第4話 露店前の盗人
金がいる。
メアリーは率直にそう思った。
今更な気もする。金が足りないなんて今に始まった話ではない。前々から金が足りなくて困り果てて、なんとか生き抜くためにやぶれかぶれで始めたのが運び屋稼業。たまたまうまくいったから生き延びられたものの、いつ死んでもおかしくなかった。
生き延びた方。
ハロルドのくそ野郎が言ったそんな言葉が頭に残る。実際、そうなのかもしれない。メアリーのように義体となった者の多くは死んでいった。その理由は金がなくなったから。生きるために必要な
どちらもよくある話だ。
自分はどちらで死ぬのだろう。いや、そんな予想をたてる意味などない。こちらから求めなくても、生きていれば答えの方からいずれ訪れる。
つまり、こんなくだらないことを考えている暇があるなら、とっとと金を稼げ、そういうことだとメアリーは思い至る。
「ネズミに仕事増やしてもらうか」
突発とはいえ、仕事が入ってよかった。次の仕事をこなせば、ある程度まとまった金ができる。それで全額払えるとは思えないが、交渉にはなるだろう。まずは心臓の継填装をみつけてもらわなくては。
それでも金が足りなかったら、とメアリーは考える。他の仕事を探すというのが真っ当だけど、義体持ちはそう簡単に仕事にありつけない。さらに裏の仕事へと落ちていくこととなるわけだが。
「できれば殺しはやりたくないな」
選り好みできる立場ではないけれど、人殺しはしたくない。それは単純に気分がわるいし、何より縁者から恨みを買うのが怖かった。
したらば、イアンではないけれど盗みでもするか。このサクラタウンに大した金持ちはいないのでたかが知れているけれど、小遣い稼ぎにはなる。
だけどなぁ、とメアリーは周囲に視線をやりつつ、部品屋前の道を歩いていた。
何かおかしい。
メアリーは足を止めずに辺りを窺う。サクラタウンのいつもの雑多な風景。昼間っから酒を飲んだくれているジジイ共に、キャミソール姿で店先に腰掛ける娼婦、出所のわからない品を並べる露店、ゴミを集める貧民街の子供達。大通りの方は最近わりと治安がよくなったが、裏道に入ればこんなもん。
だが、今、少しだけ雰囲気が違った。正確には雰囲気の異なる者たちがいた。町の者達はさほど気にしていないようだ。もともと雑多な町。他の奴のことなど気にならないのだろう。メアリーもいつもならば気にしない。
ただ、今は警戒していた。原因は露店の前で何やら言い争いをしている二人。夫婦、ではないだろう。男女で並んでいるけれど、そういう雰囲気ではない。明らかによそ者なのはわかる。髪型や肌色、姿勢から、ラフな服で身繕っても消せない育ちの良さが
市民に違いない。
クラウンシティの住人だろうか。たまに観光感覚でサクラタウンに降りてくる物好きがいる。ここの連中は優しいので、そういう奴らに世の中の厳しさを教えてあげる。まぁ、多少の授業料をもらうが安いものだ。メアリーもいつもならば率先して教えてあげようとするのだが、今回は手を出そうとは思わなかった。
やっぱり、そうだよな。
メアリーがなるべく目を合わせないようにして、横を通り抜けようとしたときだった。視界の端から駆けてくる小さい影。それを捉えて、思わずドキッと胸の内の紫結晶を明滅させる。
あのバカ!
「おい、ガキ! 俺の財布、盗みやがったな!」
「離せ! くそジジイ!」
市民の大男が子供の腕をひねりあげていた。どうやら子供が財布を盗んだらしい。いや、盗んだのだ。一部始終をメアリーは見ていた。その手口はたどたどしく、決して褒められたものではない。だがよく知っている。そして唐突に思い出した。そうだ。教えた。あの盗み方を、メアリーはイアンに教えたのだった。
「これだから
「
「嘘をつくな。服の中に隠してんだろ!」
「嘘じゃなっ」
イアンの言葉は男の拳によって遮られる。思いっきり殴られて、イアンの頭は人形のように振れた。死んだかとメアリーは疑ったほどだ。実際、市民は貧民街の住人を人とは思っていない。このまま殴り殺されたとしても、サクラタウンの日常として処理されるだろう。
しくじったのはイアンなのだから、それも仕方がない。そうやって死んだ子供を何人も見ている。メアリーに助ける義理はない。
「あの、おじさん」
だというのに、メアリーは渦中にいた。自分もあまいなと呆れつつ精一杯愛想のいい顔をつくる。さて、うまく場をおさめることができるか。
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