていましたか? この
「あぁ、そうだったな。では、どうする?」
「このまま拘束して実験室に搬送するしかないでしょう。暴れられると面倒なので四肢の一二本折っておこうかと思いましたが、もう折るものもないようですし、ちょうどいいですね」
女兵士はメアリーに冷たい視線を下ろす。彼女の言う通り、メアリーはもはや立つことも叶わなかった。義足も義手も結晶化してしまい、今動かせるのは左腕だけ。もはや抵抗する気力もない。生殺与奪の権を彼らに委ねるしかなく、彼らの議論を聞く限りでは、人として生かされることはないだろう。
少し時間が延びただけ。
だとしたら、必死にあがいたあの時間に意味はあったのだろうか。そんな脱力感に苛まれつつ、メアリーはだらりとウィリアムに体をあずけた。
「殿下、それでよろしいですか?」
女兵士の問に、ウィリアムは、ふむと頷いた。
「いや、メアリーにはうちで働いてもらおう」
「「は?」」
その場にいたウィリアム以外の全員が同じ反応をした。その中でいちばん取り乱していたのは女兵士だった。
「待ってください。働く? これが? 何をおっしゃっているのですか?」
「おかしな話ではないだろ。うちは前から人材不足だ。君達の攻撃を凌ぐくらいに優秀な者を採用しない手はない」
「いえ、そういうことを言っているのではなく、これは桜結晶を内包しているんですよ!? そんな危険なモノを」
「危険だから近くに置いておいた方がいい。それに桜結晶の制御には彼女の精神の安定が必要だ。実験室で雑に扱う方が危険だと思うけどね」
「し、しかし、欠陥品を雇うなんて」
「欠陥品じゃない。彼女は人間だよ」
「それは……、いえ、失礼ですが、そう思われるのは殿下だけです。他の者は認めないでしょう。それでも押し通した場合、それは、欠、彼女への執着、特別扱いです。他の者への示しがつかないでしょう」
「なるほど。特別扱いする理由がいると」
よし、とウィリアムは微笑む。その楽しそうな様子を見て、女兵士は嫌そうに顔を歪めた。おそらく、経験的に彼がよからぬことを言い出すと予想したのだろう。その予想が当たったのかどうかはわからないが、彼は晴れやかに宣言した。
「メアリーを俺の嫁として迎えよう」
「「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇl!!!!!!!!!!!!!?」」
言うまでもないことだが、メアリーにとってまったく予想外のことであり、花嫁になった乙女にはあるまじき不細工な驚き顔をしていた。しかし、これは仕方がないことだったと、後にメアリーは振り返る。
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