第11話 おとぎ話の中の住人

 落ちるとメアリーは身構えた。


 しかし、それは錯覚だった。落ちるのではない飛んだのだ。何かによって空に向かって弾き飛ばされた。今は落ちているのだからあながち間違っていないのだけど。サクラタウンがはるか高くに見える。こんなに広い町だったのかとメアリーは場違いに感慨にふけった。そんな平和な時間はほんのひと時で、すぐさま町の中に引き戻される。


 いや、町というより小さな森の中に。



「何が、どうなってんだ!?」



 巨大な蔓を掴みつつ、なんとか落下の勢いを殺して落ちていく。着地したのは瓦礫の上。不安定だが地に足が着くというのはありがたい。


 メアリーは顔をあげる。そこには、なんというかおとぎ話のような景色が広がっていた。地上から生える巨大な蔓。それは周囲の建物をぶち抜いて、壊して、巻き付いて、軽々と持ち上げている。


 非現実的過ぎて、頭が追いつかない。


 ウィリアム達、兵士に目を付けられ殺されかける。それはメアリーにとって想定し得る最悪の事態であった。しかし、今目の前で起こっていることは、



「ありえねぇ」



 ありえない身体をしているメアリーが言うのもおかしな話だが、この光景を目の前にして他の言葉が思い当たらない。


 魔法だとしても、こんな大魔法を扱える者なんて。



「ねぇ、そこのあなた?」



 よく通る女の声。道でも尋ねるかのように自然な音色が、このおかしな光景に無駄になじんでいた。そりゃ、なじみもする。彼女もまたおかしな光景の一部。


 彼女は、空を飛んでいた。


 

「魔女?」



 メアリーは思わず呟く。


 宙に浮かぶ大きな杖に腰掛ける女。紺のとんがり帽子とはためくローブ。なぜか裸の足はすらりと伸びて美しい。エメラルドグリーンの長い髪、星のように輝く白い肌、宝石のような瞳がこちらをすとんと見下ろしている。


 その姿を魔女と呼ばずになんと呼ぼうか。


 魔女は、メアリーの動揺など気にせずただ尋ねた。



「オズはどこ?」



 オズ?


 何のことだ?



「たしかにオズの鼓動を聞いたんだけど」



 メアリーが戸惑っていると、魔女はあたりを見回してから、もう一度メアリーを見据える。



「あなた、何を持っているの?」


「何って、それよりあんたはいったい?」


「……、あぁ、そういうことなの。まったく、人騒がせな。こんな格好で飛び出てきたっていうのに」


「いったい何を言ってんだ?」


「まぁ、いいわ。それをこちらに渡しなさい」


「は?」



 まったく、どいつもこいつも。


 メアリーは盛大にため息をつく。シティの兵士だけでなく、おとぎ話の中の魔女までやってくるなんて。


 あたしはいったい何を持ってんだ?


 運び屋の仕事では、荷物の中身を詮索せんさくすることはご法度はっとだ。知って得することなど何もない。ただ荷物を右から左へ流す。それが運び屋。だけど、ここまでくるとさすがに荷物の中身が気になってくる。


 荷物は魔女に奪われたといえば、雇い主は納得するだろうか? いや、麻薬クスリのやり過ぎで頭がおかしくなったと思われるに違いない。少なくともメアリーだったらそう思う。


 じゃ、やっぱり逃げるしかないのだけど。


 魔女から逃げるってマジ?


 そんなこと可能なのか? そんなことができるのは同じく魔女くらいじゃないだろうか。自分で言うのもなんだが、たかが運び屋風情になんとかなるとも思えない。


 いや、それでも、逃げる以外の選択肢はないのだけれど、とメアリーはカンカンと足場を鳴らして苦笑いを浮かべた。



「あんたは何をくれるんだ?」


「ん?」


「こいつは大人気でね。さっきも別の奴らから売ってくれって頼まれた。あんたが出すもん次第で譲ってもいい」


「あ、そう」



 会話して隙を作る。そんな小細工をメアリーは試みた。しかしながら、それは人へのアプローチ。魔女に向けた言葉として、そこに意味はなかった。魔女は、メアリーの提案を鼻で笑った。


 

「誰と交渉しているの?」


 

 魔女が言い終わる前に、メアリーは義足に違和感を覚える。視線を向けるとそこには蔓。いつの間にか義足に蔓が巻き付いていた。



「何だ!? くそっ! 放せ!」



 慌てて払おうとする。しかし、どう動かしても蔓が切れない。それどころかどんどん締め付けて、義足をミシミシと歪ませる。さらに、蔓はどんどん上へと侵食してきた。



「ちくしょう!」



 メアリーは意を決して、左の義足を切り離した。接合部を無理やり引きちぎったので、ぱりんと結晶の欠ける音がする。



「あら、思い切りがいいわね」


「くそったれ! 買ったばかりだぞ!」


「あ、そう」



 興味なさそうな魔女の視線の下で、メアリーは虫のように這ってなるべくその場を離れようとした。だが、ほとんど意味がない。足元を歩くありがどれだけ早く逃げてもたかから見れば無意味に等しい。


 

「それはあなたが持っていていいものではないの」



 魔女が告げると、メアリーの目の前に大きな花が現れる。赤いきれいな花だ。花弁がいつくも折り重なって、精巧なカラクリのようであった。


 あまりにきれいで、その茎に棘があることには気づかなった。気づかぬうちに棘は伸びる。そして、気づいたとき、その棘はメアリーの胸を貫いていた。



「まったく、どうしてみんな争いたがるんだ」



 貫いたと思った。服の胸のところに穴が空いているし、肉もえぐられている。しかし、そこでかき消えた。はらりと砂埃のように。


 目の前に現れたのは、いけすかない優男。どこから持ってきたのかわからない竹箒を両手で持ち、彼はメアリーを背中において魔女に向き合った。


 魔女は、つまらなそうに告げる。



「ごきげんよう、カカシの王子様」

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