ブリキの姫とカカシの王子
最終章
第1話 ブリキの音
錆びたブリキが、年老いた猫のような鳴き声をあげた。
「くそ、
メアリーはかるく叩いて膝を黙らせる。サクラタウンで義体持ちはさほど珍しくない。ただ、義体持ちは静かに道の端を歩くのがこの町の暗黙のルールだ。悪目立ちして良いことなんて何もない。
小柄な少女。そう
別に印がついているわけではないのに、貧民街の住人かどうかはすぐにわかる。隅を歩いている小汚い連中。彼らの多くからは油の臭いが
背中には大きな籠。貧民街の住人はこうして町のゴミを集める仕事をしている。やたらごついブーツで地面に大きな足跡をつけて、メアリーは今日も道の隅をのっそりと歩いていた。
「おい!
「……さーせん」
ときおりこんな
メアリーは歩く。きぃきぃと鈍い音を鳴らしながらのっそりと進み、狭い脇道に入った。飲み屋の裏。店で出すのだろうか、そこには
中は
そのまま、メアリーは通り過ぎる。何事もなかったかのように。あまりに慣れた動きで誰も気に留める者はいない。
路地裏を進むと男が一人、壁にもたれ煙草を吸っていた。小太りで姿勢がわるい。口元には無精ひげ。煙草の火が燃え移らないのだろうかと、メアリーはいつも思っていた。
「あんたが来るなんて珍しい」
「たまには運動もしないとな」
「荷物は入れたよ」
「おう、ご苦労」
「ただ次からは別の場所にしてくれ。この臭いは好きじゃない」
「
「……鼻は自前だよ」
メアリーは鼻を一度すすって足を止める。こんなところで長話などしたくないのだが、彼が来ているのならば別だ。
ネズミと呼ばれる男。メアリーの雇い主だ。それはゴミ収集業務の、ではない。それとは別のちょっとしたバイト。
「運び屋も板についてきたな」
「おかげさまで」
「今回はクローヴィア方面か?」
「そうだよ。だから、もう足が棒なの。話があるならさっさと済ましてくんない?」
ネズミは煙をふぅーと吐いてから予想通りのことを告げた。
「次の仕事だ」
「ペース早くない?」
「いいことだろ。金が欲しくないのか?」
「危険な橋を渡っているんだ。数が多けりゃいいってわけじゃない」
「贅沢な奴だな。他にまわしてもいいんだぞ」
「……」
そこでメアリーは間を置く。別に迷っているわけじゃない。仕事は受けるつもりだ。おそらく仕事を他にまわす意図はネズミにはない。なぜなら急な仕事であり、メアリーにしかできないことだろうから。そうでなければ、最初から他の部下に頼むだろう。
運び屋。
スペードランド王国の中にあるいくつもの
一仕事終えたばかりのメアリーに頼むのだから、わりと急ぎの仕事に違いない。だとしたら、少し焦らして報酬を上げた方がいいと考えた。
「わかったよ。報酬ははずむ。これでいいだろ」
「りょーかい」
平静を装いつつ、メアリーはコートの下でやったと拳を握った。
「荷物はいつもの方法でトカゲから受け取れ」
「急ぎなの?」
「まぁな。早くさばいちまいたいんだ」
「盗品か?」
「いつも言っているだろ。長生きしたかったら」
「はいはい、聞きませんよ。あたしはただ荷物を運ぶだけのブリキです」
「それでいい」
にやりと笑ってから、ネズミはタバコを地面に捨て足の裏でつぶし、大通りの方へと足を向けた。メアリーの運んだ荷物を回収するのかと思えばそうでもないらしい。運動が聞いて呆れるとメアリーは捨てられたタバコを拾い上げ、籠に放り込んだ。
「はぁ、クソみてぇな人生だな」
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